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如何物喰い  作者: 蓮の華
遭遇、変異。そして、切り裂くもの
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遭遇、変異。そして、切り裂くもの 拾壱

筋張った肉は獣臭く、噛み切るのに四苦八苦した。体毛は剛毛で歯の間に挟まる。正直なところ鎌の方が旨かった。

だが、それでも、最近食べた物のどれよりも、なによりも。俺の腹を満たした。


「……ご馳走様でした」


哭き止まなかった腹の獣が、ようやくその咆哮を止めた。

満腹…とはいかないが、腹八分目といったところだろうか。



未だに再生しない左手。止血はしているが生えてくる様子はない。

出血こそ止まったがこれが治るまでどれくらいかかるだろうか。

そして、どれくらい腹が減るのだろうか。今で八分目、今回こそこうして食事にありつけたが、そう簡単に化け物に出会えるとは思えない。


落ちた左腕を拾い上げる。


傷口に目立った汚れがないのを確認して、そーっと切断面を近づけてみる。

ピタリとくっついたと思ったら、徐々に腕の感覚が通っていく。


数秒押さえていたら、腕は元通りになった。なってしまった。

空腹感は大きくは増してはいない。

傷はほぼ再生済み。空腹感も癒え、身体的には大きな被害は無し。目立った被害はボロ切れになってしまった服くらいだ。




我ながら本当に化け物染みている。

人間を止めてしまったのを改めて実感した。


超常的な力。

驚異的な再生力。


とどめに主食は化け物ときたもんだ。

……人間でなかっただけまだマシか。



「……ハックショッ!」



……なんにせよ、とっとと帰ろう。

前はアバンギャルドだったが、今回は上はほぼ裸、下は急所こそ隠れているが、ダメージジーンズというには肌の露出が多すぎる。完全に変態だ。事案だ。警察だ。

そして公園も荒れ放題。地面には所々穴が空き、ブランコは完全に大破、ジャングルジムに至っては鎌鼬の最後の乱舞により金属片に成り果てている。


どっちにしてもこの場に留まるのは良くないだろう。弁償も説明も出来ないし。


切り裂かれた俺の服が、公園の所々に散っているが、全てを回収するのは時間的に無理そうだ。


放り投げていたショルダーバッグを回収して、そそくさと公園を後にする。









なんとか通報されずに家に帰ってこれた。

何度か人とすれ違いそうになったが、背に腹は変えられず、民家の屋根に跳び移りやり過ごした。



ボロボロの上下を脱ぎ、また増えてしまった物証をビニール袋に入れてから捨てる。

このままではただでさえ少ない衣類がなくなってしまいそうだ。


とりあえず次の休みにでも買い物に行こうと決め、夜も遅いが机に向かう。


乱雑に書かれたルーズリーフを取り出す。

人間?の文字にバツを付け、化け物。と記入しておく。



こうしてみると本当に荒唐無稽な話だ。

たぶんあの時黒い玉を食べなければ死んでいただろうからなんとも言えないが、正直こんなオカルトに巻き込まれたくはなかった。


そりゃ一人のゲーマーとしては、突然訪れた非日常にワクワクする気持ちもあるが、それを無条件に享受するには少し歳を重ねてしまった。

高校生くらいなら楽しめるのかもしれないが、成人を迎えて就職やらなんやら現実的な問題が目の前に広がっているのだ。そんなに英雄願望も備えてはいないし、中二病だって中学で卒業してる。


きっとこの力であれば野球選手とかボクサーとかになればきっと大活躍出来るだろう。化け物染みた動体視力に腕力脚力。打席に立てばホームラン、試合が始まれば一撃KO。


だが、それで働いていくには、少しばかり問題点が多すぎる。 

力を使い続ければ襲ってくるであろう空腹感に、あまりに偏った食癖。見つかるかすらわからない食事探し。

そしてなにより、恐らくだが食事をするのに、毎度死と隣り合わせになるだろう。


そんな綱渡りをしてまでも楽して生きたいとは思えない。というか、金が幾らあっても俺の食欲は満たされないし、なにより金銭的に楽でも、生き死にが掛かるとなるとどう考えても割りに合わない。



そうなるとやっぱり普通に暮らすのが一番だ。

力を使わず、いつもの暮らしを。


……いずれは来るであろう空腹感をなんとかする方法は、常に考えておかないといけないだろうけどな。



そこでスマホにメッセージの着信音が鳴る。


『兄君、運命には出会えたかい?』


すっかり妹君へメッセージ送るのを忘れていた。


『おう、とびきり刺激的な運命だったよ』


腕を切り落とされるとかな。刺激的過ぎる。


『それはなによりだ。心配で起きていた甲斐があったよ』


『少しばかり刺激的過ぎたけどな。つか、夜も遅いからお前も夜更かしし過ぎるんじゃないぞ』


『兄君を心配していた私に少し冷たくはないかい?』


『冷たくないぞー、少し疲れてるだけだから。でも、本当に助かったわ。ありがとな』


『ふふ、礼には及ばないよ』


『んじゃ、寝るわ。寒くないように寝るんだぞ』


『あぁ、良い夢を』


妹君には頭が上がらないなぁ。

つか、改めて思ったけどタロットカードってすげぇな。下手な魔法より魔法してる。



ふとスマホの時計を確認すると、日付が変わってしまっている事を示している。

明日は金曜日…てかもう今日だわ。二コマ目からだから、多少夜更かしでも寝不足にはならなさそうだ。


手早くシャワーを浴び、寝床に潜り込む。

腹が満たされた満足感。

俺は自然と深い眠りに誘われていった。













自然と目が覚める、目覚ましをセットしている時間より少し早い。


相変わらずの寒さに嫌気が差すが、それを差し置いてもこの熟睡感と、空腹感を感じないだけでストレスフリーだ。


とりあえず今日はバイトもあるし、早起きついでに家事をやっつけておこうと、寝床から這い出る。



……ようやく寒波が過ぎ、小春日和となるでしょう……

……昨夜未明、住宅火災が……

……凍結した道路に乗用車がスリップし……


室内を掃除しながらニュースを垂れ流す。




……今日未明、公園の遊具が引き倒されているのを発見した住民から110番通報があり……




その内容に心当たりがありすぎて、掃除の手を止めてテレビを注視する。



……この公園では以前から遊具が切りつけられる被害が出ており、今回の件も同一犯と見て警察が調査を行っており……




公園の大体はブルーシートで覆われておりハッキリはしないが、中継の映像は間違いなくあの公園だった。


画面は移り、端正な顔立ちをしたキャスターのアップになり、コメンテーターが思い思いにコメントしていく。


……子をもつ親としては心配ですね……

……こんなのイタズラってレベルじゃないでしょ……

……強い恨みやなにかしらの要因がこのような凶行を……



俺じゃないから。

主に悪いのは俺じゃないから。



……警察は周囲の監視カメラの映像から犯人の特定を進めており……



大丈夫だよな…。行きこそコンビニには寄ったけど、帰りは人目を避けてたし…。

とりあえず映っていないことを願うしかない…。

まぁ仮に家宅捜索されたとして、ジャングルジムを切り裂けるような物はないから大丈夫…だよな。

公園には俺の服の断片はあるだろうけどそこから足がつくことは…ないよな?




言い様のない不安を感じながら、テレビを消す。

超常現象として迷宮入りになるのを期待しよう。実際超常現象だしな。



とにかく今は様子を見る他ない。そもそも出来ることがない。


…やっぱり、可能な限り服の回収すればよかったかな。後悔、先に立たず。




一通り家事を終え、講義の準備をして外に出ると天気予報通り、外は小春日和。日差しは暖かいが、それでも吹く風は寒い。それでも俺は今日も大学へ向かう。










大学はいつもと変わらず時間が過ぎていく。

立派に今日もお勤めを果たしてとりあえず部へ。


部室の扉は今日は開いていた。どちらかが先に来ているのだろうか。


「こんちゃー…あれ、先輩?」


中に入ると、俺の呼び掛けにも反応もなく、パイプ椅子に座り机に突っ伏して寝ている部長の姿があった。


どうにもお疲れのようだ。


眠りを妨げるのは本意ではない。

そっと鞄を置いて、少し離れたところに腰を下ろす。


部長はすやすやと寝ているようだ。イタズラ心が沸かないでもないが、そういやなんか部に顔出さないくらいに忙しかったらしいし、そっとしておこう。


かといってなにもしないのも手持ち無沙汰だ。


なにかないかと辺りを見回すと、そういえば、例のイラスト集、怪奇来譚に鎌鼬が載っていたなと思い出す。


そろりと立ち上がり本棚へ。


先輩は本棚前の椅子に座っているため、起こさないように忍び足で近づく。


…こうして、話さなければ可愛いのになぁ。あと前髪切れば。

英之助もそうだが、部長は黙っていれば美少女だ。

口を開けばオカルト話、外を歩けば心霊スポット、内にいてもオカルト研究。


どうにもこうにも天は二物を与えたくないらしい。


そっと顔を覗き混むと、ドキリとした。

今まであまり意識したことはなかったが、すやすやと眠る部長は間違いなく美少女だ。

つか、意識してたらもっとヘタレなりにアプローチしてたわ。遠征だのももっと甘酸っぱいイベントになった……いや、自殺の名所巡りはどうやっても甘くならないわ。


眠っているから余計にだろうが、なんかいつもと感覚が違う。




なんかこう…最近もこんな感じになったような…。




「…恋しちゃいましたか?」


「ドゥエッ!?」


変な声が出た。


「ぶ、部長!起きてたんですか!?」


「流石に声をかけられて気づかないほどぐっすりとはいきませんからね、この体勢では」


グッと伸びをして目を擦る部長。


「すみません、邪魔したみたいで…」


「構いません、こんなところで寝ていた私に非がありますから」


そう言って手近にあったミネラルウォーターで口を潤す部長。


「……そういや、用事は片付いたんすか?」


「…えぇ、今朝方ようやく」


「それはよかった…って今朝方?徹夜で?」


「ほぼ徹夜…ですね。お陰でこうしてうたた寝をするくらいにはクタクタです」


徹夜で終わらせなきゃならんことか…。


「んで用事ってなんだったんすか?就職先関連のことっすか?」


「…えぇ、そうです。案件が二つも重なって……人を体のいいお助けキャラと勘違いしているのでしょうか…」


最後の方が小声過ぎて聞こえなかったが、まぁ色々重なって忙しかったのか。


「大変ですねぇ…就職も楽じゃないってことですかね」


「えぇ、本当に。働く先はキチンと選んだ方がいいですよ、仏間後輩さん」


先達のご鞭撻だ、紳士に受け止めよう。


「それで話は戻りますが、仏間後輩さん、どうしましたか?私のらぶりーちゃーみーな寝顔を盗み見するとは恋しちゃいましたか?」


戻らなくてもいいところまで強制的に戻った話。そしてそれは敵役だ。


「……はは……そうですねぇ」


「………」


曖昧に笑い、誤魔化す。

本当にドキッとしたのは恥ずかしくて言えない。


「……わざわざ近づいて私を観察していたのに?」


「いや、普通に本を読もうとして視界に入っただけですよ」


「ほほぅ、あのオカルトには興味がないスタンスを崩さなかった仏間後輩さんが?このオカルト満載なこの蔵書を?」


「そ、そうなんですよ。最近やたらオカルトに興味が湧きまして」


「いいでしょう、私のオカルト談義は108式までありますよ!!」


「あ、それは結構です」


「残念です」


なんにせよ、怪奇来譚を手にすることが出来た。


「……ふむ、怪奇来譚ですか」


「あ、やっぱり部長も知ってるんすか?」


流石は部長、まぁ英之助でも読んでいたのだから知っててもおかしくはないか。


「私はここの蔵書は去年に読破しましたが、それは中々に良いものです。今でも参考にしています。…イラストは独特ですが」


ヤバい。英之助より強者がいた。

やっぱ、この絵は独特だよな。


「地域の風土に合った妖怪の数々、分かりやすく纏められた妖怪の習性、性質。たぶんこれの著者はこの辺りに住んでいた人物でしょう。そしてなにより特筆すべきなのはまるで直接観察したかのような詳細な情報の数々。独特な絵に目を取られがちになってしまいますが、特徴がキチンと抑えられており、絵の精度としては抜群ですね。それに地方で差のある箇所にはキチンと注訳が入っています。絵巻や資料によっては姿形も違う妖怪ですが、その差分もこの地方の伝承に合ったものになっています。それに加えて伝承に……」


流石は部長。こと妖怪に関しては口が止まらない。耳が滑るレベルだ。決して聞いてない訳じゃない。


「……特にこの毛羽毛現に関しての項目では……仏間後輩さん?聞いてますか?」


「えっ?あっはい」


「…ふむ、そうですね、少し語り過ぎました。それで仏間後輩さんは何について調べるつもりで?」


あ、これ聞いてなかったのバレてるや。


「いや、ちょっと鎌鼬について…」


「鎌鼬……ですか」


隠す必要もないし普通に答えると、部長の顔が明らかに苦々しくなる。


「えっと…部長?なんかしました?」


「いえ……少し巡り合わせが悪かっただけですので」


「…巡り合わせ?」


「まぁ、いいでしょう。確か42項の筈です」


覚えてんの!?

机に置いて怪奇来譚を開くと本当に42項だった。すげぇというかこえぇ。


「元より、かまいたち、というのは気づいかない内に切り傷を負ってしまう、という現象。妖怪としてはつむじ風に乗って人を傷つける、鼬」


部長が何故か近づいてきて、俺の背後から鎌鼬の項目をなぞる。


「切られた傷からは血は流れず痛みも感じないのに鋭い切り傷がつく、といった事から近代ではあかぎれや凍傷といった怪我を妖怪の仕業と解釈した。という説が強くあります。勿論他にも真空説、プラズマ説など自然現象説から荒唐無稽なものまで多種多様です」


血とか普通に出てたし。痛かったし。


「容貌についても様々ですね。前足が鎌なもの、尻尾が鎌のもの。風に乗る鼬、といったそもそも鎌自体を備えていないものもあります」


俺が出会ったのは尻尾が鎌のタイプだな。

…てか、部長が近い。なんか良い匂いがする。なんか悔しい。


「元より鼬は悪戯好きとされ、妖怪の実態としては無用に人を傷つける悪妖としての側面が強く、本当に人をおちょくるのが好きな畜生です。外道です。妖怪なら妖怪らしく物なんかで遊んでるなって感じです…」


やっぱ、部長も女性であって、こう、野郎とは違うんだよなぁ。本当にディープなオカルト好きじゃなきゃ彼氏の一人や二人はできてるだろうに。一番の問題はそれを気にすることがない本人だろうけど。


「……こほん、失礼しました。話が逸れました。兎に角、妖怪としてはポピュラーなものであり、習性としても悪癖が多い妖怪です」


「あ、ありがとうございます」


なんかさっきから変だわ。後半とか上の空になってしまった。煩悩退散。煩悩退散。


「それにしても、何故急に鎌鼬なんて妖怪を?もっと魅力的な妖怪は沢山いますよ」


「あっ。いや、別にこれといったことじゃ…あぁ、なんか朝ニュースとかで近くの公園で遊具が切られてたーって話聞いて、なんとなーく頭に鎌鼬が出てきただけで…」


「……ふむ、鋭いですね。流石は仏間後輩さん」


まぁ…実際に見ただけなんですけどね。


「いやー、流石にあんな超常現象を人の仕業と言うには難しいかなーなんて。ジャングルジムを切り裂くとか悪戯にしては大掛かりすぎますからねぇ」


「…………成る程。それもそうですね」


部長へ煩悩を感じたことを誤魔化すように回る口。

未だに背後にいるために顔こそ見えないが、なんだか気恥ずかしい。


「俺も現代怪奇研究部らしくなってきたんですかねー!」


乾いた笑いと共に心にもないことが口から出る。


「……そうですね。興味をもって第一歩、あとは奈落へ飛び込むだけです」


「奈落っ!?」


「一度落ちたら戻れない。オカルト道とはそんなものです」


含蓄ありそうな言葉だ…。


部長はそう言って俺の背後霊を止めて、元の席へと戻る。


そこで扉からノックが響き、ガチャリと開く。


「失礼します…。名無部長、いらしていたのですね」


ここで援軍の到着だ。


「おや、円城さん。お久しぶりですね。オカルト道を邁進していますか?」


「はい、未だに深淵には程遠いですが、自分なりに真理を目指しております」


「深淵を覗き混むには覚悟がいります、真理を目指すには多くの障害がありましょう。応援していますよ」


「はい、心して。オカルトへと堕ちましょう」


勿論俺への援軍ではない。部長のだ。


久々に活動してる部員が揃った。

二人の会話を聞いていると中二臭がすごい。


先輩は先輩で英之助のオカルトへの姿勢を気に入ってるし、英之助は英之助で滅多にいない先達である先輩を敬服してる。

ジャンルは違えど、なにかと活動を共にして趣味も合う二人。

前に二人各々にそれとなく恋愛感情とかないのかと聞いたら、不思議そうな顔をして両者キッパリ否定された。

まぁ肯定されたらされたで、部活に足が遠くなっただろうから良かったのかもしれないが。



まぁ何はともあれ、世は事も…


「呪術も捨てたものではないですよ、最近良い呪い書を入手しました」


「いやいや、妖怪探訪こそ深遠にして深淵…ほら、仏間後輩さんも妖怪に興味津々で今しがた私と熱い討論をしていたのですよ?」


「なにっ!?拓也!今度は僕と西洋呪いの実践講座をするという約束はどうなった!」



事もないのだ。ないったらない。絶対無いんだっつってんだろ!!



刺激も危機もない。そんな風に世は事もなく回るのがなによりも幸せなのだと、心の底から思った。

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