顔合わせ
ミーツフリーから日取りの確認があって数週間後、建造はようやく初の異世界女性とのマッチングに臨む事になった。
この日の為に特別なお洒落(と言っても彼に服飾のセンスは皆無だが)でもしていくのがいいかと担当の天使にそれとなく相談したが。
お互いの資産状況などを目に見える形で確認するためにその場限りの盛った格好はNGを出されたので。
無難なカッターシャツにグレーの網目模様のネクタイを締め、アイロンをかけたスラックスにピカピカの革靴でフリーミーツの社屋へと向かった。
季節は夏だったので、制汗剤やタオルに脱臭剤の入った小さな鞄持ちである。
ここらへん、彼は友人などにお前ちょっとカマっぽいよなといわれるゆえんであるが、要するに他人から不潔に見られるのが嫌な性質なのだろう。
髪も無臭の整髪料でぴっしりと撫で付けている。
彼は彼なりに緊張していた。
なにせ普段女性と話す機会などない。
母親以外の女性と仕事などの事務的な関係を抜いて話すのなど、実家を出て一人暮らしを始めて以降無いに等しい。
まぁ、それこそ事務の塊のような、お喋りして楽しく飲ませてくれる事が仕事のプロの女性達の元へ会社の同僚に付き合う時などは自分から話題を振ろうと努力などもするのだが。
二十代も後半にして、初デートの中学生のように、今日の自世界の天気についてから入ろうか、などと考える程度に緊張していた。
そんな彼が白亜のミーツフリー支社に到着し、担当天使に連れられ。
厳重に封印された扉の奥にある狭間の間に通されると、既に先方は到着していた。
しかし、笑顔で建造の担当天使と、戦法の担当天使が頭を下げあうのはいい。
確かにアメジストのような透き通った紫の毛色をしている。
身長もぱっと見高くない、恐らく目算で百四十センチの前半くらいの身長だろう。
目もパッチリの可愛い系といえなくもない。
だが、しかし、問題はそこではない。
「どうもどうも、こちら倉敷 建造さんです」
「どうも、こちらイルニャ・ミリャさんです」
「そちらのお嬢さんは見事な艶の毛並みですね」
「そちらの倉敷さんは福々しいお方ですね。とても良い生活を送っていらっしゃるのでしょう」
「お分かりになりますか。こちらの方はミリャさんの世界でいうと月に金貨三十枚を稼ぐ大商会の番頭のような方で」
「まぁ、お聞きになりましたミリャさん。番頭さんですって。如何ですか?印象は」
「うーん、尻尾無いのが倉敷さんの普通なのかにゃ?」
「はい、そうです。毛並みは頭だけ、尻尾なしが倉敷さんの世界の普通です」
そう、引き合わされたイルニャ・ミリャは。
透き通るようなアメジストヘアの、アメリカンショートヘアのような短毛種の猫の獣人だったのだ。
毛並みとお揃いの紫の幻想的な瞳で興味深そうに倉敷を見ている彼女は、猫のような毛並みと耳、そして尻尾を除けば綿布の半袖のシャツと、尻尾だけを合わせ目から出したロングの巻きスカートをはいている。
確かに小さくて可愛い。
髪の色?もほど良い薄めの紫色だ。
でも尻尾と猫耳のふさふさだなんて聞いてない!というのが建造が最初に思ったことだが……。
彼はすぐに我に返った。
冷静に考えてみれば彼が暮らしているマンションの二つ隣の部屋の奥さんは半身蛇女だ。
そんな彼女も気立てが良く料理上手で、旦那さんの為に日本食を勉強して肉じゃがを作ったりしているらしい。
これは建造が彼女と親しいからではなく、町内会の会合でその旦那がいかに自分の女房が良い女か自慢するから知っていることだ。
まぁ、大変な事も色々あるようだが、異形のお嫁さんというのも中々にいいものらしいぞ、と自分に言い聞かせ、まずは話をしてみようと腹を決めた。
「始めまして。倉敷 建造です。イルニャ・ミリャさんの苗字はどちらでしょうか?」
「あ、どうもですにゃ、私はミリャが家名ですにゃ。家は一応百歴候と呼ばれる貴族の端っこの方で、私自身も尻尾の端っ子だったから、フリーミーツでお見合い相手を探してましたにゃ」
「へぇ、失礼ですが百歴候というのは?」
「百家ある歴史を持つ騎士侯の家ですにゃ。貴族の端っこくらいに考えていただくといいですにゃ。貴族の意味はお分かりかにゃ?」
「ええ、こちらにもある制度ですね。後気になるのは、尻尾の端っ子、というのは?」
「兄妹が複数居る場合の末子という意味ですにゃ。それも、ちょっと産みすぎてもてあまし気味な感じの。私の世界は多産が多いにゃ」
「失礼。あまり人がいって良い言葉ではなかったようですね」
「いえ、先に思わず慣用句的に使ってしまったのは私ですからにゃー。お気になさらずに」
どうやら話のとっかかりを掴んだと見た天使達は顔を見合わせ合い、目配せをする。
そして後は若いお二人に、という風に部屋を出て行ってしまった。
しばらくお互い探り探りに会話を重ねていた建造とイルニャはそれに気づくと顔を見合わせた。
そして若干、目を泳がせた建造にイルニャが言った。
「倉敷さん。立ち話のままもなんですし。座ってゆっくりお話しませんかにゃ?」
「あ、うん、そうだね」
「あら、少し言葉遣いが」
「あ、いや、すいません。やっぱ敬語じゃないとまずいですよね」
「そんにゃことないですにゃ。私はお嫁に出る身で、倉敷さんは旦那様になるかもしれない人ですから。言葉を崩してくださってもいいですにゃ」
「そうかな。じゃあ、ちょっと楽にさせてもらおうかな」
にこりと笑った福男の緊張が少し解けたのを感じながら。
イルニャの提案どおり白い病室のような空間が、ムードを盛り上げるかのように星空の中に浮かんでいるような背景に変わった中で、一際目立つ瑪瑙色のテーブルと赤いクッションの置かれた四足椅子に腰掛ける二人。
テーブルを挟んで向かいあったイルニャは微妙に青黒く染まった空間の中からうっすらと浮かび上がり、瞳がきらりと輝く。
そんな彼女を見ながら建造はペット募集なら間違いなく引き取ってるんだけどな、と思いながら話を続ける。
「さて、趣味なんかを聞くのが筋なんだろうけど、ミリャさんは家事はできるのかな?俺の最大の関心事だから是非教えて欲しい」
「掃除は少々、自分の部屋の手入れはそれにゃりにしていましたから。料理は趣味として自分の世界の物はそれなりに出来ますにゃ。でも、こちらの食材の味を把握するまでは自信をもって、とはいいかねますにゃー」
「ふむふむ、正直に言ってくれて嬉しいよ。家計の管理はできる?」
「簡単な計算くらいならできますにゃ。でもこの世界の財務管理って難しいんですよにぇ?少し勉強する時間が欲しいですにゃ」
「財務、管理?」
「これでも貴族としての教育は少し受けていますにゃ。その中にはもし夫が早くに亡くなって残された財産を管理する手腕も含まれていましたにゃー」
「そ、そうなんですか。随分と本格的ですね」
「にゃー、税関連の書類は国ごとに違うので自国の物しか管理できない私は未熟者ですにゃ」
少し建造の心が動いた。
まだ男女の色恋という意味でのものではないが、もしイルニャが今言ったような能力を持っているならとすればだが。
その知性を持って現代日本の税の控除などの仕組みを理解し、良き管財人という面を持つ妻となるのではないだろうか。
少し自分本位だが、そんな感想を持ったのだ。
「いや、ミリャさんはこちらの世界の勉学が進んでいると言ったけれど、そちらの世界で既に良い教育を受けているようで」
「それも貴族の端くれだからですにゃ。この程度の教育を受けるとなると、こちらの世界では私のような女でこの程度の教育を受けられるのは大商家の娘くらいですにゃ」
「ああ、ミリャさんを見ていると勉学の程度は高くとも普及は……ということかな」
「にゃー。私の世界はまだまだこちらでいう工業化が起こる為の人材が少しずつ揃ってきているという段階ですからにゃ。子供が学校に通って学ぶ、という形態も遠いですにゃ。私塾や教会で教育を受ける機会はあっても、その機会を生かす余裕のある家は限られますしにゃー」
「そうだね、そういう話はすぐには進まないよねぇ……。こちらの世界でも、正直万人が教育を受けられているとはいえないからね」
「こちらの世界でもそなのですかにゃ?」
「そりゃあね。貧富の差は当然のようにあるし、親の主義で通学が義務付けられているのに学校に通わせない親とか、ね。いるんだよ」
「そうなのですにゃー。そちらの世界も大変ですにゃ」
「ははは、まぁね。って、俺達お互いお見合いしに来てるのに、お互いの世界の事ばっかり話して、自分の話してないね」
「うにゃ!?そ、そーいえばそうだにゃ。でも、その、詰まらないお話じゃ、無かったですにゃ」
「そう、かな?そういってもらえると助かるよ。じゃあ、今度はお互いの事を話そうよ、ずっと気になってたんだけど。ミリャさんって、こちらでいう猫っていう生き物に似てるんだけど、魚好きかい?」
なんとも色気の無い会話から、さらに色気の無い路線変更を試みる建造。
こうしてミリャと建造の顔合わせ第二幕は開かれたのだった。