97.採掘街、交差
飛行場をあとにしたシアンたちは、乾いた風に背中を押されながらククルカンの採掘街へ足を踏み入れた。
街へ入った途端、耳に飛び込んできたのは絶え間なく響く金属音だった。
鉱山から運び込まれた鉱石を砕く音、鍛冶場で鉄を打つ槌の音、蒸気機関の低い唸り。
それらが折り重なり、この街だけの力強い鼓動を生み出している。
立ち並ぶ工房の煙突からは白い蒸気が絶えず立ち昇り、露店には青白い輝きを放つ白電鉱石の装飾品や加工品が所狭しと並べられていた。
「わあ……!」
カイは目を輝かせながら、忙しなく辺りを見回す。
「グレンダさんが言ってた通りだね! 思ってたよりずっと大きな街だ!」
その無邪気な声に、シアンは懐かしそうに目を細めた。
「そうだな。白電鉱石の鉱脈が見つかってから、一気に栄えたらしい。俺が前に来た時は、もっと静かな街だったんだけどな」
「シアンさん、ククルカンへ来たことがあるんですか?」
ルシアが少し驚いたように尋ねる。
「ああ。まだカイが家に来る前だ。ばあちゃんに連れられて、一度だけな」
「えっ!? じゃあ六年以上前ってこと?」
カイが思わず声を上げる。
「そうなるな」
「シアンさんって、そんな前からグレンダさんと一緒だったんですね」
「兄貴は十歳くらいの頃に拾われたんだよ! 僕は六歳から!」
得意げに胸を張るカイを見て、ルシアは思わず驚いた。
そんな穏やかな空気を、不意に鋭い怒声が切り裂いた。
「ふざけるな!!」
街中の視線が、一斉に声のした方へ向く。
少し先の広場には人だかりができ、その中心で一人の観光客がツアーガイドへ詰め寄っていた。
「せっかくククルカンまで来たんだぞ! 白電鉱石の採掘場が見学できないってどういうことだ!」
怒鳴りつけられたガイドは、困り果てたように何度も頭を下げる。
「も、申し訳ありません……! 本日は軍の方々が採掘場を視察されておりまして、一般の方は立ち入り禁止となっております……!」
その説明を聞いた途端、周囲からも不満の声が次々と上がった。
「軍だって?」
「せっかく来たのに……」
「何があったんだよ」
ざわめきは瞬く間に広がり、広場全体を包み込んでいく。
シアンたちは少し離れた場所で、その様子を静かに見つめていた。
「……飛行場にも街にも軍人が少ないと思ってたけど、やっぱり採掘場へ集まってるのか」
シアンが腕を組み、小さく呟く。
「立ち入り禁止ってことは、普通じゃないよね」
カイも表情を引き締める。
「研究施設の方まで軍が入っている可能性もあります……」
ルシアは不安そうに視線を伏せた。
「もしかしたら、研究員の方たちも巻き込まれているかもしれません……」
その肩へ、シアンはそっと手を置く。
「考え込むのは向こうへ着いてからでいい」
穏やかな声だった。
「まずは行ってみよう。もし何かあっても、その時は三人で考えればいい」
ルシアはゆっくりと頷く。
「……はい」
「よし、それじゃ行こう!」
カイが元気よく歩き出し、二人もあとに続いた。
三人は採掘場へ向かって歩き始める。
——すぐ近くに、自分たちと同じ目的を持つ人物がいることも知らずに。
人混みの中。
観光客たちへ紛れるように、一人だけ異様な男が立っていた。
全身を黒いマントで包み、その素顔は無機質な鉄仮面に隠されている。
陽気な採掘街の景色の中で、その姿だけがまるで影のように浮き上がって見えた。
「うむ……観光客に紛れて入るつもりだったが」
低く押し殺した声が、仮面の奥から漏れる。
「どうやら、それは無理そうだな」
男は静かに採掘場の方向へ目を向けた。
入口は完全に封鎖され、帝国軍兵士たちが厳重な警備を敷いている。
これでは正面から近づくことすら難しい。
仮面の男——、アークライン帝国軍特殊部隊《錆翼》隊長、ラルゴ・ドレイクは、誰にも気付かれぬよう小さく息を吐いた。
彼はシアンたちよりも一足早くククルカンへ潜入していた。
目的はただ一つ。
少将マルティナ・グレーヴが進める《蒸気の心臓》の計画を阻止すること。
だが、もしその妨害が軍内部へ露見すれば、自分だけでは済まない。
直属の上官であるハーラン大佐も、アルディスでシアンと拳を交えた相棒・スピアーも、反逆者として処罰される可能性があった。
だからこそ彼は、正体を隠すため鉄仮面を被り、この街へ足を踏み入れたのだ。
「……仕方ない」
ラルゴは踵を返す。
「別の道を探すしかないか」
黒いマントが風を受けて大きく揺れる。
その姿は人混みへ溶け込むように消え、やがて街の奥へと静かに姿を消した。
この時はまだ、シアンもラルゴも知らない。
互いの進む道が再び交わるその瞬間が、すぐそこまで迫っていることを。




