[32] 王女の結婚――ヴァイバーナン ②
ヴァイバーナンは部屋に戻って、着替え、すぐさま、カンビセス侯爵家へ馬車を走らせた。
何はともあれ、今は、バードックに抱きしめられたかった。
カンビセス侯爵家へ着くと、バードックが出迎えた。
「早馬が来て、何事かと思いました。殿下」
「先ぶれもなく、ごめんなさい。でも、どうしても早くあなたに会いたくて」
ヴァイバーナンはバードックに抱きついて、キスをせがんだが顔を背けられた。
「殿下、落ち着いてください。今は、まずいです」
バードックの囁く声に、ヴァイバーナンは頷き、鼻をすすった。
「応接室にご案内いたします」
「二人きりになりたいわ」
ヴァイバーナンはバードックを見つめた。
「……仰せのままに」
バードックは頭を少し傾け、優しく微笑んだ。
ヴァイバーナンは、バードックの優しさが好きだった。
茶色の瞳もアッシュグレーの髪もすべて。
バードックの執務室に入ると、テーブルにお菓子とお茶が用意されていた。
バードックは従者たちに目配せし、ヴァイバーナンの言う通りにした。
ヴァイバーナンとバードックは並んでソファに座った。
「何があったんです? 殿下」
ヴァイバーナンは問いかけるバードックの頬に手を当て、唇を重ねた。
「バードック、私を抱いて」
「……殿下、私たちはまだ、婚約式を控えているのですよ」
「そんなもの、待ってられないわ!」
ヴァイバーナンの声に怒気が含む。
「お茶を入れましょう。ぬるくなってしまいます。ほら、これ、殿下のお好きなお菓子を丁度買ってきていたのですよ」
「……国王が私をウルティナ王国へ売り飛ばすって」
「え? まさか」
「信じられる? あの蛮族の国に私を……」
ヴァイバーナンは両手で顔を覆い、泣き出した。
バードックはそっと彼女の肩に手を置き、そのまま自分の胸へ引き寄せた。
「ヴァイビー、泣かないで……ごめんね」
ヴァイバーナンは涙で濡れた顔を上げた。
「どうして、あなたが謝るの?」
「だって、僕にまだ力が無いから」
ヴァイバーナンは、バードックの顔に両手を添えた。
「バカなこと言わないで。国王より力がある者なんていないのよ」
バードックは、ヴァイバーナンの片手を取り、手の甲にそっと唇づけをした。
「ヴァイビー、本当に君は優しい人だね。僕の愛する人」
「……バードック、婚約式を早めることは出来ないかしら」
「それは無理だろうね。この状況だと国王陛下の許可が下りない」
「何も、打つ手は無いのかしら? 私が、ウルティナ王国に行くしかないの? それなら……いっそのこと、私、死ぬわ」
バードックは目を見開いた。
「なんてことを言うんだ! ヴァイビー、そんなことを言うのはやめてくれ」
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
ヴァイバーナンがヒステリックに泣き叫び、バードックは天を仰いだ。
「いっそ、他の人だったら良かったのに」
バードックの言葉が途切れる。
ヴァイバーナンの期待する言葉が続かない。
ヴァイバーナンの指先は、バードックの手を確かめるように探った。
見つけた手は温かく、ヴァイバーナンの指を包み込んだ。
ヴァイバーナンは、その温もりを逃すまいと指を絡め、わずかに視線を落とした。
そして、ハッとして顔を上げた。
「そうだわ……」
涙を拭うのも忘れ、バードックの顔を見つめる。
「私の身代わりを作ればいいのよ! もう! あなたは本当に賢いわ」
ヴァイバーナンはバードックに抱きついた。




