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如何物喰い  作者: 蓮の華
遭遇、変異。そして、切り裂くもの
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遭遇、変異。そして、切り裂くもの 漆

午後の講義が平和的に終わり、一路部活へ。


大体は先輩が先に来て開いているはずの現代怪奇研究部の扉が、今日は施錠されていた。

部長はこれないって言ってたし、どうやら英之助も来ていないらしい。


スペアキーで鍵を開け、部室内へ。

部室は暖房もつけられていないために寒い。

暖房をつけてポットのお湯を汲む。

大型のエアコンはすぐに温風を吐き出し、室内は適温になる。



今日の目的は例の化け物の資料探しだ。この多量の蔵書の中でも簡単に見つかるとは思ってないし、そもそも載っている可能性自体をあまり期待してない。


あんな超常現象的な生き物が存在しているなら、もっと人の世界は秩序なく回っているだろう。

それこそオカルトは神秘的ではなくなり、超常性を無くし、リアルな学問になっているだろう。


こんな蜘蛛の糸を手繰り寄せるような作業だが、しないよりはマシだ。

俺にとってはもう起こってしまった現実で、少しでも今の状況にヒントが欲しいのだから。この今の体の検証もそうだが、俺の主観以外のヒントが絶対に必要だ。


とりあえず、思い当たる資料を斜め読みにしていく。


思えば、こうしてキチンと部活動に取り組むなんて初めての事かもしれない。

蔵書に触ったのなど、入部以来数える程度だ。

まさしく研究って感じの風土の論文から、小学生が読むような子供向けの妖怪大全まで片っ端から集めたような様相。

一画には皮のような背表紙でオール英語の奇妙な本もあるが、これは間違いなく英之助の寄贈した本だろう。何処に行けばこんな本が売ってるんだ…。


しばらく見て回ると一冊の本が目に留まる。


『怪奇来譚』


表紙にはそう書かれている。本と言うよりは束ねられた紙片。

中身はイラスト集だった。

先ほどの子供向きの妖怪大全より、かなり独特に描かれた妖怪。イラストの横には妖怪の生体が大雑把に記載されている。


俺でも知っているぬりかべやら雪女やら、メジャーな妖怪も描かれているが、聞いたこともないような妖怪も多々いる。


とりあえずこれを読もうと、パイプ椅子に座り読む。







こうしてじっくり見てみると、ゲームの攻略本や設定集を読んでいるようなそんな感覚。

イラストはかなり独特だが。


読み進めていくと、鬼、の項目。


姿形は俺が出会った化け物とは似ても似つかぬ剛健な体格。身長は二メートル以上もあり、力比べが大好きで、勝負して負けた人間は頭からバリバリと食べてしまう、と。他にも細々とした来歴や分類と設定厨でもいるのかと思うくらいに詳細に書かれている。


人を食べる以外は全然違う。


というか、人を食べる妖怪多すぎ。



斜め読みながら最後まで読破したが、結局ヒントになりそうな事は書かれてなかった。


読み終えた丁度その時に、扉がガチャリと開かれる。


「拓也、来てたのか」


なんだかいつもよりテンションが高い英之助、その手には一冊の本。


「……なんか良い魔導書でもあったのか?」


「そうなのだ!よく分かったな!此が彼の有名なガルドラボーグの写しの写しの写しの写し!!!」


「知らんがな…」


もっと俺も知ってるやつにしてくれ、ソロモンとかレメゲトンとか…。

しかも写しの写しの写しの写しってそれもはや偽物以下じゃね…。


「グリモワールにも種類はあるが、日本語訳が付いているのは滅多にない!これは良いものだ!!」


日本語訳が付いている時点で胡散臭さMAXなのだが…。てか、英之助は普通に英語でも読めるだろ…。


「それでこの書には……ん?拓也がここの蔵書を読んでるとは珍しいな」


「ああ、たまには活動してみるのも悪くないってな」


俺の手元を見て意外そうな顔をする英之助。


「怪奇来譚か。それは大部前に読んだが、普通の物より地域特有の妖怪がよく纏められていた。しかもこの辺りに関連する事柄が多かったな」


「お前も読んだのか?これ」


「あぁ、大体蔵書の半分は読んだ」


二年弱でこんな沢山ある蔵書の半分読んだとか…。


「その本は部長もよく読んでいたからな。出版物ではないようだが、それを纏めた人は中々のオカルト通だ。……絵は独特だが、特徴は捉えている」


やっぱり独特だよな…。


「それで拓也はなにを調べていたんだ?」


「あぁ…まぁ、妖怪とかかな?」


「随分ざっくりとしているな…、具体的にはないのか?」


「うーん、こう、人を食べる妖怪とかが、なにを食べてるのかとか」


「うん?それは人食い妖怪は人を食べるのだろう?」


「いやまぁそうなんだけど…」


「……頓知かなにかか?」


そりゃそうだ、これで分かれば以心伝心だろ。

切り口を変えてみる。


「こう、妖怪を食べた人間がどうなるかとか載ってる物はないか?」


「人間が?妖怪を?……ふむ、妖怪に襲われた人間が変異する話は往々にしてあるが、逆はあまり聞いたことがない」


顎に手を当て考え込む英之助。


「ドラキュラに吸血された者はグールになるなどはよく聞くが」


「ゾンビとかもそうか?」


「ゾンビが人を襲って増える、というのも後の映画の創作だがな。ゾンビ自体はヴードゥー信仰から来ているらしい。最近ではウイルス感染や寄生虫など、神秘よりはリアリティ寄りだな」


ああ、ラジコン操作は当時の俺には鬼門だったわ。


「元々妖怪自体が人を襲うもの、人を脅かすものとして書かれる事が多い。その妖怪の特色故に人に逆襲されることも多いが、人は妖怪を退治するものだ。食べる、というのは聞き覚えはあまりないな」


「そう…か」


「まぁ、神を食べて呪われたなどという創作もあるくらいだ、どこかにはあるのかも知れない。その手のモノならば先輩のほうが遥かに詳しいから今度会ったら聞いてみると良い」


そう締め括った英之助は、いつの間にか沸騰していたポットからコーヒーを淹れる。


「拓也も飲むか?」


「……さんくす」


結局、その後も活動を続けたが成果は出ないままに時間は過ぎていった。










英之助と六時過ぎまで喋りながら本をあさり、外はもう真っ暗だ。

家が逆方向のため、英之助とは正門で別れて帰路に着く。


街は街灯で明るく、道を逸れなければ暗闇とは縁遠い。








いつも通りに家に着き、鍵を開ける。

荷物を置き、エアコンをつける。ほぼルーチンになっている。


考査まで少しあるし、毎日勉強するような勤勉さはない俺だったが、今日はルーズリーフを引っ張り出して机に向かう。


今の状態や問題点を書き出すことで状況が整理できると講師の誰かが言ってたので、試しにしてみる。



化け物に襲われた、化け物の黒い玉を食べた。なんかすごい再生力がつく。



なんとも文章にすると小学生の作文レベルだ。いやそれより酷い。

まぁ、とりあえず黒い玉の横に原因か?っと書き足す。



問題点は証拠隠滅、マスターへの謝罪、空腹感。

証拠に関しては、ゴミは問題なく回収されたのを集積所を見て確かめてある。あとは木曜日を待つだけ。証拠隠滅の横に木曜日。と書いておく。


銀食器に関しては、時間があればクロスで拭いており、かなりピカピカになった。血の油も手強かったがなんとか曇りはなくなっている。この曲がり具合は如何ともし難いが、とりあえずはこのまま。

マスターへの謝罪の横には保留と書く。


最後に空腹感。

普通の食事は腹は満ちないが、食べていると空腹感は誤魔化せる。

腹の虫は口に食べ物を含めば収まる。

ほぼ無限に食べられる。


分かってるのはこんなところか。



では空腹感を満たすには?


…………それが最大の問題。


昨日過った選択肢。それは言わずもがな、人間だ。


カニバリズムとか考えただけでも吐き気がする。現代日本で道徳心を育んだ自分の心では受け入れられそうもない。化け物の食事。


空腹感は増すことなくここまで来ているが、いつ増すかも分からない。極限まで腹が減ったとき、俺に理性は残っているのだろうか。俺もあの化け物と同じになってしまうのだろうか。


そんな考えばかりで気が滅入る。


空腹感を満たすには?の横に選択肢を書き連ねる。

肉、魚、米、麺。食べ放題では一般的に食べられているものは大体食べた。思い出せる全ての食材の横にバツを付けておく。


書きたくはないが最後に人間?と書き足す。


他の選択肢は…なにかないか?



思い付かない。




「あーもう!!」



ペンを放り投げ寝床に倒れ込む。





ボーッと天井を眺めていると半分寝ていたようだ。

目が覚めると嫌がおうにも鳴る腹の音が耳に響く。


「なんか食うか…」


誰に言うでもなく、冷蔵庫を漁る。

……そういや、パンは試してなかったな。


財布とスマホだけを持ちコンビニに行くことにする。







時刻は二十一時前、街はまだ眠るのには早いが、寒いのもあり人通りは大分少ない。

コンビニに向かうと、コンビニの喫煙所近くで若い女性一人と男性三人が揉めている。


「いいじゃん、俺らと遊ぼうよー」


どうにもナンパらしい。今時こんなステレオタイプのナンパがまだあるのかと完全に傍観者。

颯爽と助けに入れるくらいならこんな地味ーズはやってない。

それに相手は大の大人が三人。髪は茶や金髪で、柄は良くない。それも週の初めの月曜から酔っているようだ。


さっさと無視をして店内へ。

サクサクと買い物を終えて、外に出てもまだやっていた。


「ほんとに、ほんとになにもしないから~。楽しく飲むだけでしょ?奢るからさ~」


男の猫なで声に鳥肌が立つ。


「…………すみません、マジで無理です」


うつむく若い女性は視線を男たちと合わせることなくハッキリと拒絶する。


「はぁ?んだよ、マジで聞き分けねぇな!!」


後ろに控えてタバコを吸っていた男がキレたようで、女性の手を引く。


あぁ、これはヤバイなと流石に店員に声をかける位はしないとと思い立つが、じっと見てたのが不味かったらしい。


「…あぁ?なに見てんの?」


もう一人が俺に因縁をつける。


逃げ出そうかと思ったが、喧嘩とは無縁の生活を送って来た自分は逃げるタイミングを逃す。


「なに見てんのって聞いてるんだよ!!」


胸ぐらを捕まれ、至近距離で凄まれる。買い物袋も落としてしまった。


「…あ、いや、な、なんでもないです」


へたれもへたれ、ヤニと酒臭い男から顔を背ける。


「聞いてるんだから答えろっつーんだよ!」


なんでもないって答えただろと心の中で悪態を付く。


胸ぐらを掴む男の後ろではゲラゲラと二人の男が笑う。女性は困惑気味にこちらを見ていた。


へたれてる俺に男は


「見せ物じゃねぇんだよ!」


流石にグーでパンチこそ飛んでこなかったが。押し倒すように俺を突き飛ばす。


グッと反射的に身構える。


「……あ?」


無様にも俺は尻餅を付くんだろうなと思っていたが、男の力は軽く俺を撫でるようにしか感じず、逆に男の体が後ろへとふらつく。


「あららー?どうしたの?酔っぱらい過ぎた?」


後ろの男から茶々が入り、胸ぐらを掴んでいた男の目がキッと俺を睨む。


「調子こいてんなよ!!」


その速度は、あの化け物の速度からすれば欠伸が出るほど遅いパンチ。


パッとその拳を手のひらで受ける。


経験のなさからへたれてはいたけど、最初から怖くはなかった。

何せ化け物と比べれば迫力もステータスも貧弱過ぎる。

胸ぐらを掴まれた時も相手の口臭が気になっただけで、昨日の化け物なら宙に浮いてたなと呑気に考える余裕もあった。


「テメェ!!イキッてるんじゃねぇぞ!!」


遂には足も出てきた。

腹めがけて飛んでくる前蹴り。

格闘技の経験はないが、スッと横にずれるくらいで避けられる。


空を切ったキックに態勢を崩す男の胸ぐらを掴む。


「ぐ、ぐぇ」


潰された蛙のような声をあげて、男の体が宙に浮く。


俺の手の長さ分宙に浮いた男は、いつかの俺のようにもがく。

嘘のように軽い男、俺程度の力で持ち上がるって、何キロなんだ?いやそもそも体格的には俺よりデカイ……大の大人を一人簡単に持ち上げられる力なんて、俺にはないはず……


異常事態に思考が頭を巡るが、段々息が細くなってきた男の姿を見て、ハッと傷害事件とか退学とか頭に浮かぶ。


「す、すいません、つ、つい。大丈夫ですか?」


へたれて謝り、手を離す。


地面に座り込みゴホゴホと咳き込む男。

後ろの男たちも女性も唖然としている。


「…ね?止めましょう?警察来ちゃいますから…」


いやほんとに、マジで警察沙汰とか勘弁してほしい。


男達は酔いが覚めたように互いの顔を見比べ、座り込む男に手を貸して、捨て台詞もないままに去っていった。


「あ、ありがとうございました。本当にしつこくて困ってたんです」


去っていった男達を唖然と見送り、声をかけてきた女性。


コンビニの明かりで照らされた女性はおそらく同年代といったところで、明るめの茶髪。目鼻顔立ちはハッキリとしていて可愛いと言うよりはキツめの美人。ノンフレームの眼鏡を掛けている。








その姿を見て、ドキリと心臓が高鳴る。








一目惚れとか、そんな甘い感じではなく、どちらかというと、肉欲のようなほの暗い欲求を感じた。





そう。まるで。御馳走が目の前にあるような……





「い、いや、大丈夫です。なんでもないです」


変な感覚を振り払い、明らかに繋がっていない会話を返す。

足元の散乱した食料を手早く袋に積めて、足早に歩き出す。


背後でなにか女性が声をかけてきたのが聞こえたが、一度も足を止めることなく家に帰った。









バサッと買い物袋をキッチンに置き、今は食べる気も起きないままベッドに倒れ込む。


さっきの感覚はなんだったのだろう。


明らかに、俺はあの女性に食欲を感じた。

最悪の推測が目の前に転がってきた。




だが解せない。




仮にこの身が人食いの化け物になってたとしたら、なぜあの時だけだったのだろうか。


英之助といても、空腹感を除けばいつも通りだった。

女性に反応するならば大学にはいくらでもいた。

キツめの美人オンリー?なんだその超限定的な人食いは。

一つ分かってるのはあの女性に食欲を感じた事だけだ。


一応ルーズリーフに書いた人間?の横にキツめの美人と書いておく。

女性の趣味的にはボーイッシュな女の子が好きなはずなんだが…。


深まる謎。

謎は謎のまま、解決の糸口は見えない。


結局何もする気も起きず、買ってきたパンを食べずにそのまま寝床に潜り込んだ。




空腹感が、心なしか増している気がした。

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