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如何物喰い  作者: 蓮の華
遭遇、変異。そして、切り裂くもの
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遭遇、変異。そして、切り裂くもの 拾

頬から流れる血。

ぐいっと袖で頬の血を拭い、口腔内の血を噛んでいたガムと一緒に吐き出す。


歯肉まで達した傷はズキズキと痛んだが、すぐに感じなくなる。

再生力は健在で、口内の血を吐き出す頃には、頬の肉は繋がっていた。


途端にグルルルと鳴る腹の音。

傷の再生で更に増した空腹感は、早く目の前のご馳走を喰らえと激しく絶叫を上げている。

見れば見るほど、魅惑的。空腹を拗らせていたところに、極上の食事が目の前に用意されたのだ。



とてもじゃないが、我慢できない。



背負っていたショルダーバッグを投げ捨てて、グッと爪先に力を込める。



嬉しげに鎌についた血を舐めとる鎌鼬はハッと気づいたように俺へと視線を合わせる。


地を蹴り、化け物染みた加速。

10メートルが直ぐ様0へ。


鎌鼬と目が合う。


上段から大降りに鎌鼬へ向かって拳を振り下ろす。型もクソもない、ただ腕をブン回して叩きつけただけ。



鈍い音、巻き上がる砂埃。



手首まで地面に埋まる。その威力は人に向ければ一撃で頭部を木っ端微塵にするだろう。


しかし拳には鎌鼬を捉えた感触はなく、固い地面の感触のみ。

同時に吹き抜ける風。砂埃を切り裂いて飛来する旋風。風が吹き抜けたと思ったら、体の至るところが浅く切りつけられて出血する。



目では捉えられない、まさに疾風。

風が吹くのを感じた時には既に体が傷ついている。

如何に動体視力や力が化け物染みていても、風は捕まえられない。



続けざまに背後から風が吹き抜けていく。

振り向き両腕で急所だけをカバーする。


瞬く間に服はボロ切れになり、傷こそ治るが流れ出た血は服をまたしても赤く染める。



そんなこと、構うものかと闇雲に手を伸ばす。

地面を蹴り、風を掴もうと手を伸ばす。

何度空を切ろうとも手を伸ばす。


無意味にも思える行為は幾度となく繰り返される。


舞い上がる砂埃、舞い散る血飛沫。


目の前の御馳走は、随分生きがいいらしい。




傷が治るのと、力を振るうのと同時に、増強していく空腹感。




追い詰められていく



傷が増える度に



風を捕まえようと追う度に



理性が本能(しょくよく)に犯されていく。






ピタリと砂場の上で動きを止める。



キューキュー



動かなくなった俺を、憎らしく小首を傾げ不思議そうに眺めてくる鎌鼬。

くりくりとした目は敵意などない。


きっと敵意がないのはお互い様だ。


俺にとってはとびきりのご馳走。

奴にとっては…なんだろう?遊び相手?或いは玩具?


事実、いつでも鎌鼬は俺の首を跳ねるのは容易いことだったはずだ。

それがまるで遊ぶようにして、無為に体を切り裂き、跳ね回る。こうして俺が止まれば何してるの、と言わんばかりに此方を観察してる。


あの化け物の時と同じだ。


どうしてこう、妖怪みたいなのは、人を玩ぶのが好きなのか。


こっちは腹が減って仕方がないと言うのに。





空腹感がピークに達する。




腹の音が、もはや虫とは言い難い、獣染みた咆哮を上げ始めた。

腹の獣が、大いに威嚇を始めた。




ザッと腰を落として砂場の砂を左手に握り込む。

そして、再び、鎌鼬へとバカの一つ覚えとばかりに真っ直ぐ突撃する。



空腹感もピークに達すると、思考がイヤに冷静になる。獲物を狩るにはどうしたらよいか、可能な限り早く食事をしようと打開策を考え出す。




キューキュー




鎌鼬の姿が消えるか消えないかのところで、握り込んだ砂を前面に撒く。


さっき大暴れした時もそうだったが、舞い上がった砂埃に風の軌跡が浮き彫りにされる。


軌跡は見えても、本体はさっぱりも見えないこの状態で果たして当たるのかは知らないが、とりあえずそれなりの力を込めて。




軌跡目掛けて拳を振り抜く。




俺の拳を認識したのかギュンッと風の軌跡が左にズレる。



分かっていた。

さっきも何度か同じように避けられたのだから。その為に態勢を整えて向かい合ったのだから。


拳を振り抜き体の勢いを殺さぬまま、回転。見様見真似の回し蹴り。




不格好ながら、腕の三倍の力があるとされる蹴り。化け物染みた怪力で放たれた蹴りは確かに風を捉え、その内側の何かに突き刺さった。




靴の裏にメキリとなにかのどこかを破壊した手応え?足応え?を感じた。


蹴られた勢いで、その何かはブルーシートが被されていたブランコにぶち当たる。ブランコは傾き、ブルーシートが剥がれ舞う。



その何かは勿論、鎌鼬。



鎌鼬は血反吐を吐き散らし、ゴロゴロとのたうち回る。


俺の蹴りはどうやら腹に当たったらしい、鎌鼬の脇腹はベッコリとへこんでおり、クッキリと足形を刻んでいた。


転げ回る鎌鼬へ一気に距離を詰める。


ギンッと漸く目に敵意を浮かべた鎌鼬。


だがもう遅い。


相手が風になるのなら、行き場を無くせば簡単だ。


剥がれ靡いたブルーシートを掴み、投網のように鎌鼬に投げる。




斬ッ




鎌鼬を覆う様にして広がったブルーシートが一瞬で真っ二つにされ風に舞う。


そう、一瞬で良かった。




本当に風になれるのなら、攻撃を避ける必要はない。

風になるのではなく、風を纏う、のが奴の正体なのだろう。風を纏って消える理屈は分からないが、あんな攻撃を受けたのが何よりの証拠だ。


ブルーシートを投げるのと同時に駆け出していた俺。

鎌鼬の正面から僅かにズレて、ブルーシートが切り裂かれるのを見送る。




俺の目と鼻の先には、憎くも愛らしい奴の鼻っ面。




今度こそはと、大振りの拳を鼻っ面目掛けて、ブルーシート越しに振り抜く。





頭蓋を砕く、確かな手応え。




高速で吹き飛び、一回二回と地面にバウンドし、ジャングルジムにぶつかりピクリとも動かなくなった鎌鼬。




だから、獲物を前にして遊んでるからそうなるんだよ。




ようやく、ようやく、食べられる。


ふらふらと空きっ腹を抱えて鎌鼬へ歩み寄る。

グッタリとして動かない鎌鼬。

豪華な皿の上に鎮座する豪勢な食事。

ヨダレが泉のように溢れ出る。


ようやく、手を伸ばせば届く距離。



じゅるり…



思わずやってしまった、獲物を前にしての舌舐めずり。

あれほど戒めた行為。

成る程、これは確かに、やらずにはいられなかった。

俺も化け物のことを言えない。




斬ッ




擬態、欺瞞、死んだふり。


あの尻尾の鎌が振り上げられたのを感じた瞬間回避したが、僅かに間に合わなかった。


左上腕から下が重力に従ってボトリと落ちた。


奇しくもまた左腕だ。

またしてもピューピューと吹き出る血。


人生で二度も左腕を失ったのは、おそらく俺が史上初めてではなかろうか。というか、物理的に不可能だろう。



切り落とされた腕は切り傷とは違い、直ぐ様治る訳ではなさそうだ。

出血こそ徐々に止まり始めているが、にょきにょきとは生えてはこない。



鎌鼬は血反吐を吐きながら、追撃を仕掛けてくる。


遮二無二振り回される鎌。

風を纏わないのか、纏えないのか。

俺の息の根を止めようと凶刃が迫る。



斬斬斬



今までの切り傷が、正にお遊びだったと分かるくらい深く、深く、俺を傷付けていく。

巻き添えをくらったジャングルジムが見るも無惨な金属片へと変わる。



なんとか体を捻り、致命傷を避けていく。




間違っていた


思い違っていた


相手を倒そうとか


そんなことを思っていた


これは戦いなんかじゃなく


ましてやこんな血みどろの


殺し合いじゃないんだった。




そう




「いた…だきます」




食事だった。


振り下ろされる鎌を右掌で受ける。


スルリと右の掌を半ばまで切り裂き、あわや右掌を真っ二つにしそうな鎌を全力で握り締める。



捕まえた。



後は別に難しくはない。

左手がなくても、右手が不自由でも。


食事は常に、口でするものだから。





ゾブリッ




ギィーーーッーーー!!??



尻尾の根元に喰らい付き、喰い千切る。

切断された尻尾。握り締めた右手には鋭利な鎌が残される。

ポリポリと、鋼のような光沢がある鎌を端からチップスを齧るように咀嚼していく。

あれほど鋭利な物を咀嚼していても、不思議と口腔内が傷付くことはなく、その鉄の旨味に舌鼓を打つ。


鎌を食べ終えると、半ばまで切り裂かれていた右の掌は、切断されてはいないからか簡単に再生していく。


鎌鼬…もはや鎌はないからただの鼬か…が、地面に伏し、ビクビクと泡を吹いて痙攣している。




無論、鎌と同様に、残さず全て頂いた。

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