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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第62話 訊問

 地下の訊問室は、冷たかった。

 石造りの壁に囲まれた狭い部屋。天井から吊るされた魔術灯が、青白い光を落としている。窓はない。外の音も届かない。帝国の宮殿の地下深くに造られたこの部屋は、世界から隔絶された空間だった。壁には魔術による防音と遮断の術式が刻まれており、この中で何が行われようと、外には一切漏れない。

 部屋の中央に、一人の男が椅子に縛りつけられていた。

 ドルメロ・テオドル。テオドル王国の国王。かつてはそう呼ばれていた男だ。だが、今は囚人でしかない。紅い瞳が虚ろに揺れ、顔色は土のように蒼ざめていた。衣服は汚れ、髪は乱れ、頬はこけている。食事を与えられていないのか、あるいは食べる気力がないのか。かつての威厳は跡形もなく消えていた。

 ドルメロの正面に、白い甲冑に全身を包んだ男が立っていた。

 兜の面頬めんぽうは下ろされたままで、顔は見えない。訊問の場ですら素顔は晒さない。白い甲冑の上に帝国の紋章が入った外套を羽織り、背中には巨大な大剣を背負っている。兜の奥から向けられる視線だけが、囚人を射抜いていた。

 セクレタリア帝国の皇帝、レオン・セクレタリア。

 かつて魔王を倒し、世界を救ったとされる勇者。大剣をはじめありとあらゆる武器を操り、その戦闘力は大陸最強と称される。言葉数が少なく、関係者でさえ「何を考えているのか分からない」と称する寡黙な皇帝が、囚人を見下ろしていた。

 訊問は、既に何度目かになっていた。ドルメロは最初、王としての威厳を保とうとしていた。帝国に対して外交上の抗議を行い、釈放を要求した。だが、レオンは何も答えなかった。ただ黙って立ち、ドルメロの言葉が途切れるのを持った。二度目の訊問では、ドルメロは交渉を試みた。情報と引き換えに、身の安全を保障しろと。レオンは一言だけ答えた。「話せ」と。

 そして今、三度目の訊問だった。


「もう一度訊く。財団は何を企んでいる」


 レオンの声は低く、抑揚がなかった。感情がこもっていない分、かえって圧が重い。訊問室の空気が、その声だけで張り詰めた。

 ドルメロは顔を上げた。紅い瞳が、レオンを睨んでいる。だが、その目には怯えが滲んでいた。目の前の男が世界最強であることを、ドルメロは身を持って知っている。逆らえば死ぬ。だが、全てを話せば用済みになる。どちらにしても、自分の命が危ういことだけは理解していた。


「……何度も言っただろう。わたしは財団の全てを知っているわけではない」

「知っていることを話せと言っている」


 白い甲冑が、僅かに身じろぎした。それだけで、部屋の温度が下がったように感じられた。ドルメロの体が、目に見えて震えた。

 レオンは何も言わない。急かさない。ただ、待っている。その沈黙が、ドルメロの精神を削り取っていく。この男は怒鳴ったり脅したりはしない。ただ黙って立っている。それが何より恐ろしかった。関係者が「何を考えているのか分からない」と称する所以だった。

 ドルメロは唾を飲み込み、口を開いた。


「……財団は、『不老不死製造計画』を進めている」


 レオンは微動だにしなかった。黙ってドルメロの次の言葉を待っている。


「吸血鬼は不老不死とは言われているが、銀や魔術で殺せるし、心臓を潰されれば灰になる。だが、財団は真の不老不死を実現しようとしている。いかなる手段でも殺せない、完全な不死の体を。そのための研究を、何年もかけて進めている」


 レオンは一つだけ訊いた。


「その研究の進捗は」

「知らない。わたしが知っているのはそこまでだ。財団の連中は、末端には核心を教えない。利用するだけ利用して、用が済んだら捨てる。わたしもそうだった」


 ドルメロの声が、自嘲に染まった。吸血鬼になった国王。財団の使い走り。不老不死という夢を餌に、利用されるだけ利用された男。その自覚が、ドルメロの中にはあった。


「お前はその計画に協力していた」

「協力していたんじゃない。取引をしていたんだ」


 ドルメロの声が、僅かに大きくなった。


「わたしは不老不死が欲しかった。永遠の命が欲しかった。財団がそれを与えてくれると言うから、協力しただけだ。テオドル王国の兵を吸血鬼にし、ヴェンツェル王女の身柄を確保する。それが財団との取引の条件だった。わたしは被害者だ。財団に利用されていただけだ!」



 ドルメロの声が訊問室に反響した。縛られた腕が椅子を揺らし、鎖が音を立てた。必死だった。自分は悪くないのだと、そう信じたがっていた。

 レオンは、黙っていた。

 しばらくの沈黙の後、レオンは背中の大剣に手をかけた。ゆっくりとした動作だった。急ぐ必要がない。巨大な刃が鞘から引き抜かれ、青白い魔術灯の光を受けて鈍く光った。大剣というにはあまりに大きい。常人であれば両手でも持ち上げられないであろう重さの鉄塊が、レオンの片手に軽々と握られていた。


「……待て。何をする」


 ドルメロの顔から、血の気が引いた。


「わたしはまだ話していないことがある。財団の拠点の場所だ。幹部の名前だ。殺すな。殺すな! わたしを殺したら、その情報は永遠に失われるぞ!」


 レオンは大剣を構えた。切っ先が、ドルメロの胸に向けられた。


「お前が知っている情報は、もう他の手段で得ている」


 静かな声だった。


「待ってくれ、頼む。わたしは悪くない。財団が悪いんだ。わたしは永遠の命が欲しかっただけだ。それの何が悪い。死にたくなかっただけなんだ! 王でありながら、いつかは老いて死ぬ。その恐怖がお前には分からないのか!」


 ドルメロは叫んだ。涙と鼻水が顔を濡らし、王としての体裁など、とうに崩壊していた。テオドル王国の王の間で、幕の向こうから不敵な笑みを浮かべていた男の姿はどこにもなかった。

 兜の下で、レオンが何を思っているのかは分からなかった。


「永遠の命は、お前には与えられない」


 大剣が、ドルメロの心臓を貫いた。

 石の壁に、血が飛んだ。ドルメロの口が開いた。声は出なかった。紅い瞳が見開かれ、自分の胸を貫いている大剣の刃を見つめている。理解が追いつかないという顔だった。まだ話すことがある。まだ交渉の余地がある。そう信じていた顔が、そのまま凍りついた。

 胸から突き出た大剣の刃が、魔術灯の光を反射している。ドルメロの紅い瞳から光が消え、体が内側から崩れ始めた。指先から灰になり、風もないのに散っていく。椅子に縛られた体が、砂のように崩れ落ちた。

 数秒後、椅子の上にはドルメロだった灰の山だけが残った。鎖が、空になった椅子の上でからりと音を立てた。永遠の命を求めた男の最期は、あまりにもあっけなかった。

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