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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第3章、激突ククルカン
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94/113

94. 醜悪なる皇帝、美麗なる大将

玉座の間に張り詰める空気は、磨き上げられた大理石の床よりも冷たかった。


「皇帝陛下……今、なんと?」


どこか信じられないという声音で静かに尋ねるキースに、皇帝ブリック・アークラインはあくまで能天気な顔のまま首を傾げた。


「ん? バルナスとの戦争に勝利したあとは、他の隣国もまとめて攻め込むに決まっておろう。余の手中で一つにしてやるのだ、当然だろうキース?」


まるでなぜ当たり前のことを疑われるのかと言わんばかりの表情。


キースはどんどんと表情が暗く変わっていく。

 

「そ、そんな! その他の隣国とまで戦争を仕掛けてしまったら、アークラインは──」


ガレスが慌てて声を荒げるが、その懸念さえ皇帝は鼻で笑い飛ばす。


「そのための“蒸気の心臓”だろう? そうなのだろう、キース?」


問いかけというより、わざとらしく惚けた調子でキースを追い詰める声音。

ブリックの目は笑っているが、奥底に歪んだ欲望だけが濁っている。


「……ええ。皇帝陛下のお望みとあれば」


キースは微笑む。

だがその笑みには、どこまでも暗い影が差していた。


「……では報告は以上ですので、再び蒸気の心臓捜索の任へ戻ります。ガレス元帥殿、参りましょう。」


二人が退出へ向かおうとした瞬間。


「待て、ガレスよ!」


皇帝の甲高い声が響き、ガレスの背が硬直した。


「ルシアが一人旅に出たというのは本当なのか?」


「はっ……娘ルシアの行動は私も予想外のもので──」


「余の未来の妃だぞッ!!」


ブリックの声に、玉座の間がひやりと凍りつく。


キースの眉がわずかに動いた。


「勝手に旅などされて傷ものにでもなったらどうする! 余があれほど気に入っているというのに!」


言葉の端々に、粘つくような執着が滲み出ている。


そして──その顔は醜悪だった。

 

唇は塗り固めた脂のように光り、頬はだらしなく歪み、瞳はいやらしい欲望で濁っている。


「申し訳ございません! しかし娘の行動は私も──」


「黙れ!」


怒声とともにブリックは玉座の肘掛けを拳で叩いた。


「余のルシアに何かあれば、貴様の首を切り落としてやる! お前がその地位に居られるのは、あの娘のおかげでもあることを忘れるでない!」


ガレスは顔を伏せ、その影の下で歯ぎしりをしていた。


(くそ……誰か……誰か、この男を止められないのか……)


「ルシアは成人したら必ず余の妻に迎える! ああ……美しいルシア……早く余の妃に……」


陶酔したように呟く皇帝の声が、玉座の間の空気を吐き気がするほど濁らせる。


「は、はい……皇帝陛下……。我が娘をお気に召していただき、光栄です……」


ガレスは絞り出すように答えたが、その声は震えていた。


「それでな! 結婚式は──」


「おっと」


そこでキースが割って入った。

いつもの柔和な笑顔を浮かべながら、しかし目の奥は氷のように冷たい。


「これは私が聞いてはいけない話のですね。先に失礼いたします」


そう言って静かに退室する。


廊下へ出た瞬間、キースの笑顔は霧が晴れるように消えた。

代わりに現れたのは、怒りと憎悪が混ざり合った暗い表情。


「……醜い豚め」


キースは誰もいない廊下を歩きながら、押し殺した声で呟く。


「最初は平和のためと言っていたくせに……やはり戦争を目の前にして本性を現したな」


靴音が冷たく響く。


「豚の皮を被った、さらに醜い豚が……」


キースは血が滲むほど拳を握りしめた。


「皇帝……貴様も結局あの国と同じ。力を得れると分かった途端、傍若無人に振る舞う腐りきったゲス野郎だ」


歩みを止めたキースの目には、強い決意の光が宿っていた。


「元帥……貴方も、貴方の娘も……私が救おう」


窓の外から見える帝都の景色、そしてその遥か向こうを鋭い視線のまま睨みつける。

 

「バルナス共和国は滅ぼす。そして、この国の首もすげ替えねばならない。」


キースは静かに拳を握りしめた。


「私が──バルナスもアークラインも破壊し、新しき国家の王となる」


そして誰もいない石造りの廊下で、誰にも聞こえぬ声で誓う。


「”あの人"の願い……平和のために。私は武力と破壊をもって、この世界を制する」


その決意は、皇帝の狂気とは異質の、冷たい炎だった。

 

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