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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第44話 治療

 ジレーヌが去った後、フローレンスは診察を再開した。

 老女の腹部に再び手を当て、慎重に触診を続ける。先ほど気づいた違和感を、もう一度確かめるように。指先が或る箇所で止まり、紅い瞳が鋭くなった。


「フェリア」


 薬草を手に戻ってきたフェリアが、フローレンスの声に背筋を伸ばした。フローレンスの表情が、先ほどまでと変わっていた。診察中の慎重さではなく、答えに辿り着いた者の確信がある。


「病気の正体が分かりました」


 フェリアの翡翠色の瞳が、大きく見開かれた。エルザもベアトリクスも、フローレンスに視線を向けた。ドラコは壁にもたれたまま、帽子の鍔の下から静かに聞いている。


「三人の患者に共通する所見があります。腹部の触診で、臓腑の一部に異常な硬結こうけつが認められました。通常の炎症や感染症とは異なる反応です。加えて、呼吸音の異常、瞳孔の反応速度の低下。これらを総合すると、一つの結論に至ります」


 フローレンスの声は、完全に医者のそれだった。感情を排し、事実だけを淡々と述べている。


「この病は、エルフ特有の魔力循環に作用する毒素です。自然界に存在する毒ではありません。何者かが意図的に調合し、この村に散布したと考えるのが妥当です」


 フェリアの顔から、血の気が引いた。


「毒……? 誰かがわざと?」

「はい。この毒素はエルフの魔力循環にのみ反応するよう調合されています。だから人間の旅人には症状が出なかった。エルフの体内を流れる魔力が、毒素の媒介になっている。回復術が効かないのも、魔力を使えば使うほど毒素が循環するためです。回復術で症状を抑えようとすることが、逆に毒を体中に行き渡らせていた」


 フェリアが両手で口を覆った。村人たちを救おうと回復術師を呼んだことが、結果的に毒を広めていたという事実。善意が裏目に出ていた。


「でも、進行を抑えることはできていたのでしょう?」


 エルザが訊いた。


「はい。回復術自体には症状を緩和する効果があります。ですが、それは対処療法に過ぎません。毒素そのものを除去しなければ、根本的な解決にはなりません」


 フローレンスは鞄から数本の薬瓶を取り出した。ガルドの街で補充した薬品と、フローレンス自身が調合した薬剤。


「治療法はあります。この毒素の構造は複雑ですが、エルフの魔力循環を一時的に遮断した上で解毒剤を投与すれば、毒素を体外に排出できる。魔力の遮断にはアビー様の力が必要です。解毒剤はわたしが調合します」


 フローレンスはフェリアに向き直った。


「フェリア。村にある薬草を使わせてください。足りないものはこちらで補います。解毒剤の調合には数時間かかりますが、今日中に重症の患者から投与を始めます」


 フェリアは涙を堪えながら、何度も頷いた。


「何でも使って。村の薬草庫の鍵はわたしが持っている。必要なものは全部出す」


 フローレンスは小さく頷き、すぐに動き始めた。フェリアに薬草の種類と量を指示し、アビゲイルを呼びに走らせた。ドラコは壁から背を離し、エルザとベアトリクスに目配せした。全員が、自分にできることを探して動き始める。

 その時、部屋の入り口に気配があった。

 ジレーヌだった。

 去ったはずの姉が、戸口の柱にもたれるようにして立っていた。いつからそこにいたのか。フローレンスの診断を、あるいはその前から、聞いていたのかもしれない。薄緑色の瞳が、フローレンスを真っすぐに見ていた。先ほどの鬼の形相はなかった。短剣も鞘に収められている。だが、その表情は穏やかとは程遠いものだった。

 フローレンスが姉に気づき、足を止めた。部屋の中に、再び緊張が走る。ドラコの手が反射的に腰の銃に触れたが、ジレーヌに敵意はなかった。少なくとも、今この瞬間には。

 ジレーヌはフローレンスを見つめたまま。しばらく黙っていた。何かを飲み込むような、長い沈黙だった。それから、口を開いた。


「お前の言い分は、理解した」


 静かな声だった。怒りは抑えられていたが、消えたわけではない。その奥にまだ燃えているものがあることは、声の震えから分かった。


「だが、どんな理由があろうとも、吸血鬼になったお前を許すことはできない」


 フローレンスは、何も言わなかった。姉の言葉を、そのまま受け止めていた。反論はしない。弁明もしない。ジレーヌがそう感じるのは当然のことだと、フローレンス自身が一番理解しているからだ。

 ジレーヌの薄緑色の瞳が揺れた。言いたいことは、まだあるように見えた。だが、それ以上は何も言わなかった。唇を結び、踵を返した。今度こそ、ジレーヌは去っていった。その足音は前のように怒りに満ちてはいなかった。重く、静かな足音だった。

 フェリアがフローレンスの顔を心配そうに覗き込んだ。だが、フローレンスの表情は崩れていなかった。僅かに目を伏せただけで、すぐに顔を上げた。


「続けましょう。時間がありません」


 医者の声に戻っていた。


 それからの数時間は、慌ただしかった。

 フローレンスはフェリアの案内で薬草庫に入り、棚に並ぶ薬草を一つ一つ確認しながら必要なものを選び出していった。アビゲイルが村から戻り、フローレンスから魔力遮断の手順について説明を受けた。エルザとベアトリクスは患者の世話を続け、ドラコは村の周囲を警戒した。毒素を散布した者が、まだ近くにいる可能性がある。

 解毒剤の調合はフローレンスの独壇場だった。複数の薬草を正確な分量で混合し、加熱と冷却を繰り返しながら成分を抽出していく。フェリアがその手元を食い入るように見つめていた。数百年の医学知識が、一つ一つの手順に凝縮されている。

 夕刻。解毒剤が完成した。

 最初の投与は、あの老女からだった。アビゲイルが魔杖を構え、老女の体内を流れる魔力を一時的に遮断する。魔力の流れが止まった瞬間、フローレンスが解毒剤を飲ませた。老女の体が僅かに震え、額に汗が浮かんだ。だが、数分後。老女の顔色が、僅かに良くなった。断続的だった咳が収まり、呼吸が落ち着いていく。

 フェリアが、泣いた。声を上げて泣いた。

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