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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第61話 帝国の大地

「一五年ぶりに会って、第一声がそれ? 相変わらずだね、ドラコちゃん」

「いい加減、ちゃん付けはやめろ」

「じゃあ、ドラちゃん」

「それはもっとだめだ」


 ドラコが眉間に皺を寄せた。ラミーナは涼しい顔で肩をすくめた。


「昔からそう呼んでたんだから、今更変えられないよ」


 そう言いながらも、ラミーナの目は潤んでいた。声は平静を装っているが、一五年以上ぶりに再会できた喜びは隠しきれなかった。ドラコも分かっていた。だから、それ以上は何も言わなかった。


「汽車が来るって情報が入ってね。待ってたら煙が上がってる、屋根の上で火柱は上がるし。リューネが汽車に制動の魔術をかけて止めた」

「火柱を見て止めてくれたのか。判断が早いな、ラミー」

「当然でしょ。仲間が乗ってる汽車を見殺しにはしない」


 ラミーナは淡々と言った。だが、その声には揺るぎない意志があった。

 メガネの青年が、ラミーナの後ろから静かに歩み出た。ドラコに小さく頭を下げる。物腰は丁寧だが、メガネの奥の瞳は鋭く、ドラコの怪我の具合を的確に見定めているようだった。


「ご無事で何よりです、ドラコ殿。お怪我の具合は」


 ドラコはメガネの青年の顔をじっと見た。一五年以上前、同胞団の拠点で分厚い魔術書を抱えて歩いていた少年の面影が重なった。


「お前、あのバカまじめのリューネットか」

「バカまじめは余計です。ですが、覚えていてくださったのは光栄です」


 リューネットの口元が僅かに緩んだ。感情を表に出さない青年だが、声の奥に喜びが滲んでいた。


「左肩と脇腹、あと打撲がいくつか。いくら再生するとはいえ、大した傷じゃない、とは言い難い状況に見えますが」


 リューネットは冷静に指摘した。ドラコは苦笑して帽子の鍔を下げた。この青年はメガネをかけているが昔から目が良い。負傷していることを隠しても無駄だった。

 アビゲイルが、リューネットの方を見た。走る汽車を魔術で止める。それがどれほどの技量を要するか、魔術師であるアビゲイルには分かっていた。


「あの速度の汽車に制動術をかけたの? 大したもんだね、リューネ」


 リューネットはメガネを押し上げ、僅かに頬を赤くした。


「過分なお言葉です、アビゲイル殿」


 エルザとベアトリクスが、不思議そうにドラコとラミーナたちを見ていた。ドラコが振り返り、紹介した。先ほどまで疲労の色が濃かったドラコの顔に、久しぶりに生気が戻っていた。


「ヴェアヴォルフ同胞団の仲間だ。こっちがラミーナ。で、こっちがリューネットだ」

「リューネットと申します。以後お見知りおきを」


 リューネットが丁寧に頭を下げた。


「よろしく。この子たちがドラコちゃんの新しい仲間?」


 ラミーナが落ち着いた目でエルザとベアトリクスを見た。そして、ベアトリクスの血に染まったメイド服に気づき、僅かに目を細めた。


「この子、やられたの?」

「もう治ってます。大丈夫です」

「よかった。無理はしないでね」


 短く言って、ラミーナは頷いた。だが、その目はベアトリクスの紅い瞳をしっかりと見ていた。吸血鬼だ。そして、この血の量。ただの怪我ではなかったことは明らかだった。だが、ラミーナはそれ以上は訊かなかった。ベアトリクスはどう返していいか分からず、ぎこちなく頭を下げた。エルザも丁寧に礼を返した。

 エルザがドラコの傍に歩み寄り、小声で訊いた。


「ドラコさん、この方たちは……信頼しても大丈夫ですか」

「命を預けられる相手だ。安心しろ、エルザ」


 ドラコの言葉に迷いはなかった。エルザは頷き、少し肩の力を抜いた。ヴェンツェル王国を出てから、初めて安全な場所に辿り着ける予感がした。

 リューネットがメガネを押し上げ、口を開いた。表情は再び真剣なものに戻っていた。


「ドラコ殿。積もる話ではありますが、まず重要な報告があります。財団に関する新しい情報が入りました。詳細は基地でお話ししたいのですが」


 財団。その名前を聞いた瞬間、ドラコの目が鋭くなった。エルザの表情にも緊張が走った。全ての元凶とも言える組織だ。


「分かった。ここはどこだ」

「セクレタリア帝国の領内です。大都市アセンブリーの近郊になります。同胞団の基地がアセンブリーにあります」


 セクレタリア帝国。エルザの表情が僅かに強張り、そしてすぐに安堵に変わった。目指していた場所だった。首都のターリンガではないが、帝国の領内に入れたことは大きい。ヴェンツェル王国からの長い旅が、ようやく一つの区切りを迎えた。

 ドラコは帽子を被り直し、夜空を見上げた。東の空が、僅かに白んでいた。長い夜が、ようやく明けようとしている。


「行こう。まずはアセンブリーで態勢を整える」


 ラミーナが指笛を吹くと、同胞団の傭兵たちが手際よく動き始めた。負傷した乗客の救護、食屍鬼の処理、汽車の点検。統率の取れた動きだった。傭兵の一人が馬車を引いてきて、ドラコたちの前に止めた。

 ドラコはエルザたちを促し、汽車を降りた。夜明け前の草原の空気は冷たく、吐く息が白く染まった。松明の灯りに照らされた草原の先に、アセンブリーの街灯が微かに見えていた。

 馬車に乗り込む際、ラミーナがドラコの隣に座った。


「ドラコちゃん。フローは一緒じゃないの」


 ドラコの表情が、一瞬だけかげった。


「別行動中だ。リファランの宮殿に残った」

「フローがいないのは珍しい」

「あいつにしかできないことをやっている。また会えるさ」


 ラミーナは黙って頷いた。

 馬車が動き出した。草原の道を揺られながら、一行はアセンブリーに向かった。

 ベアトリクスは馬車の窓から外を見つめていた。自分の右手を見た。竜の鱗に覆われていた腕は、もう元の華奢な少女の腕に戻っている。あの力は何だったのか。分からないことだらけだった。だが、今はそれでいい。

 隣を見た。エルザが、ベアトリクスの肩にもたれて眠っていた。穏やかな寝顔だった。守れた。それだけで、今は十分だった。

 馬車の窓から見える東の空が、少しずつ明るくなっていた。草原が朝露に濡れ、光を受けてきらきらと輝いている。

 やがて、アセンブリーの街並みが見えてきた。帝国の大都市だけあって、リファランとは比べ物にならない規模だった。高い尖塔が立ち並び、石造りの建物が整然と並んでいる。城壁の上には帝国旗がはためいていた。

 ラミーナが馬車の窓から身を乗り出した。


「基地はもうすぐです。まずはゆっくりと、体を休めてください」


 ドラコは小さく頷いた。エルザの寝顔を見て、帽子の鍔を下げた。財団の情報。フローレンスとの合流。やるべきことはまだある。だが今は、仲間がいる場所に辿り着けた。それだけで、十分だった。

 一行は夜明けの光の中を、ヴェアヴォルフ同胞団の基地に向かって進んでいった。

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