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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第104話 王の間の攻防

 城門が破られたのは、ライカが地下室に降りて間もなくのことだった。

 地下室では、ベアトリクスが魔術式の中央で魔力を注ぎ続けていた。ロードの姿を維持したまま、全身から魔力を絞り出している。魔術式の紋様が脈動するように光り、少しずつ輝きを増していた。だが、完全な起動にはまだ遠い。額に汗が浮かび、呼吸が荒くなっている。魔術式の光は広間全体の半分ほどしか灯っていない。残りの紋様はまだ暗いままだ。

 エルザがベアトリクスの傍で見守っていた。何もできることはない。ただ、傍にいることだけが今のエルザにできることだった。ライカも狙撃銃を抱えて階段の上に立ち、上からの異変に耳を澄ませていた。

 その時、城の上階から轟音が響いた。

 鉄の扉が凄まじい音と共に吹き飛ばされたのだ。吸血鬼たちが城内になだれ込んできた。廊下に築かれたバリケードの前で、ラミーナが刀を振るい、リューネットが精神術で食屍鬼の動きを封じる。傭兵たちも必死に応戦した。だが、数が違いすぎた。バリケードは一つ、また一つと突破されていく。

 ラミーナの声が城内に響いた。


「全員、王の間まで下がれ! ここはもう持たない!」


 傭兵たちが秩序を保ちながら後退していく。ラミーナとリューネットが殿を務め、追撃してくる吸血鬼を斬り、精神術で足止めしながら退いた。廊下に倒れた傭兵たちの体を踏み越えて追ってくる吸血鬼を、ラミーナが一閃で斬り伏せる。返す刀でもう一体。リューネットが精神術の壁を廊下に張り、食屍鬼の足を止めた。その隙に、負傷した傭兵を仲間が肩を貸して運んでいく。一人でも多く生かすために、撤退の手順は乱れなかった。

 王の間の入口に、最後のバリケードが築かれた。玉座の台座、長椅子、武器架、書棚。部屋にあるもの全てを積み上げる。ラミーナが傭兵たちを配置につかせ、リューネットが精神術の膜をバリケードの前面に展開した。

 上階の異変を察知したライカが地下室から駆け上がり、エルザと共に王の間に入った。狙撃銃を構え、バリケードの向こうを睨んでいる。レオンは黄金の大剣を抜き、王の間の中央に立った。


「来るぞ」


 レオンの声が低く響いた。

 バリケードの向こうから、無数の足音が迫ってくる。壁を這う音、天井を走る音。吸血鬼たちが廊下を埋め尽くしている。

 最初の衝撃がバリケードを揺らした。吸血鬼の体当たりだ。積み上げた家具が軋み、隙間から吸血鬼の腕が突き出てくる。傭兵たちが剣で腕を斬り落とし、ラミーナが隙間から刀を突き入れた。手応えがあった。だが、引き抜く前に別の腕が伸びてくる。

 吸血鬼たちは止まらなかった。バリケードの上から飛び越えようとする者、下から潜り込もうとする者。あらゆる方向から突破を試みてくる。傭兵たちは全力で押し返したが、数の圧力に少しずつ押されていく。バリケードの一部が崩れ、隙間から吸血鬼の上半身がねじ込まれてきた。傭兵の一人が剣で突き刺し、もう一人が押し戻す。だが、崩した端から新たな吸血鬼が取りついてくる。

 リューネットの精神術が食屍鬼の動きを封じ、ライカの狙撃がバリケードの隙間から見える吸血鬼を一体ずつ仕留める。レオンが飛び越えてきた吸血鬼を黄金の剣で斬り伏せた。エルザも火炎術で援護し、バリケードに群がる吸血鬼を焼き払う。焦げた匂いと灰が王の間に漂った。

 それでも、押されている。時間が経つほど、敵の数は増え、味方の体力は削られていく。傭兵の一人が吸血鬼に引きずり込まれ、バリケードの向こうに消えた。悲鳴が一瞬響き、途切れた。誰もがその音を聞いた。だが、足を止める者はいなかった。

 均衡きんこうが崩れたのは、あの少女が現れた瞬間だった。

 バリケードの向こうに、禍々しい魔力の気配が膨れ上がった。周囲の吸血鬼たちが、道を開けるように左右に退いていく。廊下の奥から、小さな影が歩いてきた。

 次の瞬間、バリケードが粉砕された。破壊術だ。積み上げた家具や書棚が木片となって吹き飛び、傭兵たちが衝撃波で壁に叩きつけられた。リューネットの精神術の膜も砕け散る。王の間の天井から石片が降り注ぎ、壁に亀裂が走った。魔術灯の幾つかが弾け飛び、広間が薄暗くなった。

 砂塵の中から、少女が歩いてきた。幼い顔に表情はなく、紅い瞳が冷たく光っている。その背後から、吸血鬼たちが雪崩のように流れ込んできた。

 ラミーナが立ち上がった。背中から血を流しながら、刀を構える。傭兵たちも、よろめきながら武器を拾い上げる。


「まだだ……まだ、退かない……!」


 だが、少女が片手を上げた。魔力が集束する。あの破壊術がもう一度放たれれば、王の間にいる全員が吹き飛ばされる。ラミーナは歯を食いしばった。体が動かない。先ほどの衝撃波で、体中に無数の傷を負っている。それでも刀を握る手だけは、離さなかった。

 少女の手から魔力が解放されようとした。その瞬間。

 王の間の奥から、赤い光がはしった。

 炎の槍だった。灼熱の赤が少女の正面を貫くように飛来し、少女は咄嗟に防御術を展開した。炎と防御術がぶつかり合い、衝撃波が王の間を揺らした。少女の足が、わずかに後退する。

 地下室への階段から、一つの影が駆け上がってきた。

 ベアトリクスだった。

 右腕が赤い鱗に覆われ、背中から竜の片翼が伸びている。額の角が光を受けて輝き、深紅の瞳が少女を真っ直ぐに見据えていた。ロードの姿のまま、地下室から駆けつけたのだ。体の各所に魔力の消耗による疲労の痕が見えるが、その瞳の輝きは衰えていない。

 ライカが息を呑んだ。あの子が来た。魔術式の起動を終えたのだ。

 ベアトリクスは少女とラミーナの間に立ちはだかった。竜の腕を少女に向け、魔力を纏わせる。炎の残滓が腕の周囲で揺らめき、赤い光が王の間を照らした。


「ラミーナさん、下がってください」


 静かだが、有無を言わせない声だった。ラミーナは一瞬目を見開いた。あの控えめなメイドの少女が、こんな声を出すのか。だが、すぐに頷いて傭兵たちと共に後退した。

 ライカが声をかけた。


「ベアトリクス。魔術式は」

「発動状態です。魔術式の上に立てば、いつでも転移できます」


 ベアトリクスはライカに振り返らずに答えた。視線は少女から外さない。魔術式の起動は完了した。あとは全員が地下室の魔術式の上に立つだけだ。


「ライカさん。わたしがこの子を引き受けます。その間に、皆さんは地下室へ」


 エルザが声を上げた。


「駄目よ! ベアトも一緒でなければ意味がないわ!」


 エルザの声には、拒絶の強さがあった。ターリンガからここまで、仲間が一人ずつ離れていった。レイラが残り、アビゲイルが残った。これ以上、誰かを置いていくことは耐えられない。ましてや、ベアトリクスを。


「姫様」


 ベアトリクスが振り返った。ロードの深紅の瞳が、エルザを見つめている。竜の片翼が背中でゆっくりと畳まれた。


「大丈夫です。わたしは、必ず追いつきます」


 エルザの声が震えた。涙が滲みそうになるのを、懸命に堪えている。王女としての威厳も、冷静さも、今は保てなかった。ベアトリクスはメイドで、親友だ。親友を戦場に残して逃げるなど、できるはずがない。

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