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ブラッディ―メイデン  作者: しましまましま
第Ⅰ章 プリンセス オブ ブラッド

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第101話 転移術

 レオンが口を開いた。


「オレがこの城を目指したのも、同じ理由だ。マリアムの行方を追っている。あいつの足取りを調べた結果、ヴェンツェル王国にいる可能性が高い。転移術を使えば、すぐに向かえると踏んだ」


 マリアム。レオンの仲間であり、皇帝の頃の側近だった魔術師。エルザとベアトリクスはかつてアビゲイルの召喚術で呼び出された時に会ったことがある。あの時は穏やかに笑っていた少女だった。レオンにとって、マリアムを追うことは財団の真相に迫る上で不可欠なのだろう。仲間が何をしているのか、その目で確かめたいという思いもあるのかもしれない。

 ライカは頷いた。


「目的地は同じね。問題は、転移術の発動には強大な魔力が必要だということ。召喚術は対象を呼び寄せる術だから、術者の負担は比較的軽い。でも、転移術は自分自身を別の場所に移動させる術で、術者への負担が桁違いに大きいの。しかも、距離が遠ければ遠いほど消費する魔力も膨大になる」


 ライカは地図の上で、ヴァレシクリットとイルドブルの距離を指でなぞった。大陸の西部から北東部。途方もない距離だ。


「帝国からヴェンツェル王国までの距離を考えれば、並の魔術師では到底発動できない。失敗すれば術者の命に関わるわ」


 ライカの目が、僅かに曇った。


「本来なら、アビーの魔力あれば問題なかったのだけれど」


 アビゲイル。あの吸血鬼の少女と戦うために、一人で残った仲間。今、安否すら分からない。エルザの胸が締めつけられた。

 沈黙が落ちた。リューネットが口を開いた。


「わたしは魔術師ですが、転移術を発動できるほどの魔力はありません」


 リューネットの声は平静を装っていたが、その奥に悔しさが滲んでいた。メガネの奥の目が伏せられている。拳が膝の上で握りしめられていた。自分の力不足を誰よりも痛感しているのだろう。魔術師でありながら、今最も必要とされている場面で役に立てない。その無力感が、リューネットの肩を重く沈めていた。

 ラミーナがリューネットの方を見たが、何も言わなかった。慰めの言葉が、今のリューネットには逆効果だと分かっていた。


「リューネ、あなたのせいじゃないわ。転移術の消費魔力は、魔術師個人の力量の問題じゃない。帝国からヴェンツェル王国までの距離が、あまりにも遠すぎるの」


 ライカが優しく声をかけた。だが、リューネットの表情は晴れなかった。メガネを押し上げる仕草すら、いつもより力がない。

 行き詰まりだった。転移術の魔術式はある。目的地も定まっている。だが、肝心の魔力が足りない。この状況を打開する手段が見つからなければ、ここから動くことすらできない。

 その時だった。


「わたしなら、できるかもしれません」


 声を上げたのは、ベアトリクスだった。

 全員の視線がベアトリクスに集まった。ベアトリクスは一瞬たじろいだが、すぐに顔を上げた。紅い瞳に、決意の光が宿っている。


「わたしはロードの力を持っています。レイラさんの元で修業中に力を使えるようになりました。ロードの力を使えば、転移術を発動させるだけの魔力を出せるかもしれません」


 ライカの瑠璃色の瞳が見開かれた。ロードの力。あの力だ。ドラコの日記に書かれていた、汽車の上でベアトリクスが覚醒した記述は読んでいた。だが、あの時は一度きりの偶発的なものだった可能性もあった。それを修行で再び覚醒させたというのなら、意志の力で制御できるようになったということだ。

 エルザも驚いた顔でベアトリクスを見つめていた。あの力はまだ覚醒したばかりだ。制御もままならない。転移術のような大魔術に耐えられるのか、だが、ベアトリクスの目を見て、エルザは口を閉じた。あの目は、もう決めた人の目だった。

 ライカはベアトリクスの顔を見つめた。ドラコと同じ紅い瞳。その奥に、確かな力の気配がある。


「ロードの力なら、あるいは……」


 ライカの声に、希望が混じった。ロードが持つ魔力は通常の吸血鬼とは次元が違う。転移術の発動に必要な魔力をまかなえる可能性は、十分にある。

 リューネットが顔を上げた。メガネの奥の目に、驚きと、そしてかすかな安堵が浮かんでいた。


「ロードの力であれば、理論上は可能です。ロードの魔力は上級吸血鬼をも遥かに凌駕する。転移術の魔術式に必要な魔力を供給できる可能性はあります」


 魔術師としての分析が、リューネットの口から自然に出た。自分にはできないことでも、その力の可能性を正確に見極めることはできる。それもまた、魔術師の役割だ。


「ベアトリクス。お願いできるかしら」


 ライカが真剣な目でベアトリクスを見つめた。その瑠璃色の瞳には、切実な願いが込められていた。ドラコの妻として、一刻も早くヴェンツェル王国に向かいたい。ドラコの日記を通じて知った全てのことを、行動に移す時が来ている。

 ベアトリクスは頷いた。


「はい。やらせてください」


 迷いのない声だった。覚醒してからまだ間もない力だ。制御できるかも分からない。だが、やるしかない。ここで動けなければ、アビゲイルが一人で戦った意味がなくなる。レイラが残った意味も、あの兵士が命を懸けた意味も。

 その瞬間、ベアトリクスの脳裏にアビゲイルの声が蘇った。

 頼んだよ。

 あの時は意味が分からなかった。何を頼まれたのか、考えても答えが出なかった。だが、今なら分かる。アビゲイルは知っていたのだ。魔王城に転移術の魔術式があることを。そして、自分がいなくなった後、ベアトリクスのロードの力だけが転移術を発動させられることを。

 だからアビゲイルは、あの場に残ることを選んだ。自分がいなくても、ベアトリクスがいれば転移術は発動できる。そう信じて、吸血鬼の少女に立ち向かった。あの小さな背中は、仲間を逃がすためだけでなく、この先の道を繋ぐために戦っていたのだ。

 託されたのだ。アビゲイルの信頼を。アビゲイルの役割を。

 ベアトリクスは拳を握りしめた。エルザが隣でベアトリクスの手にそっと自分の手を重ねた。温かかった。

 この手で、応えてみせる。

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