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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第46話 魔術師の王女

 アンティグア王国の首都リファランは、森と湖に囲まれた美しい都市だった。

 エルフの村を出てから数日。ドラコたちは街道を歩き続け、ようやくリファランの城門に辿り着いた。門の向こうに広がる街並みは、ガルドよりも遥かに大きく、活気に満ちていた。石畳の大通りを馬車や蒸気自動車が行き交い、通りに面した店々からは賑やかな声が聞こえてくる。街の中心には大きな湖が広がり、その湖面に宮殿の白い塔が映っていた。人間とエルフが共に暮らす街らしく、尖った耳の住人が人間と肩を並べて歩いている光景は、ヴェンツェル王国やテオドル王国では見られないものだった。

 だが、城門には物々しい警備が敷かれていた。武装した兵士が門の両側に立ち、通行する者の顔を一人一人確認している。他国と同様に、この国にも吸血鬼と食屍鬼による襲撃は起きていた。市民の表情にも、どこか緊張の色が見て取れた。

 ドラコたちは城門を通過し、リファランの街に入った。まず向かうべきは宮殿だ。ポーラー王女の安否確認と、帝国への汽車の手配。エルザの提案で、宮殿への訪問は早い方がいいという判断だった。

 街を歩きながら、ベアトリクスが目を丸くしていた。リファランの街はイルドブルの王都とはまた違った美しさがあった。通りの脇には花壇が整備され、建物の壁にはエルフの装飾様式と人間の建築が融合した意匠が施されている。エルザも久しぶりに見る首都の活気に、僅かに表情を和らげていた。


 宮殿は街の中央に位置していた。白い石造りの壁と、つたに覆われた塔。ガルドで見たエルフの建築様式と人間の建築が融合した、アンティグア王国らしい造りだった。宮殿の前には広い庭園が広がり、噴水の水音が穏やかに響いている。

 宮殿の正門に近づいた時、ドラコは僅かに眉を上げた。

 門番の兵士たちが、こちらを見て身構えるどころか、道を開けたのだ。


「お待ちしておりました」


 門番の一人がそう言い、うやうやしく頭を下げた。ドラコたちが来ることを、事前に知っていたかのような対応だった。


「ポーラー様より、ヴェンツェル王国のエルザ王女一行をお通しするようにと命じられております。どうぞ、中へ」


 エルザが驚いた顔をした。自分たちの到着を、ポーラー王女は予め知っていたということだ。ドラコはアビゲイルと視線を交わした。アビゲイルは肩をすくめた。魔術師であるポーラーなら、何らかの方法で情報を掴んでいても不思議ではない。

 兵士たちに案内され、ドラコたちは宮殿の中へと通された。長い廊下を歩く。壁には精緻なタペストリーが飾られ、窓からは庭園の縁が見えた。シュクレのテオドル宮殿のような威圧感はなく、穏やかで落ち着いた空気が漂っている。

 廊下の途中で、フローレンスの足が僅かに止まった。壁に飾られた一枚の絵画に目を留めたのだ。そこには若い頃のポーラー王女が描かれていた。病を患う前の、健康な姿だ。フローレンスは一瞬だけそれを見つめ、すぐに歩き出した。何かを思い出したような、僅かな表情の揺れがあった。フローレンスがこの宮殿を訪れたのは、あの治療の時以来だろう。

 アビゲイルがフローレンスの横を歩きながら、小声で何か言った。フローレンスが「余計なお世話です」と返した。その声は冷たかったが、どこか柔らかさがあった。


 王の間は、広く明るい部屋だった。

 高い天井にはステンドグラスがはめ込まれ、色とりどりの光が床に模様を描いている。玉座の周囲には近衛兵が控えていたが、その数は通常よりも多いように見えた。襲撃への警戒だろう。

 玉座に座っていたのは、一人の女性だった。

 淡い朱色の髪を肩まで伸ばし、穏やかな青い瞳をしている。年齢は三〇代半ばだろうか。華やかな衣装を纏っているが、その佇まいには飾り気のない実直さがあった。何より目を引くのは、その手元だった。玉座の肘掛けに置かれた手の指先に、微かな魔力の光が纏わりついている。熟練の魔術師であることが、それだけで分かった。

 ポーラー・アンティグア。アンティグア王国の王女にして、大陸有数の魔術師。

 ドルメロのような異質な存在ではなかった。威圧もなければ、不気味さもない。玉座に座っているのは、普通の人間だった。ただし、その瞳の奥には、国を背負う者の重みが静かに宿っていた。

 ポーラーはドラコたちの姿を認めると、玉座から立ち上がった。形式張った所作ではなく、自然な動作だった。


「よく来てくれました」


 ポーラーの声は、柔らかく澄んでいた。


「エルザ王女。ご無事で何よりです。ヴェンツェル王国で起きたことは聞き及んでいます。長い旅路だったでしょう」


 エルザが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。


「ポーラー王女。お目にかかれて安心いたしました。リファランにも襲撃があったと伺い、心配しておりました」

「ええ。ここにも来ましたよ。ですが、被害は最小限に抑えることができました」


 ポーラーの視線が、フローレンスに向いた。穏やかだった瞳に、深い感慨が滲んだ。


「フローレンス。あなたも一緒にいてくれたのですね」


 フローレンスが僅かに頭を下げた。


「ご無事で何よりです、ポーラー様」

「わたくしが無事なのは、あなたのおかげでもあります。あの時、あなたが治してくれなければ、わたくしはとうにこの世にはいない」


 ポーラーはかつて重い病を患ったことがある。国中の医者や回復術師がさじを投げた難病だった。ポーラー自身も死を覚悟したその時、フローレンスが宮殿を訪れ、治療を施した。吸血鬼であるフローレンスを宮殿に招き入れることに反対する者は多かったが、ポーラーは自らの判断でフローレンスを信頼した。結果、命は救われた。その恩を、ポーラーは決して忘れていない。

 フローレンスは何も言わず、ただ小さく頷いた。医者として当然のことをしただけだという態度だった。だが、ポーラーの感謝は本物だった。

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