84. 灯る青の翼
アルディスの街、西区の飛行場――。
工業地帯に隣接するこの一角は、絶えず蒸気の噴き出す音と鉄の軋む響きが混ざり合い、天井の高い格納庫には幾筋もの陽光が斜めに差し込んでいる。
その中で、タカカゲの飛行船――メンデルスゾーンが堂々と姿を現していた。
ルーグレムとの騒動から、二日。
混乱の余韻がまだ街には残っていたが、飛行場はそれを吹き飛ばすような活気に満ちていた。
グレンダは油にまみれた手を軽く拭きながら、広げた新聞をじっと睨んでいた。
紙面の一面には大きく見出しが踊る。
『新興マフィア・ルーグレム、突如崩壊』
内容は事件当日の夜、多くの市民が「街一番のマフィア集団ラッドベイルがルーグレムの拠点へ集団で向かう姿を目撃していた」と記されていた。
新聞上では、ラッドベイルとルーグレムの抗争の結果、ルーグレムが壊滅した――という形にまとめられている。
その記事を覗き込むシアンは、安堵したように肩を落とす。
「ふう……良かった。ラッドベイルの奴らもアマテラスさんも口が固くて助かった」
「まったくだよ」
グレンダがジロリとシアンを睨む。
「お灸を据えるくらいで済むだろうと思ったら、まさか崩壊まで持ってくなんてね。下手すりゃニュースが街を出て帝都まで飛ぶところだよ。あんまり大事にするんじゃないよ、このバカもんが」
「は、はい……」
シアンが肩をすくめたところで、船体の上から元気な声が響く。
「グレンダさーん! こっちの修理も終わったよー!」
カイが煤だらけの手で軽く手を振り笑ってみせる。
「よくやったよカイ。これでこの船も完全に直ったね」
グレンダは胸を張って言った。
シアン、ルシア、カイが見上げたメンデルスゾーンは、以前の傷が嘘のように修復され、銀青の船体が光を反射して堂々たる存在感を放っている。
まるで傷を乗り越えて再び空へ羽ばたく準備を整えた、誇り高い巨鳥のようだ。
「……素敵な飛行船ですね」
ルシアが静かに呟いた。
その目は純粋な賞賛で輝いている。
「ルシア、お前もよく頑張ってくれたね。疲れたろう?」
グレンダが優しく言うと、シアンも感じたように腕を組んで微笑む。
「ホントだな。帝国軍元帥の娘なのにここまで弱音もあげずにすげえよ。ルシア、本当に助かったよ」
褒められたルシアは、頬を赤く染めて俯いた。
そんな温かい空気が流れる中、グレンダは改めて皆へ向き直った。
「さあて……本題はここからだよ。タカカゲを説得して、この船に乗せてもらってククルカンへ向かわなきゃならないんだからね」
「だな」
シアンが頷く。
「パールさんの親父さんの所へ行って、レオナールが託した“心臓の行方を示すピース”のことを聞かなきゃいけないからな」
その瞬間――。
格納庫の大扉が開き、光が流れ込んだ。
そこに立っていたのは、アマテラス。
そして――体に包帯を巻きながらも、真っ白なフライトジャケットを誇らしく着こなす男、タカカゲだった。
頭には彼の象徴でもある黄色のゴーグルが光る。
タカカゲは修復されたメンデルスゾーンを見上げ、しばらく言葉を失っていた。
そして、ぽつりと零す。
「メンデルスゾーン……あんなに壊れていたのに……」
その声には震えが混じっていた。
壊された夢を取り戻した者だけが持つ、特別な光が彼の眼に宿る。
「良かったね、タカ」
アマテラスがそっと肩に手を置く。
「タカカゲさん! 怪我はもう大丈夫なのですか?」
ルシアが心配そうに駆け寄る。
「ああ、もう大丈夫です」
タカカゲは柔らかく笑うと、仲間全員に向かって深々と頭を下げた。
「スチーム・フィールドの皆。……船を、俺の夢を直してくれて、本当にありがとう」
「そ、そんな! 頭なんて下げないでくれよタカカゲさん!」
シアンが慌てて言う。
「それに、こっちだって自分達の目的のためでも──」
「任せてくれ」
シアンの言葉を遮るように、タカカゲが真っすぐな瞳で言った。
「事情はアマテラスから聞いた。ククルカン渓谷へ行きたいんだろう?」
真っ直ぐな瞳で、タカカゲはシアンを見つめる。
「シアン君。あの時、俺がもうダメだと諦めかけていた時に、励ましてくれたのは君だ」
「あ! いやぁ、俺はそんな——」
「それに……ルーグレムの件。見ず知らずの俺のために、命懸けで動いてくれたと聞いた。君達がいなかったら、俺はまだ絶望したままだった」
その言葉に、シアンは目を見開く。
「だから……そんな君達への恩返しがしたい。俺が必ず君達をククルカンに送り届ける」
タカカゲの決意に満ちた声が格納庫に響き、誰もがしばし言葉を失った。
そして――。
「よっしゃあ! これですぐにククルカンに行けるぜ!!」
シアンが真っ先に歓声をあげた。
「ふふふ、手間が省けたねぇ。いいことはしとくもんだ」
グレンダも歯を見せて笑う。
「急いでいるのは分かってる。すぐに飛び立ちたいところだが……」
タカカゲは辺りを見回した。
「君達、寝ずに修理したんだろう? 疲れているはずだ」
その言葉と同時に、カイはメンデルスゾーンの船体に体を預けた。
「僕もうクタクタだよ。今飛んだら、空で過労死しちゃいそう」
「わ、私も……その、汗でベタベタなので……シャワーを浴びたいです……」
ルシアも恥ずかしそうに手を上げる。
「情けないねぇ……と言いたいところだが、今日の急な申し出じゃじっくり準備も出来ないからね」
グレンダはそう言いながら、ゆっくりと腰を上げた。
「一旦帰って明日、ククルカンへ飛び立つよ」
再び希望を取り戻したメンデルスゾーンを背景に、その場にいた全員の決意がそっとひとつに重なる。




