二十七歳、婚活する
神ある世界で、御子が遣わされ変容して行った世界の中。
特に局所的というわけではない、だが表には出なかった需要と祈りにより一つの制度と、それを運用する会社がひっそりと世の中に生まれた。
異世界縁組会社ミーツフリー。
この会社では会員の資産状況、人格調査、世界移動に当たっての合意条件を照らし合わせて条件の合致した者同士を引き合わせる。
言ってしまえば世界を股に掛ける養子縁組の仲介人や婚姻の仲人的な事をしているのだ。
会社構成員は業務に直接関係無い所には現地世界の人間を雇用しているが、業務の根本に関わる人員は全て天使が行っている。
なのでこの会社に対する評価は、当初はともかく現在ではかなり高い。
そんな会社の日本支社の一室で、男がプランナーの天使……別に羽は生えていないが頭に光輪を頂いている……から説明を受け、難しい顔をしている。
天使曰く、もう少し条件を絞って頂かないと引く手あまた過ぎて相手が決められない。
もしかすると界の狭間で行われる面談を数百、いやそれでは全体の一分にもみたない数をこなさなければならないかもしれないと、脅しじみた事まで言っている。
彼としては結晶発電法の特許を取り、世界から取った特許料によって国民に金を撒いて育てようとする、第二の土木バブルや新技術開発ラッシュに包まれた好況な日本で生きる極一般的な社会人。
潤う国を反映して大学卒業後、就業五年目にして月収が手取り三十万、夏冬に月給三か月分の賞与ありのサラリーマン、貯蓄は既に一千万近く貯めている。
求めるのは不美人過ぎると感じない程度の顔、結婚可能かつ出産可能な年齢に達している、貞操観念の強い女性。
正直彼自身は自分の顔にあまり自信が無い。
お腹だって現代日本人でも軽くインドアな傾向がある上に人付き合いのいい彼は会社の飲み会で良く飲み、良く食べて、でっぱり気味の二十七歳だ。
世界によっては貰い遅れに類するプチふとっちょな男性である。
それでも、女性からの要求にマッチングする数が万を越してしまうのは次元を越えた世界の広さと、世界間の格差が生み出す現象だ。
それは勿論この地球より遥かに進んでいて、且つ幸福に満ちた世界は存在する。
だがそんな世界が綺羅星の数より多くあるように、地球で言っても最貧国と呼ばれるような水準で暮らす異世界の人は多いのだ。
特に、日本などは山林に近寄らなければ脅威となる猛獣なども少ないため、人気だ。
ゲームのようにモンスターに怯えて暮らす人々の所にも、ミーツフリーは支社を出しているのだ。
しかも登録に必要な年会費と呼べるものは、その世界の神への祈りだけ。
実際の所を言えば、どの世界にもそれぞれの大変さがあるものだが。
隣の芝は青いのだ。
最近では人の流出に歯止めを掛ける為の手段としてミーツフリーの支社に攻撃を仕掛ける世界の住人もいるほどだ。
それに対応する為に、最近ではミーツフリーは多世界郵送業者のような業務も開始した。
他の世界へ行った人の縁者に、異世界から物を贈る事ができるのだ。
これによって単純な現金収入だけでなく、野生的な狩猟採取による現生肉の入手を行う親族を持つ人を結婚相手に指定する、普段の食料は合成栄養食という科学世界の人も存在する。
と、異世界結縁事情はさておき、彼の求めるのは妻である。
経済が立ち直り若者は少子高齢化対策を、と国全体で結婚年齢を押し下げる流れに乗って、そろそろ自分も結婚してみたい。
でもこれ、という出会いが無い。
出会いに積極的なのはちょっと自分には年上過ぎるなぁという相手ばかりで、同年代の女子は同じ収入ならもっと顔のいい男を選ぶ。
結婚して家庭を築く余裕はできたけれど、結婚を前提にお付き合いしたい相手が居ない。
非モテ顔の大黒様のような顔をした男が彼、倉敷 建造なのである。
「貞淑であればそれでいいと言うのはですね、結構な絞込み条件に思えるかもしれません。ですが結婚すれば基本一生その相手と添い遂げる、制度的に離婚など存在しない世界の女性もいるのですよ。ですのでですね、もう少しお客様にはご要望を出していただきませんと、当方といたしてもマッチングに困難が生じてしまうのです」
そんな彼に、本当に困ってるんですというように優美な顔を悲哀で染めたブロンド長髪美人の、OL姿の天使。
彼女達は一様に美しい姿をしているが、天使と恋に落ちた人間の話は聞かれない。
おそらく、整いすぎた美は生き物ではなく彫像のような美を感じるのだろう。
「ええと、じゃあどうすればいいですかね。俺としては奥さんになる人に要求することなんてそんなに無いんですよね」
「またまた、そんな事を仰っても口に出してみれば結構要望というのはあるものですよお客様。どうぞ仰ってみてください」
「ふーん。そんなものかなぁ」
やや納得していない様子の建造に天使が畳み掛ける。
「今時草食系男子とか言ってる場合じゃないですよ。こちら日本の出生率のグラフですが、当社のコンサルティングの影響か多少上向いていますが……」
「解った、解ったから。俺も自分の欲望に正直な希望ってのを今ひねり出します」
「よろしくお願いします」
ぶっちゃけると、家事がそれなりにできる、浮気をしないと誓約する(そんなもんに神が関わるわけ無いので口約束である)、子供をきちんと育ててくれる女性。
これだけの条件でどう絞り込めと言うのか。
真面目に嫁を探すならここに身長体重スリーサイズに大よその性格、趣味嗜好など条件付けるべき事は腐るほどある。
それを今更決めるというのだ。
担当天使の心労やいかばかりか。
しばし黙考を続けた建造は酷く真剣な、とはいっても大黒顔では福々しいばかりだが、そんな表情で天使に自分の要望を伝えた。
「貨幣価値を理解していて家計を維持して貯蓄を出来る程度の経済観念のある事を大前提にね、顔は目がパッチリで、セミロングの清潔感があるタイプ、性格は問わないけど嫁に来るなら家事に専念してくれて、甘えさせてくれるタイプがいいです」
「ふむふむ、中々具体的になってきたじゃないですか」
「それで身長百五十センチ以下の小さくて可愛い子」
「……はい?」
「身長百五十センチ以下の小さくて可愛い子」
「小さいというのは年齢的な意味ですか?」
心なしか天使の眼が冷気を帯びる。
もし仮に建造が何かを誤れば罰でもあたることになるだろう。
「いや、体格的に小さいだけでいいって言うか、ちょっと背が低いの気にしてるんだよね。背の高い人に憧れる奴もいるだろうけど、俺は見上げて欲しい」
そう言い切って腕を組む建造の身長は百六十二センチ。
昨今の日本人男性としては、低いほうだろう。
むしろすこし背の高い女子なら別にのっぽでなくともそのくらいの身長があり、ヒールを履けば建造の頭を越えて行くだろう。
かなり建造にとって自分本位な条件が出たように思えるが、これでこそ候補は絞れるというものだ。
その証拠に担当の天使は目の冷たさを引っ込めて再びアルカイックスマイルに温度を戻した。
「ええ、そういう事なら何の問題もございません。私てっきり花嫁探しを養子探しに切り替えたのかと思いました」
「いや、どう考えても養子を取ろうとしている人間に向けるめじゃなかったよね。まぁ俺も誤解を招く言い方したけど」
「いえ、けっしてその様な事は……」
「まぁ解ってるよ。そっちもそういう人間に小さい子を引き合わせるわけにはいかないからさ。過敏になるのも解る」
「恐れ入ります」
「それで、お見合い件数はどの位減ったの?」
「大よそ三分の一程度には絞れました。もう少し条件を足されますか?」
「そうだな……じゃあ、髪の色をアメジストにしてくれないかな。好きなんだ」
「承知致しました。それでは良き出会いを描きながら、今日のところはお帰りくださいませ」
「ああ、頼んだよ。それじゃあ失礼しますよっと」
お互い満足の行くやりとりとなったのか。
満足げにお互いの手を柔らかくシェイクする建造と天使。
こうして彼は初めての婚活をしたのだった。




