90. 決意と三人の絆
アルディスの街に、ようやく夜の帳が退いていく。
薄青の光が家々の屋根を照らし、街路の石畳をゆっくりと照らし出す。
その光が窓から差し込むと同時に、シアンは目を開けた。
「……あんまり寝てねぇのに、なんかスッキリしてる」
昨夜はリベラルナックルとの対話が長く続き、ほとんど寝ていない。
けれど胸の中に残っていた靄は、すっかり消えていた。
シアンは左手の蒸気兵装、リベラルナックルを見つめる。
「……お前のおかげで悩みも不安も吹き飛んだよ」
そう呟き、シアンはベッドから勢いよく立ち上がった。身体をぐっと伸ばし、両頬を軽く叩く。
「よし……やっぱりあいつらに嘘はダメだよな!!」
気合とともに玄関を飛び出し、朝の空気を切るように走り出す。
向かう先は自分の大切な居場所、スチーム・フィールド。
街は朝の活気を迎えつつあり、露店の主人がシャッターを開け、蒸気管の弁を回す音があちこちから響く。
白い蒸気が上空へ舞い、朝日に照らされ輝いていた。
シアンはそれらを横目に走り抜ける。
心の中では、昨夜の対話が何度も反芻されていた。
やるべきことは決まった。後は、進むだけだ——。
スチーム・フィールドの扉を開けると、既に二人が待っていた。
「おはよう!カイ、ルシア!」
「おはよう兄貴! 出発の準備、全部出来てるよ!」
カイが工具を片付けながら笑顔で振り返る。
「おはようございます。私の方も準備は完了しています」
ルシアは背負い鞄の紐を締め直しながら、落ち着いた微笑みを見せる。
「よし、じゃあすぐにでも──」
言いかけたシアンは、一度息を飲んだ。
「……その前に、言わなきゃいけないことがある」
二人はシアンを見つめる。
シアンは視線をさまよわせたあと、ゆっくりと言葉を吐き出した。
「昨日……俺、嘘ついた。ばあちゃんがククルカンに行けない理由。本当は──ばあちゃん、具合がかなり悪いんだ」
二人の表情が固まる。
「ええ!? グレンダさん、腰を悪くしたんじゃないの!?」
カイはあわてふためき、工具を落としそうになる。
「いや……俺も昨日初めて知ったんだけど、どうやら心臓が悪いらしくて。お前らが買い出しに行ったあと倒れて……」
「そ、それなら! 誰かが側に付いていた方がいいんじゃ……!」
ルシアは慌てながらそう口にしたが、シアンは静かに首を横に振った。
「俺もそう思った。でもな──」
一度深く息を吸う。
「ばあちゃんは、俺たちを信じてくれたんだ。三人で行けって。その信頼を裏切りたくない」
頭を下げるシアン。
「……本当にごめん。お前らを安心させたくて嘘をついた。でも、やっぱり本当のことを伝えておきたくて……」
しばしの沈黙。
だがその沈黙を破ったのは、カイの小さな声だった。
「……顔、上げてよ兄貴」
シアンが顔を上げると、カイは苦笑していた。
「実はね、昨日兄貴が家に帰ってから……お姉ちゃん、ずっと言ってたんだ」
そうして、カイはシアンにグッと顔を近づけた。
「“シアンさん、絶対に何か隠してる”……って。それで僕たち二人で、最悪のケースまで想像してたんだよ」
ルシアも静かに頷いた。
「グレンダさんが倒れたのは心配です。でも……グレンダさんが私たちを信頼して送り出してくれたのなら、それに応えるべきです」
ルシアはシアンの方を見て、少し照れたように、けれど真っ直ぐ言う。
「それにシアンさん、言いましたよね。私とカイくんはシアンさんが守ってくれるって」
その言葉にシアンの目が大きく見開かれる。
それと同時に左手のリベラルナックルを強く握りしめた。
「ああ、絶対に守るよ」
「なら、言葉を言ってくれた貴方を……私は信頼します」
胸が温かくなり、シアンは息を呑んだ。
「それじゃあ……」
「行こうよ兄貴!」
カイは元気よく言い、スチーム・フィールドの外へ走り出した。
「手がかりを掴んで、元気な姿で帰ってこよう! それでグレンダさんを安心させよう!」
振り返りながら、カイはにっこりと笑った。
「飛行場でタカカゲさんが待ってるよ! 早く!!」
「……あ、ああ!」
返事をするその横にいたルシアがそっとシアンの側に寄った。
「シアンさん、今度から隠し事はなしですよ。昨日は……なんだかずっと胸がざわざわしちゃって」
照れながら言うルシアに、シアンはバツが悪そうに頭をかいた。
「悪かった……あの時は本当に、どうしたら不安にさせないかって考えて、つい……」
その真っ直ぐな不器用さに、ルシアはふっと柔らかく笑う。
「……やっぱりシアンさんは優しいですね」
「え? な、なんだよ急に」
「なんでもありません」
ルシアはいたずらっぽく笑い、シアンの手を取る。
「さあ、行きましょう。飛行場へ!」
三人は駆け出す。
朝焼けの街を、強い決意が風を切るように走り抜けていく。




