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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第54話 初めての戦い

 昼を過ぎ、やがて日が傾いた。

 汽車はリファランを離れ、草原の中を走り続けていた。車窓の外では、広大な平原が果てしなく続いている。セクレタリア帝国の首都ターリンガまでは、まだ長い道のりだ。

 ドラコは個室の中で腕を組み、目を閉じていた。だが眠ってはいない。吸血鬼の嗅覚が、車内に紛れた同族の匂いを追い続けている。奴らはまだ動かない。乗客に紛れたまま、じっと時を待っている。

 午後の早い時間、ドラコが不意に立ち上がった。ベアトリクスに目を向ける。


「ベアトリクス。拳銃を出せ」


 ベアトリクスが戸惑いながらも腰の拳銃を取り出した。ドラコはベアトリクスの手を取り、握り方を直した。構え方。狙い方。反動の受け方。弾の装填。狭い個室の中で、ドラコは拳銃の基本を手短に教えた。


「食屍鬼は頭。頭を撃てば止まる。それ以外は、いくら撃っても意味がない」


 ベアトリクスは真剣な顔で頷き、何度も構えと照準の動作を繰り返した。小さな手が、拳銃の重さに少しずつ馴染んでいく。エルザはその様子を静かに見守っていた。アビゲイルは窓の外を眺めている。

 夕暮れが過ぎ、夜になった。窓の外が闇に沈み、草原に月が昇った。

 悲鳴が聞こえたのは、その時だった。

 個室の外、廊下の向こうから。一つではない。複数の悲鳴が重なり合い、汽車の壁を震わせた。金属が軋む音。何かが倒れる音。そして、人間のものとは思えない、低い唸り声。

 ドラコが立ち上がった。短機関銃を手に取り、個室の扉を開ける。廊下に出た瞬間、ドラコの紅い瞳が鋭くなった。


「始まったか」


 前方の車両から、乗客たちが押し合いながら逃げてきた。顔は恐怖に歪み、泣き叫ぶ者もいた。その後ろから、異様な気配が迫っている。

 食屍鬼だった。

 乗客に紛れていた吸血鬼が、乗客を襲ったのだ。噛まれた乗客が食屍鬼と化し、さらに周囲の乗客を襲う。最悪の連鎖が始まっていた。食屍鬼は自我を失った化物だ。理性も知性もない。ただ目の前の生きた者に襲いかかる。密閉された汽車の中で、その連鎖は止まらない。

 ドラコは一瞬で状況を把握した。振り返り、個室に声をかけた。


「アビー。エルザを頼む」


 アビゲイルは既に立ち上がっていた。魔杖を手にし、エルザの腕を掴む。


「エルザ、行くよ」


 エルザの顔は青ざめていた。だが、その瞳は虚ろではなかった。アビゲイルの言葉が、まだ胸の中にある。生きていたら、きっといいことがある。エルザは唇を噛み、頷いた。


「はい」


 短い返事だった。だが、そこには意志があった。

 四人は個室を出て廊下に出た。食屍鬼の唸り声は前方の車両から近づいてきている。特別席のあるこの車両は最後尾だ。後ろはない。逃げ場はない。ここで食い止めるしかなかった。


「ドラコ」


 アビゲイルが冷静な声で言った。この状況でも取り乱さない。数百年を生きた吸血鬼の胆力だ。


「わたくしが前の車両との接続口を氷で塞ぐ。その間に、この車両に入り込んだ食屍鬼を片付けて」


 ドラコは頷いた。だが、前方に向き直る前に、一人の少女に目を向けた。

 ベアトリクスだった。

 メイド服を着た小さな少女が、廊下に立っている。紅い瞳は恐怖に揺れていた。だが、逃げようとはしていなかった。腰に下げた拳銃に手をかけ、震える指で握りしめている。

 ドラコはベアトリクスの前に立ち、その紅い瞳を見据えた。


「ベアトリクス」


 ドラコの声は厳しかった。だが、その奥に信頼があった。


「お前に訊く。戦えるか」


 あの夜、リファランの宮殿で言ったことだ。いずれ自分の力で何とかしなければならない時が来る。その時が、今だった。

 ベアトリクスの手が震えている。拳銃を握る指が、白くなるほど力が入っていた。怖い。怖くないはずがない。目の前には、自我を失った化物がいる。

 だが。

 ベアトリクスの紅い瞳が、一瞬だけエルザの方を見た。エルザがベアトリクスを見つめている。不安に満ちた顔で。だが、その奥に信じている色があった。

 ベアトリクスの震えが、止まった。

 拳銃を引き抜き、両手で構えた。先ほどドラコに教わったばかりの構え方。まだ不慣れだが、形はできている。


「戦います」


 その声に、震えはなかった。

 ドラコの口元が、僅かに緩んだ。


「よし。オレの後ろについてこい。撃つ時は頭を狙え。食屍鬼は頭を撃たないと止まらない」

「はい」


 ドラコが廊下の前方に向かって走り出した。ベアトリクスがその背中を追う。小さな足が、廊下を懸命に駆ける。

 前方の車両から流れ込んできた食屍鬼が、廊下に群がっていた。五体、六体。もはや人間の面影はなかった。目は虚ろに濁り、口からは涎が垂れ、服は血で汚れている。ドラコの短機関銃が火を噴いた。銃声が車内に反響し、先頭の食屍鬼が崩れ落ちた。続けて二体目、三体目。正確な射撃が食屍鬼の頭部を撃ち抜いていく。

 だが、数が多い。撃っても撃っても、前の車両から新しい食屍鬼が流れ込んでくる。前方の車両で連鎖が続いているのだ。

 ドラコの背後で、銃声が響いた。

 ベアトリクスだった。小さな体で拳銃を構え、横の個室から飛びかかってきた食屍鬼の頭部を撃ち抜いた。反動で体が大きく揺れたが、倒れなかった。歯を食いしばり、すぐに次の弾を装填し、構え直す。吸血鬼の身体能力が、反動を吸収してくれている。自分の力を知れ。ドラコの言葉が、ベアトリクスの頭の中にあった。

 初めての実戦だった。だが、ベアトリクスの目は据わっていた。恐怖は消えていない。手は微かに震えている。それでも、引き金を引く指は迷わなかった。姫様を守る。それだけが、今のベアトリクスを動かしている。


「いいぞ。続けろ」


 ドラコが短く声をかけた。ベアトリクスが小さく頷き、次の敵に銃口を向けた。二人は廊下を前進しながら、食屍鬼を一体ずつ片付けていく。ドラコが前方を掃討し、ベアトリクスが側面を警戒する。教えたわけではない連携が、自然と生まれていた。

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