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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第2章、夢と決意を乗せて
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83/113

83. 錆翼、渓谷に降り立つ

ククルカン渓谷の飛行場より少し離れたとある場所――切り立つ赤岩の壁が幾層にも連なり、その奥底では絶えず砂塵が舞い上がる。


風が吹くたび、岩壁に残る過去の掘削の跡が遠い昔の呼吸を思わせる。


その静かな土地に、一筋の影が滑り込むように降り立った。

小型飛行機の車輪が砂利を巻き上げ、機体が短く揺れて停止する。


ハッチが開き、黒い服を風にはためかせながら一人の兵士が地上へ降り立つ。

蒸気エンジンの冷却音が微かに鳴る中、男は険しい渓谷を見渡し、低く呟いた。


「……ここがククルカン渓谷か」


アークライン帝国軍・錆翼の隊長、ラルゴ・ドレイク。

帝国軍でも屈指の武力を持ちながら、己の正義を曲げぬことで知られる男。


彼のその瞳には強い決意の色が宿っていた。


しかし、彼の胸には重くのしかかるものがある。

ここに来るまでの経緯――それを思い返しながら、ラルゴはゆっくりと息を吐いた。


遡ること、数日前。

ハーランとマルティナが言葉を交わしたあの日の翌日のこと。


薄暗い軍艦グラナードの司令室。

地図が貼り付けられた壁面の前で、彼の上司にあたるハーラン大佐が眉間に深い皺を寄せていた。


「なんとしてでもマルティナの、奴の野望を止めんといかん」

 

義眼となった片目をギラリと光らせながら、司令室の椅子に座り腕を組んだ。


「だが……このままでは、確実に我々やその他の捜索隊が心臓を見つけるよりも先に、奴は開発に漕ぎ着けるだろうな」


その重い声に、スピアーが肩を竦めながらため息をつく。


「このままじゃあ、まずいわね。あの女、本気で何万人でも犠牲にしそうだもの」


沈黙が落ちたその時、ラルゴが口を開いた。


「……ならば、俺達が秘密裏に奴らの作戦を妨害するのはどうだ?」


即座に、ハーランが顔を上げる。


「そうしたいが……だがしかし、マルティナの行動はキース大将が容認している。下手すれば、我々は反逆者として処罰されるかもしれん」


その言葉にスピアーは険しい顔になる。

だが、ラルゴは一歩前へ進んだ。


「……それなら、俺が単独で奴らの妨害をする。それならハーラン、それにスピアーを含めた俺の錆翼のメンバーに処罰が下ることはないだろう。俺が身勝手に動いたということにすれば」


「はぁ!? バカねあんた!」

 

スピアーが叫ぶ。

 

「そんなことしてバレたら、あんたが処刑されるかもしれないのよ!」


「構わん」


ラルゴは静かに、しかし誰よりも強く言った。


「奴らを止めなければ、本来俺たちが守るべき存在の多くの民の命が“蒸気の心臓”を作り出すために奪われるんだ」


両腕の黒い蒸気兵装から僅かに蒸気が吹き出す。

 

「たしかに俺はバルナス共和国と戦いたい……。それが多くの民を危険に晒すことも承知だ」


ハーランとスピアーが喉を鳴らす中、ラルゴは続ける。

 

「だがな、民の命を“利用して作る”兵器に力を貸すつもりはない」


その言葉に、部屋の空気が震えた。

ラルゴは、ゆっくりとハーランに向き直る。


「……かなり危険な任務だぞ?」


その瞬間、スピアーの目が見開かれる。


「ハーランちゃん! ラルゴを止めないの!?」


スピアーが焦れた声で言うが、ハーランは答えない。

ただラルゴその鋭い瞳をじっと見据えてた。


ラルゴはニヤリと笑った。


「任せろ。あの女の野望なんぞ必ず打ち砕いてみせる」


そして、現在に至る。


「……とは言ったものの、俺がここに居ることがバレれば、やはりハーランやスピアーたちも罰を受けるだろうな」


ラルゴは呟き、飛行機の操縦席側面に掛けてあった黒いマントを羽織った。

それは彼の両腕の蒸気兵装を隠すための厚手の布。


さらに、懐から鈍い光を放つ鉄製の仮面を取り出し、顔に装着する。

蒸気の吐息が鼻腔で反響し、鉄仮面は彼の呼吸に合わせて微かに鳴った。


「俺の存在を奴らにバレずに、あの女の計画を阻止しなければな……」


風にマントが翻る。

その姿は、帝国軍人というより“影”であった。


「さて……少将マルティナ・グレーヴ。貴様の狂気じみた計画、錆翼の“機械竜”ラルゴ・ドレイクが必ず貴様ごとぶち壊してやろう」


鉄仮面の下で、ラルゴは不敵に笑った。


まだ誰も知らない——。

 

このククルカンの地で、シアンたち、マルティナとその直属部隊・野薔薇。


そしてラルゴが蒸気の心臓を巡り巻き起こす騒動が、これから幕を上げようとしていることを。

 

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