表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/108

第56話 屋根の上の死闘

 月光が、汽車の屋根を白く照らしていた。

 ウィンガルの両手に握られた短剣が、月明かりを受けて鈍く光る。二本だけではなかった。外套の内側から、さらに短剣を抜いた。四本。六本。八本。両手の指の間に挟み、腰のベルトに差し、果ては外套の裏地に縫い込まれた鞘から次々と引き抜いていく。膨大な数の短剣が、ウィンガルの全身を覆うように展開された。

 風が唸りを上げ、ウィンガルの黒髪を巻き上げた。

 ウィンガルの紅い瞳が、ドラコの全身を舐めるように見た。白い長髪。青白い肌。美しい女性の外見。だが、その体の主は男だ。ウィンガルはそれを知っている。そして、その体が本当は誰のものなのかも。

 ウィンガルの口元が、にやりと歪んだ。


「しっかし、相変わらず綺麗な顔と体してるな、旦那。いや、その体は旦那のじゃなかったか。愛しの()()()の体だったな」


 短剣の先でドラコを指し、楽しそうに言い放つ。


「世界最強の魔王が、女房の体を借りて暮らしてるってのは、何度見ても笑えるぜ。本当の旦那の姿はどこにいったんだよ。まさか嫁さんに体を取られて、出てこれなくなったんじゃねえだろうなぁ?」


 ドラコの紅い瞳が、冷たく光った。帽子の鍔を引き下げ、低い声で答える。


()()()を笑うのは許さん」

「おぉ怖い怖い。でもよぉ、旦那。嫁さんの体でオレと戦うのかぁ? また首飛んじまったら泣いちまうんじゃねえのぉ、嫁さん」

「黙れ。貴様を潰すのに、()を使う必要はない」

「……はっ、言うじゃねえか。じゃあ試してやるよ。その綺麗な体、どこまで保つかなぁ!」


 ウィンガルが地を蹴った。汽車の屋根を踏み砕く勢いで突進し、右手の短剣がドラコの喉を狙う。ドラコは体を捻って避け、散弾銃を至近距離で撃ち込んだ。銃声が夜空に響き、散弾がウィンガルの胸を抉った。

 だが、止まらない。

 ウィンガルは散弾を受けながらも前進し、左手の短剣をいだ。ドラコが短機関銃の銃身で受けたが、衝撃で体が後方に押された。足が屋根の縁を踏み、一瞬体勢が崩れる。その隙を逃さず、ウィンガルは連続で短剣を振るった。上段、中段、下段。三つの斬撃が同時にドラコを襲う。

 ドラコは二丁の銃を交差させて受け、蹴りでウィンガルの腹を突いた。距離が開く。だが、ウィンガルは着地と同時に四本の短剣を扇状に投擲とうてきした。ドラコが弾き、避けた先にウィンガルが跳び込んでいた。投擲は囮だった。


「遅いぜ、旦那ぁ!」


 ウィンガルの膝がドラコの腹に突き刺さった。ドラコの体が折れ、僅かに動きが止まる。ウィンガルは畳み掛けるように、手に残った短剣をドラコの胸に突き立てようとした。

 ドラコは歯を食いしばり、散弾銃の銃口をウィンガルの顔面に押し当てた。


「遅くはない」


 銃声。

 ウィンガルの頭部が弾け、後方に吹き飛ばされた。だが、吹き飛ばされながらもウィンガルは笑っていた。頭部の傷が見る間に再生していく。上級の吸血鬼の再生力。銀や付呪が付与されていない散弾では、致命傷にならない。

 互いに距離を取り、屋根の上で睨み合う。風が二人の間を吹き抜ける。ウィンガルの外套はもう弾痕だらけだったが、本人は涼しい顔で首を鳴らしていた。

 ドラコの短機関銃の弾倉が空になった。舌打ちをし、弾倉を交換する。その僅かな隙に、ウィンガルが再び距離を詰めてきた。

 汽車の屋根が、激しい戦闘で軋みを上げている。二人の吸血鬼が衝突するたびに、金属が悲鳴を上げた。


 車内では、アビゲイルが氷の壁を維持しながら、屋根の上から響く戦闘音に耳を澄ませていた。銃声と金属音が交互に響いている。ドラコが押されているわけではない。だが、ウィンガルも退いていない。

 エルザは、窓の外を見上げていた。月明かりの中で、二つの影が屋根の上を駆け回っている。剣戟けんげきと銃声が、風に混じって聞こえてくる。

 ベアトリクスは拳銃を握りしめ、屋根の方を見ていた。拳銃の感触は、もう手に馴染んでいた。先ほどの食屍鬼との戦いで、引き金を引くことへの躊躇いは薄れていた。だが、屋根の上にいるのは食屍鬼ではない。あの夜、自分の首に短剣を当てた吸血鬼だ。次元が違う。

 それでも、ベアトリクスの足が動いた。

 砕けた窓に手をかけ、外に出ようとする。エルザがベアトリクスの腕を掴んだ。


「ベアト、何を……」

「姫様」


 ベアトリクスが振り返った。紅い瞳が、真っすぐにエルザを見ている。


「ドラコさんを援護します。お許しを、いただけますか」


 エルザの手が震えた。ベアトリクスを行かせたくなかった。あの恐ろしい吸血鬼がいる屋根の上に、親友を送り出すことなどできない。だが、ベアトリクスの瞳を見た。そこに迷いはなかった。あの夜、首に刃を当てられた少女の目ではなかった。戦う者の目だった。

 エルザは唇を噛み、ベアトリクスの腕を離した。


「必ず、戻ってきてください」

「はい。必ず」


 ベアトリクスは短く答えて窓枠に足をかけた。吸血鬼の身体能力で汽車の外壁を這い上がり、屋根に体を引き上げた。

 目に飛び込んできたのは戦場だった。ドラコとウィンガルが激しく斬り結んでいる。風圧で体が持っていかれそうになる。

 ベアトリクスは膝をつき、低い姿勢で拳銃を構えた。両手で握り、照準を合わせる。二人の動きが速すぎる。誤ってドラコに当ててしまう恐怖が、指を止めた。

 ドラコとウィンガルが一瞬だけ距離を取った。

 今だ。

 ベアトリクスが引き金を引いた。銃声が風に乗り、弾丸がウィンガルの肩を貫いた。ウィンガルの体が僅かに揺れた。


「あぁ?」


 ウィンガルの紅い瞳が、ベアトリクスに向いた。肩の傷から血が流れているが、痛みなど感じていないかのように笑みを浮かべる。


「おいおい。あの時の嬢ちゃんじゃねえか。今度は銃なんか持ち出して」

「撃てるようになったんだ、この子は」


 ドラコが散弾銃を撃ち込み、ウィンガルの注意を自分に引き戻そうとした。だが、ウィンガルは散弾をものともせず、視線をベアトリクスに捉えたまま笑った。


「なるほどな。旦那の弱点が増えたってわけだ」


 ウィンガルが跳んだ。ドラコに向かってではない。ベアトリクスに向かって。

 ベアトリクスの顔が引きつった。反射的に引き金を引いたが、ウィンガルは弾丸を体で受けながら突進してくる。急所を外れた弾では、この男は止まらない。

 ドラコが叫んだ。


「ベアトリクス!」


 ベアトリクスに届くより早く、ウィンガルの短剣が振り下ろされた。ベアトリクスは身を翻して避けようとしたが、揺れる屋根の上では満足に動けない。短剣の切っ先がメイド服の袖を裂き、腕を掠めた。鋭い痛みが走る。

 ウィンガルは追撃の手を緩めない。二本目の短剣が、ベアトリクスの胸を狙う。

 影が割り込んだ。

 ドラコだった。ベアトリクスの前に立ち、ウィンガルの短剣を自らの体で受けた。短剣がドラコの左肩を深く貫いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ