第27話 理事長室
ぺちん、ぺちん、ぺちん、ぺちん……
静まり返った魔法学園の理事長室に、その重厚で落ち着いた空間にはそぐわない異質な音が響いている。
音の主は部屋の中央にある豪華な応接机の上を陣取る、両手に乗るくらいの黒い羽を持った蜥蜴だ。
その本当は蜥蜴ですらない奇妙な生き物は、まるで人間の様に二本の足で立ち、不満気に腕を組み尻尾で机を叩いている。
本来の部屋の主である輝く白銀の髪を持つ麗しいエルフが、そのたおやかな柳眉を顰め憂鬱そうに眺める前で、蜥蜴が机を叩くぺちんぺちんという音は、かれこれもう1時間近く続いているのだった。
「それで貴方は一体いつまでその姿でいるおつもりですか」
「……」
私がテーブルの上のユーリ曰くのサラマンダーに声をかけると、彼は暫く逡巡するような素振を見せた後、次の瞬間そこには人間の姿になったルツの姿がありました。
ルツは物憂げに黒く長い髪を掻き上げると、さも面倒そうな顔をして応接ソファに腰を下ろし長い脚を組みました。
「全く、確か数時間前に感動的な別れの挨拶をしたばかりだと思いますが、もう我慢できなくなって会いに来たのですか」
「……ユーリが私を呼んだのだ。仕方なかろう」
「あの子は全くの無意識だったようですけどね。それは兎も角、一体どういう事か説明していだけますか?」
「何の事だ」
「分かっているのでしょう、ユーリの事ですよ。何故あの子はあんな初歩的な事すら理解していないのですか。自分の魔力の出し入れなど小さな子供でも出来る簡単な事でしょう。ルツ、貴方は今まで一体何を彼女に教えていたのですか?」
今回の件ではっきりしたのは、ユーリが初級の魔法すら使えない全くの初心者だという事実。
なまじ本人が膨大な魔力を保有する竜だけあって、漠然と理解しただけで魔法が容易に使えてしまうのです。これははっきり言って非常に危険な状態です。
今日の召喚術のデモンストレーションでも、本来は少量の魔力で呼び出しに応じるサラマンダーの召喚に対し、その倍どころか10倍以上もの魔力をユーリは注いでいました。あのまま魔力を注いでいたら、一体何が召喚されて出てきたことやら。
幸いにも屋外のコロッセウムで行われていたデモンストレーションで、しかも私が直ぐに結界を張れた事。そしてユーリがルツの鱗を持っていた事で、ルツが直ぐに異常を察知しユーリの魔力放出を止められた事。幾つもの幸運が重なったからこそ大事故には至らなかったものの、あれが屋内で行われていた授業で、少しでも対応が遅れていたら今頃どうなっていたか……。
「貴方がユーリをエルフの郷に連れてきたのは、今から約1か月前の事です。私がその間ユーリに一般常識や魔法についての知識しか教えていなかったのは、同じ竜である貴方が魔力に関しては全て実地で教えると、確かそうおっしゃったからですよね? いやはや、まさかユーリが自分の魔力の出し入れすら覚束ない状態だとは、思いもしませんでした」
私がジロリと睨むとルツは不自然に顔を背けます。私は深く溜息を吐くと自分の机から立ち、ソファに座るルツの前まで行きました。
「確かにユーリは長い年月一人で過ごしてきた貴方が出会った同胞、しかも黒き竜と対を為す白き竜です。ユーリを番と思い大切にするもの無理はありません。私の知る竜の習性が正しければ、本当なら余人の目に晒すことなく、ずっと自分の巣に閉じ込めて置きたいのではありませんか?」
「それは否定しない」
「ですがユーリがこの学園生活を楽しみにしていたのもご存じですよね。それこそ入学の日を指折り数えていたのを、貴方は間近でご覧になっていたではありませんか」
「……本音を言えば、私は今でもユーリがここにいるのは反対だ」
「そうですね。確かに貴方がきちんと入学の許可を出したのは昨夜の事ですものね。ですがそれこそ何度も話ましたよね。ユーリにかかってる呪いを解くためには、呪いをかけた相手を調べる時間が必要だと」
「む……」
「ですから貴方が解呪の方法を探す間、ユーリは安全なこの魔法学園で預かりますよ、と、そういう話ではなかったのですか」
「それはそうだが……」
私はそこで一息つくと、正面からルツの顔を見据えました。
「それともルツはユーリの正体が露見して、この学園、いえ、人間社会にいられなくなればいいとでも思っているのですか?」




