表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
如何物喰い  作者: 蓮の華
遭遇、変異。そして、切り裂くもの
11/51

遭遇、変異。そして、切り裂くもの 捌

火曜日の朝。

昨日は結局風呂も入らず寝てしまったので、朝起きてまずはシャワーを浴びる。

あまりの寒さに身をよじりながらシャワーを済ませると、昨日買ってきたホットドッグを黙々と食べる。

パンもダメだった。ついでにウインナーもダメなようだ。





ガムを噛みながら講義を受ける。

つまらない講義に、内職がてらルーズリーフに新たに分かった事を書き込む。


パンにバツ。


あの時、唐突に感じた食欲に忘れていたが、もう一つ不可解なことがあった。


突然強くなった力。異常に良くなった動体視力。


対恐怖心は化け物に鍛えられたとしても、あの感覚は今までになかった。

これも要検証だなとルーズリーフに書き込む。







今日の午後の講義は教授の都合で休講らしく、丸々午後が空いてしまった。今日はバイトの予定もあるため、時間をもて余す。


少し大学内を歩き回り、人間観察と洒落込む。

人間観察というか、昨日の検証だ。


道行く女性を視界に捉えつつ歩いているが、やはり昨日のような感覚はない。

キツめの美人も短髪でボーイッシュな女性も、平々凡々な顔の女性にも特に感じることはなかった。無論、男にも。


というか、これって端から見たら完全に変質者じゃないか?

一通り歩き回った後にようやく気づいて、そそくさと部室へと向かう。


本日も部室には俺一人。


早速ルーズリーフを取り出し、キツめの美人の横にクエスチョンマークを付けておく。


資料漁りでもいいが、とりあえず今はあの力の検証をする。


普段生活していても強くなったとかそんな感じは全く感じてない。生活上何かを無意識に壊したこともない。


部室の本棚の前に立つ。

本棚に目一杯に入った本。その重量は何キロかは分からないが、人一人で持ち上げることはまず不可能であろう。


本棚を抱え込み、グッと力を入れると、本棚の上部からバキンっと異音。


椅子に乗って見てみると、本棚が倒れないように壁に固定された金具がへし折れていた。










「……なにをしてるんだ?」


「いや……本棚の固定具が壊れてたみたいでさ…」


急いでホムセンに行き自腹を切って買ってきた家具用の固定具とドライバーで証拠隠滅を図っていた俺に、講義を終えたであろう英之助が声をかけてくる。


「ふむ、手伝おう」


不安定だったパイプ椅子を支えてくれる英之助。


「しかし、よく気がついたな、普通にしてたら見えんぞ」


「…そりゃ、俺の視野は広いからな」


「流石だ」


何が流石かは分からないが、誤魔化せたみたいだ。


なんとか固定具を設置し、安堵する。


「他の本棚も見ておこう、倒れてきたら大変だしな」


「……おう」


無論、他の本棚は問題なかった。









一通り英之助と駄弁った後、バイトだと言って一人で大学を出る。


ちゃりちゃりとポケットには俺が壊した本棚の金具。半ばから折れるようにひしゃげている。

結論だけ言うと、本棚は持ち上がった。あの百キロは下らないであろう本棚を、固定具をへし折りつつ持ち上げられたのだ。


ポケットから金具を取り出し、力を込めるとぐにゃりぐにゃりとゴムのように曲げられる。勿論そんなに柔らかい訳ではない。小さく丸めて再びポケットに入れる


この異常な腕力。再生力と同様に、あの玉の影響だろうか。



帰り道、周辺の住民の憩いの場であろう小さな公園に寄る。薄暗くなり、寒々しい公園には誰もいない。

大体の遊具にはブルーシートがかけられており、工事中の文字。

改装でもしてるのかなと疑問に思うが、人がいない今こそチャンス。


公園の端にあるジャングルジムの前に立ち、グッと心持ち加減しながら力を入れてジャンプする。

思った以上に飛び上がり、二メートル弱はあるジャングルジムの頂上にスッと飛び乗る形になった。


完全に人間を止めた身体能力。

マジかよと寒々しい空を見上げる。


超常的な力を手に入れたぞ、と喜ぶには経緯が悪すぎる。下手すれば人食いの化け物なのだから。


しかし、どこか近くの家の夕食の匂いだろうか、旨そうな匂いが公園には漂っていた。その匂いは空腹感を掻き立てる。


バイトもあるし、いつまでもこうしていい歳こいてジャングルジムで遊んでいる訳にもいかず、公園を去る。










今日のバイトは忙しくなることもなく穏やかに過ぎていった。


結局マスターには食器のことは言い出せなかった。

へたれてると笑えばいい。言い出せなかったら言い出せなかった分マズくなるのは分かっているが、どうにもこうにも申し訳無さすぎて。

罪悪感を感じながらバイトは終了。




その帰り道、人気が少なくなった歩道橋を渡り、住宅地へ。後家まで半ばといったところだ。


バイト中は噛まずに頬に寄せてたガムを吐き出す。




途端に騒がしくなる腹の虫。

そして、空腹感。

どう誤魔化しても、感じる。

空腹感が、増している。



より高らかに鳴る腹の音。唸り声のように存在を主張する。

空腹感は涼しい顔で我慢出来る範囲を越えつつある。



空腹感が進む切っ掛けは想像がついている。



おもむろに駆け出し、民家の屋根に飛び上がる。


その姿はまるでアニメのヒーロー。

思い通りに動く体。高速で動いている中でも追い付く視界。眼下を通る自動車の運転手が眠そうに目を擦るのすら見える。次々と民家の屋根を足場に音もなく飛び移る。

最後は空中で体を捻り、人気の少ない道に着地する。


そして感じる、空腹感。

微妙にだが先程よりも強くなっている。



あの指に傷を付けた時、再生したときに感じた違和感。

そして、この、超常的な身体能力を発揮した時に増した空腹感。


恐らくは、化け物染みた事をすればするほど、この空腹感は増していくのだ。




いつもよりかなり早くに家に着いた。

そりゃあんだけショートカットすればな。


検証のためとはいえ、消費してしまった。空腹感は増し、誤魔化すのは困難になりつつある。


この身が化け物になれば、こんな空腹感もなくなるのだろうかと、終末的な発想も出てくる。


仕方なしにありったけの素麺とパスタを茹でて誤魔化しに走る。






いくら食べても、いくら食べても、空腹感を癒すことは出来なかった。












翌朝。水曜日。

結局はあまり眠れず、胃を押さえるようにして寝床をごろついている時間のほうが長かった。

鏡を覗くとうっすらと隈が出来ている。


癖になりつつあるガムを噛み、うるさい腹の虫を抑える。


たぶん消費さえしなければこのまま小康状態が続くのだろうが、いかんせん睡眠にも影響しつつある状態では限界がある。


ノロノロと冷蔵庫の食べ物を手当たり次第に口に放り込み、こんな状況でも大学に向かう俺はなんて勤勉なんだろうと感心する。

まぁ実態的には空腹なのと寝不足程度なのだから。









「拓也、大丈夫か?顔色が良くないぞ?」


朝、偶然校門前で一緒になった英之助は開口一番、そんなことを言ってくる。


「……あぁ、ちょっと遅くまでゲームやってたら寝不足でな」


「そうなのか?……いや、今日は休んだ方がいいだろう、寝不足だけの顔ではない」


流石に十年来になる友人である英之助の目は誤魔化せないようで、俺の不調はあっさりと見破られた。


「…ん。まぁでも、ここまで来ちまったし講義は出てくわ。期末考査のためにも一応少しでも内申点は欲しいからな」


「……そうか、無理だけはするなよ」


英之助はそれだけ言って固い表情を崩した。

英之助はいつも通りオカルトの話をしだし、それに俺は力なく頷きながら構内を歩き出す。


しつこく聞くでもなく、大袈裟にするでもないその態度が変に有り難かった。









講義は頭に入らず、ただただ上の空。

空腹感は集中を乱し回り、勉学に励むことなんて出来なかった。


空腹感に睡眠不足といった満たされない感覚はストレスをも溜めていく。いつもは気にも止めない甲高い笑い声や他愛ない雑談やなんかが頭に響く。


新しいガムを口に放り込み、なんとか自制心を保つ。


「仏間ちゃーん!」


こんな時に、いや、こんな時だからか、能天気な声が頭を直撃する。


「仏間ちゃん、頼みがあるんだけど…いい?」


どうせまた代返の依頼かなんかか、とイラつく衝動を堪える。


「午後イチの講義の代返お願いしたいんだけどー、いい?」


顔の前で手を合わせる左藤に


「…はいよ」


変につっかかっても話が拗れそうだ、手をヒラヒラさせながら短く答える。


「ありがと~助かる!……ん?仏間ちゃん?もしかして機嫌悪い?」


こんなところでも遺憾なく発揮されるエアーリーディングスキル。

いいからさっさと行けと追い払うように合図するが


「ごめんね。いつも頼んじゃって…」


急にしおらしくなる態度に流石に悪いことしたかなと口を開く。


「今度なんか奢ってくれよな」


一言付けておく。


「おっけー!まかせといて!」


やたらハイに返事をする左藤に苦笑いが出る。


同時にまずいな、とも思う。


今回こそ堪えたが、自分がこんなにキレやすくなるとは思わなかった。

空腹感はこうも人の心を狭くするのだと身をもって実感する。




本格的になんとかしないと不味い。





講義の後、なるべく人に会わないように帰路を急ぐ。


早足に歩いているとスマホが鳴る。



『兄君、生きているかい?』


定期的にやってくる妹君からの、生存確認メール。


『お兄ちゃんは腹が減って死にそうだよ…』


冗談めかした返信。リアルではかなり切迫した状況だが、流石に妹に心配をかけるのは気が進まない。


『それはいけない、両親に物資を頼んでおくよ』


『いつもすまないねぇ…』


『それは言わない約束だよ』


以前の補給物資はすでになくなっているから丁度いい。

とはいえ、届くのは数日かかるし、届いたところで俺の腹を満たすものはないだろうけど。


『ところで兄君、なにか困ったことはないかい?なんとなく困ってるオーラを感じるよ』


な、なぜ分かる。いつもと差して変わらないメッセージだぞ。


『食べ物がないくらいだな、あとは期末考査』


『ふふふ、そうか。それなら、占ってあげるから少し待っているといい』


妹君の趣味の一つにタロットカードがある。

それが怖いくらいに当たるのだ。高校の時に考えに考え抜いたエロDVDの隠し場所を当てられたときには戦慄を覚えた。


腹を擦りながら歩いてしばらく、メッセージが入る。


『明日、二十三時に運命があるようだ。外出が吉』


運命!?なんの運命!?


『そんな夜更けに外出とは…お兄ちゃん次の日も講義あるんだけど…』


『まぁ所詮は占い、当たるも八卦当たらぬも八卦。後は兄君がどう受けとるかさ』


そんなこと言われても妹君に言われたら行かざるを得ない。なにせ今は藁をも掴む状況だ。しかも妹君に占ってもらったのだから余計に信頼度は上がる。


『よし、分かった。運命とやらを掴んで来るよ』


『気をつけて、きっと一筋縄ではいかない運命だから』


なんでそう不安にさせるかな…。

まぁなんにせよ、行ってみるか。


明日、明日ね…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ