78. 静かなる余韻、夜を進む灯
戦いが終わり、月明かりすら霞むほどの静寂が戻ったルーグレムのアジト。
崩れ落ちたコンクリート、ねじ曲がった鉄骨、そして黒煙の匂い。
その中を、シアンとアマテラスがゆっくりと歩いていく。
アマテラスは周囲を見渡しながら、目を丸くして感嘆の声を漏らした。
「す、すごい壊れようですね……まるで怪物同士が戦ったような……」
そう呟いた直後、ハッとして手を振る。
「あ、あわわ! 違いますよ! 決してシアンくんを怪物とは思ってなくて!」
シアンは苦笑する。
「ははっ、別に気にしてないさ」
異端の怪物ディルモット・ユークリウスを倒した──
その事実は否定のしようがない。
しかし、シアンの声には何の誇りも、得意げな響きもなかった。
ただただ、終わった戦いの余韻だけがあった。
二人はしばらく瓦礫の間を抜け、やがて一つの壊れた扉の前へ辿り着いた。
ディルモットが自ら破壊した部屋の扉。
歪み、木片と鉄くずが混ざり合った、無残な残骸。
「ここに鍵があるって言ってた。探そう」
シアンがそう言って踏み入る。
中は意外にも整えられていた。
小さな机、棚、そしてアイアンスパートを収納していたと思われるスペース。
攻撃的な印象とは裏腹に、生活感さえ漂うほどの整理された空間だった。
シアンとアマテラスは無言で手分けして探し始める。
部屋に残された痕跡は、ディルモットという人間の“内側”をわずかに物語っていた。
シアンは棚の上に置かれた写真立てを手に取った。
そこに写っているのは──
まだ若かったディルモット、隣で肩を組むラッドベイルのボス、楽しそうに笑う仲間たち。
その笑顔は、あの暴力と虚勢に満ちた姿とは似ても似つかない。
(……あいつは、ずっと仲間を探してたのかもしれない……)
誰かに認められたくて。誰かと並びたくて。
強さを求めたのも、虚勢を張ったのも、すべてはひとりぼっちを恐れたから。
写真を見つめるシアンの手が止まっていると、背後から声がした。
「シアンくん! 鍵がありましたよ!」
アマテラスが小さな金属の鍵を掲げて走り寄ってくる。
間違いなくそれはタカカゲの飛行船の鍵だった。
「これで……これでタカの飛行船が動かせます!」
明るく笑うアマテラス。
シアンも小さく頷き返す。
「よかった……じゃあ、飛行場に行こう」
二人はアジトを後にし、夜の貧民街を歩き出した。
歩きながら、アマテラスがシアンに問いかけた。
「それにしてもシアンくん。外に倒れていたあのアイアンスパート……あれを装着したディルモットを倒せたんですね。どうやって倒したんですか?」
「ああ、あれは——」
シアンは口を開きかけた瞬間、あの時のことを思い出した。
【お前は、もう答えを持っている】
はっきりと耳で聞いたような助言の声。
鼓膜を震わせたはずなのに、不思議と輪郭が曖昧だ。
「そういえばアマテラスさん。俺とディルモットが戦ってる時、何か言ったりしました?」
アマテラスは首を傾げた。
「いえ、僕やラッドベイルの方たちが着いた頃には、もう君たちの戦いは終わっていましたよ?」
「……そうですか」
シアンは目を伏せる。
では、あれは誰の声だったのか。
自分の幻聴か、それとも──あの場に、誰か“見えない存在”がいたのか。
その疑問は胸に沈んだまま、言葉にならなかった。
二人は夜の道を抜け、飛行場へ向かう。
――同じ頃。
夜の飛行場の格納庫では、タカカゲの壊れた飛行船を前にグレンダ、カイ、ルシアが懸命に修理を続けていた。
「カイ!そっちはどうなんだい!?」
ガンガンと金属音が響く中、グレンダの声が飛ぶ。
「うん!こっちは思ったより簡単そう!」
カイは額に汗を浮かべながら答える。
「お姉ちゃん、ちょっと大変かもだけどそこを押さえててね!」
ルシアは慣れない手つきながら必死に応える。
煤で汚れた鼻先が黒くなっているのに気づかず、真剣な目だけを輝かせていた。
グレンダはそんな二人を見て、ふっと笑う。
「……さて、そろそろアイツも戻ってくるだろうさ。言い出しっぺはアイツだ。戻ってきたらたっぷり働いてもらわないとねぇ」
ニヤリと笑ったその直後、胸を押さえて顔をしかめた。
ギリ、と奥歯を噛む音がする。
額に、いつもの労働の汗とは異なる冷たい汗が伝う。
(……全く、こんな時に……でもまだ倒れるわけにはいかないね……)
自分を叱るように眉をひそめ、グレンダは耐える。
そして再び工具を握った。
目的はただひとつ。
この飛行船、タカカゲの夢を直し、この船に乗せてもらいククルカン渓谷を目指す。
そのために、グレンダは痛む胸を押して修理を続けた。
夜は更け、格納庫の明かりが静かに揺れている。
――その光へ向かい、シアンとアマテラスは歩を進めていた。




