絡め取る悪いおじ…お兄さん
建造の言葉にイルニャは目をぱちくりさせて、口のマズルあたりをクニクニ動かしてひげを揺らし、聞き返す。
「お魚……ですかにゃ?実は私、内陸の育ちで魚といえば川魚の干した物しか食べたことがないですにゃ」
「そうなのかい。その時の感想は?」
「ちょっと、陰干しする時に塩を刷り込んであったものなんですけどにゃ、パンよりお酒に合いそうな食べ物だと思いましたにゃ」
「特別好きになったりは?」
「ないですにゃー。私は干し魚より、イムンという四足の家畜を潰して作るウィンナーの方が好みですにゃ」
「なるほど。俺もどちらかというと肉派でね。その点では相性が良いみたいだ」
「話に聞くところによると、海の沿岸部では新鮮な魚を生で食べることもあるそうですけどにゃ。どんな味にゃのかさっぱりですにゃ」
「それでは一度こちらの世界で味わってみてもらいたいなぁ、日本は生の魚を調理した刺身が人気でね。美味いんだ」
「そうなのですかにゃ。嫁入りが条件ですので倉敷さんに私の世界の料理を食べてみてもらえないのが残念ですにゃー」
建造に言葉を返すイルニャは、少し困り顔だ。
魚を食べる習慣があまりないところに、生食をいきなり勧められればそういう反応にもなるだろう。
それを見て取った建造はさっと話題を変える。
「まぁ日本は魚ばかりの国でもないけどね。美味しいお肉も沢山あるよ」
「あら、そうなのですにゃ?」
「うん、ブランド牛や豚と言わなくても充分美味しい肉が気軽に買える。あ、あと鶏っていう鳥もね」
「まぁ!鳥肉ですにゃ!?鳥のお肉が気軽に買えるんですかにゃー」
若干興奮した様子のイルニャに、建造は話題を変えて正解だったなと内心冷や汗を掻く。
現時点で(その姿が直立した猫であるというマニアックな点を除けば)好感触な相手であるイルニャの機嫌を損ねたくない、というのが正直な所だった。
「ええ、腿肉胸肉ささみに手羽先、肝臓などもきちんと店さえ選べば気軽に買えますよ」
「そうにゃんですかー……はふぅ、私、鳥の胸肉が大好きで。でも鳥を食べる機会なんて誕生日くらいしかにゃいんですにゃー」
「それはそれは、こちらの世界では鶏という鳥の肉は安く手に入りますから。気軽に食べられますよ」
「ふにゃー!」
嬉しそうに尻尾をフリフリした後、ごろごろと顔を洗うように人とそう変わらない形(肉球はあるようだ)の手で撫で回してから、イルニャはハッと我に帰る。
それはそうだろう、お見合いの場で食べ物の話でハッスルしてしまうなど、淑女にあるまじき行為。
イルニャは申し訳なさそうに耳をペタリと寝かせて建造に謝った。
「す、すいませんにゃ。鳥肉の事を考えたらつい……け、倉敷さんはどんな食べ物が好きですかにゃー」
「んー。俺が好きなのは油でカラッと揚げた芋に塩を振りかけたものとか、ああ、ちょっとこういう場で母親の話をだすのはどうかと思うけどね。お袋が作ってくれた鶏胸肉の蜂蜜入り照り焼きなんか、タレが素晴らしく美味くてね、付け合せの野菜も綺麗に食べられたっけか……」
「ふ、ふにゃ。それは美味しいんですかにゃ?」
「美味しいよ。ほどよい甘みのとろみを持つタレが淡白な胸肉のさっぱりさと相まって、ついつい……ご飯って解るかな?日本の主食なんだけど」
「にゃー、ちょっと解らないですにゃ。私の国は基本小麦のパンですからにゃ」
「そっか、じゃあごはんも試してみて欲しいな。おかずの味を心地よく受け止めて何倍にもするような魅惑の一品だからね」
「ふふふ、なんだかとってもご飯の美味しい世界みたいですにゃー」
「こちらの味覚では日本は世界でも有数の、として扱われる美食の国だよ」
「うーん、とっても魅力的ですにゃあ」
「だろう?」
お互いすっかり緊張もほぐれた中、イルニャが少し口にするのをはばかる様にその少し突き出した口元。
ひげには触れないように隠して建造に聞いた。
「ところで……生臭いお話になるんですけど、月収金貨三枚……三十万円でしたかにゃ。そんなに稼ぐお仕事ってどんな物なのですかにゃ?」
「ん、そうだなぁ。そこはお嫁に来るなら気になるところだろうね。俺は株式会社、まぁ出資者が合同で作った商会の人間でね。主に営業をやってる」
「営業、ですかにゃ」
「会社の商品の売り込み部門ですね。幸いうちの会社は結構な大商会で業績も順調なので、俺みたいな若造でも月に金貨三枚もらえるというわけだね」
「にゃるほど。商売人としては花形ですにゃあ」
「そうですね。おかげで接待の付き合いなんかで家に帰るのが遅くなったりなんかしょっちゅうで」
「あら、奥さんになるかもしれない相手に早速妻を粗雑に扱う宣言ですかにゃ」
「ははっ、意地が悪いなぁ。仕事の忙しさを理由に家族への触れ合いを雑にする気はないけれど、そういう仕事に就いているというのを誠実に話しているのに」
「ふにゃー、それはごめんなさいだにゃ。それで、旦那様が家にあまり居ない奥さんはどうすれば良いにゃ?」
「この世界にはインターネットという道具さえ揃っていれば世界中の人間と通信できる機構があってね。それで暇を潰しても良いし、それこそこちらの料理に馴染む為に料理教室に通っても良い」
「暇つぶしには事欠かない世界だから勝手に楽しめと?」
すっと細められたアメジストの瞳は建造の器量を計るような色が見える。
それを受けて建造は飛び込み営業でこちらの出方を伺う新規の顧客にしようと狙う相手のような感覚を覚えた。
この感覚を建造は忌避していない、むしろ楽しんでいる。
テーブルに肘をつき、手を組んで少しばかり前かがみになった建造は計られるために見えない天秤に己を放り出した。
「二人で楽しむことなら当然、俺も付き合うよ。二人用の大人の遊具もそれなりにあるからそれを購入するのもいいね。こちらの世界のTVというのを見ながらゆったり会話するのもいい。俺も出来る限り家庭を保つ努力をするよ」
「殿方は皆そういうにゃ。私の姉が結婚前は見ていて毛皮が焦げるかと思う熱い仲だった夫と、席を入れてから愚痴を言い合うようになる姿なども見ていますにゃ」
「それは、失礼だが恋と結婚は違うと言う点を考えていなかったせいだね。結婚は一過性の熱じゃだめだ。もっとしっかりと根付いた大木のような幹が必要だよ」
「私達にその幹の根は張ると思うかにゃ、倉敷さんは」
「それこそお互いに愛情と言う水を注ぎあって樹に花を咲かせる努力をすれば」
「樹の花は冬が来れば枯れますにゃー」
「強い樹に育てば春が来ればまた花を咲かせます。もしくは……冬にこそ花咲く樹になるかもしれないよ」
「ふふ、前向きですにゃー」
「後ろ向きな結婚はいやだなぁ」
「そうですにゃー。たしかに折角結婚するなら、前向きな方としたいですにゃ」
クスクスとピンピン伸びるヒゲを揺らして笑うイルニャに建造は好感触を得る。
しかし、次の言葉でその気持ちは抑えられる。
「でも、大丈夫にゃのでしょうか」
「なにがかな?」
「倉敷さんは私の事をこの世界に似た動物が居る、と仰いましたにゃ。貴方は動物に欲情できるお方?」
「ふむ。子作りのことか、ふむ」
「私、子供が二人は欲しいですにゃ。だから夜の営みができない人とはどんなに条件がよくても結婚は……」
「う、むぅ……」
「この事は最初にはっきりさせて置いた方が良いと思いましたにゃ。どうなのですかにゃ」
詰め寄るイルニャ。
真剣な光を湛えてなお、その顔は美猫といっていいだろう。
確かに人型の猫、というのは大きな障害になりそうなものだった、だが……。
「まぁ問題ないんじゃないかな」
「本当ですかにゃ?」
「下品な言い方だけどさ、ムード作って、刺激すれば男は結局雄なんだと思うよ。それに、こういう種族の壁って最近はそう厚くないんだ」
「に、にゃ?」
「ミリャさんみたいな人向けの服もランジェリー、扇情的な下着も売ってるよ」
「ふにゃー!」
「だから大丈夫。ミリャさんが協力してくれればきっと子供も作れる」
にやりと笑い、福々しい顔を悪い顔にした建造を前に、イルニャは尻尾を丸めた。
恥らう彼女を前に、いけしゃあしゃあと建造は言い放つ。
「もしよければ次に会うのはデートの時という事で。こっちの美味い店を紹介するよ。これ、連絡先」
「ふにゃ、あの、そんな事言われても……」
「大丈夫、そういうのは担当天使に言えば使い方を教えてくれると思うから。次も、あってくれるかな?」
「エ、エロ大福にゃ!服はともかく下着のことなんて!」
「下着を気にするって事はその下にも興味があるってことだよ。解ったかな?お嬢ちゃん」
「ふにぃ……」
耳をペタンと伏せるイルニャ、実は十八なのだが……彼女の世界ではこれでも嫁き遅れである。
淑女ならこのくらいのセクハラはぴしゃりと撥ね退けるべきなのだろうが。
完全に彼女は建造の口車に乗せられていた。
こうして二十七歳の悪い青年は十八歳のケモノな少女を誑かす準備を整えたのだった。
その後は半ば食べ物と、異世界からの住人が増えた事で更に多彩さを増した服飾に魅力で釣るように。
嫁の一本釣りをした建造には、一人の鳥肉好きの家族が増えたようだ。
ヲワリ
異世界からファンタジー日本にお見合いに来るケモが書きたかったのですが。
うーん、ケモノっぽさが薄すぎたかもしれません。




