一章 幕間 ある学生の戦い
大学構内、食堂にて。
のっしのっしと、巨体が歩む。
俺は良工・タベルォ
ラグビー部所属、ロシア人と日本人のハーフ、生まれも育ちも日本。ロシア語は分からん。
日本人離れしたこの203cmのこの巨体は過剰な筋肉を搭載し、見るものを圧倒する。燃費の悪いこの体を維持するためには多くの食事が必要だ 。
昼のために朝から激しい筋トレをしてきたし、腹具合はベストコンディションだ。
券売機へと歩みを進めると周りから好奇の視線とひそひそ話が漏れる。
「…おっ、超級重機だぜ」
「で、デカいっすね…。あれが大学大食い四天王の一人っすか…」
集まる視線が心地いい。
「あれだろ?ラグビー部の生きる伝説…」
「なんでも一人で全員弾き飛ばしてトライしたとか…あまりに強すぎてボール持ったら相手が誰もタックルに来なかったとか…」
因みにそれは嘘だ。ラグビー舐めんな。
ラグビーもそうだが、俺が誇る物には大食いがある。この大学に入るまで、大食いでは負け無しだった。
この大学には大食い四天王がいる。
無限食王
甘味女王
正体不明
そして、俺。超級重機
俺だけなんか名前が普通だが、気にしてはいけない。アンノウンの座は去年卒業したらしいから空席で四天王でもなくなってしまったが気にしてはいけない。
正直なところ、キングに関しては勝てる気がしない。
痩せの大食いとはよく言うが正にそれだ。去年の文化祭にあったラーメン大食い30分一本勝負では完敗だった。
そしてイケメン。むかつく。
ブラックホールさんに関しては甘味でなければ負けない。というか、ブラックホールさんは甘味以外はそんなに食べない。
いずれはキングの座は貰う、そのためにも筋肉を育て、食欲を高めるのだ。
昨日SNSで呟かれていた、近場の食べ放題で化け物がいたと言う記事に触発されたのもあり、己を高めるためにこうしてコンディションを整えたのだ。
お目当ての食券を押す。
カレー(650円)。
そして、一番下の段。
カレー専用大盛り券の隣。
雄々盛り。
券売機上は大盛りと同額の150円だが、量は三倍近い。
しかも、残すと1980円の正規料金がとられる。一人で食べ切れば150円のまま。複数人で食べても正規料金。
券売機の下の下に注意書が書いてある。汚い、流石おばちゃん、汚い。
大盛りはよく新入生歓迎の為に用いられるが、巨体である俺はラグビー部の先輩からその雄々盛りで洗礼を受けた。
完食したあの時の、唖然とした先輩の顔は忘れられない。そのあと俺は練習に参加出来なかったが。
とはいえ、如何に俺が大食いとは言え、カレー雄々盛りを簡単には頼めない。
きちんと体調を整え、朝は軽めに、そして筋肉を育て、午後の講義がないのを確認した上で挑まなければならない。
以前食べ過ぎの腹痛で午後の講義が地獄になった。
カレー1.5キロ、ライス1.7キロ。
総重量3.2キロ。
後は食堂のおばちゃんの機嫌次第で増減するところも厄介だ。
震える指で雄々盛りのボタンを押す。
吐き出される地獄への片道切符。
ゆっくりとカウンターに歩み寄り、食券を出す。
「あぁ、おっきいおにいちゃん、また頼んでくれたんだね!」
「……うす」
ヤバい、おばちゃんが上機嫌だ。これは数百グラムは増量される。
「カレー!雄々盛り一丁!!」
「応っ!!!」
威勢のいい掛け声に、周りからの視線が集まる。
試合の時もそうだが、こうして目立つのは心地よい。
カレーは素早く用意される。まぁかけるだけだしな。
「はいよっ!お待ちっ!!」
ドンと重い音を響かせ、カウンターから出てくる悪魔の泉
「ほら!福神漬けも大盛りだよ!」
「……うす」
もうなんなの、やめてよ。
ズッシリと両腕に掛かる重み。
「すっげ…あれ見たの久しぶりだわ」
「うわー…人間の食える量じゃねえよ…」
「やっば、マジやばくない?」
「ちょwwwウェッwwwマジウケルwww」
「ちくわ大明神」
誰だいまの。
この視線が集まる中で恥を晒すことは許されない。
超級重機いざ参る。
スプーンでカレーを掘り進める。
無心でスプーンを動かす。
水は胃の中で米を膨らますからNGだ。幸いカレーはするすると入っていくため無くても問題ない。
三分の一程度食べ進めた頃だろうか。
「カツカレー!!!雄々盛り一丁っっっ!!」
そんな声が聞こえた。
口の端にカレーを付けたまま顔をあげる。
カウンターにはどう見ても量を食べそうにもない、端的に言うとひ弱そうな、それでいて印象の薄い男が立っていた。
全く、どこにでもこういう冷やかしがいる。食に対して失礼だ。
すぐに興味を無くしてカレーへと再び向き合う。
大食いには高度な駆け引きが必要だ。食事との駆け引き。腹とのやり取り。
あんな些事には構ってられない。
スプーンを進めようとしたその時に、丁度対面にその男が座る。
ドンと置かれるカレー(カツ入り)
…………ふざけるなっ!
と声に出せたら良かったが、生憎と俺の口にはカレーが詰まっている。
大食いの前に大食い用のメニューを置き、あまつさえカツ入りだとっ!?
俺への挑戦……いやっ!愚弄だっ!!
完食する気もない、食事への冒涜だっ!!
この超級重機をおちょくったことを後悔させてやる!!
「いただきます」
男は礼儀は正しいのか、ペコリと頭を下げて食事を開始する。
黙々とスプーンが進む。
思った以上のハイペース。止まることのないスプーン。
ふっ…バカめ。そんなペースを維持できるものか。
しかも、ガバガバと水を飲んでいる。大食いのおの字も知らないような稚拙な食事。
だが、おかしい。
男のペースは半分を食べた辺りでも全く変わらない。それどころか、とても嬉しそうに食べている。本当に旨いのだと言わんばかりに。
そこで男が唐突に席を立った。
ふっ…半分とはな。素人では中々食べた方だが、やはり素人は素人。
対抗心でペースを乱してしまったが、俺の皿にもまだまだカレーは残っている。
腹の具合もかなり満腹。ここからペースを取り戻し、堅実に完食するのだ。
悠々とスプーンを進めていると、ガタンと向かいの席が音を立てた。
嘘だろ…
その手には水、福神漬け…そして
レンゲ。
ふ…ふざけるなよ…戦争だろうが…!
ハイペースだけならまだしも、それでカレーを口にし始めたら…戦争だろうが…!
男のペースは変わらない。
レンゲであろうとモリモリモリモリ。
カレーを、ライスを、カツを、福神漬けを。
旨そうに、笑顔で、食べきっていく。
ご馳走さまでした、と男が呟く。先に食べ始めたはずの俺を差し置いて、男のカレーの器は綺麗に完食された。
俺の皿には僅かにだか、未だに残されたカレーライス。
完敗だった…。
年度に二度目の敗北…。大食いファイターとしては致命的。
絶望感。虚無感。
あのキングでもここまで早くなかった。
戦いの後は、キングも満腹感に苦しそうだった。
しかし、この目の前の男はどうだ。
食べた直後だというのに、すんなりと動きだしている。
水をのみ、ガタンと席を立った男は
「……売店でデザートでも買うか」
そう呟いて、男は去っていく。
まだ食うの!?
この日から、大食い四天王と男の戦いは切って落とされたり落とされなかったりする。




