77. 崩れた影の果てに
「終わりだ! クソガキィィィィ!!」
絞り出されたようなその絶叫に、シアンは思わず振り向いた。
向けられた銃口が炎に照らされギラリとり輝く。
「くっ!」
バンッ、バンッ、バンバン──!
乾いた銃声が、崩壊しかけたルーグレムのアジト前に反響した。
暗い貧民街の路地に砕けて散り、こだまする銃声に、シアンは反射的に身を縮めるように丸めた。
「う……? あれ……?」
撃たれたはずだ、腹や胸に熱も痛みもなかった。
違和感だけが残り、シアンはゆっくり振り返る。
視線の先、銃の引き金を引いたはずのディルモットが──
自分ではなく、何か見えない力に撃ち抜かれたように、崩れ落ちていた。
「あが……なん……で……」
震える声で呟き、ディルモットは倒れ込む。
その胸部、腹部、脚に複数の弾痕が開き、血がじわりと滲み広がっていった。
倒れ込むと同時にその手にあった拳銃が離れ、地面を転がる。
ディルモットの持つ拳銃は、安全装置が外れていなかった。
「だ……だれだ……」
息も絶え絶えに呻くディルモット。
その問いに答えるように、闇の奥から数人の影が姿を現す。
路地に似合わないほど整った足並みで歩いてくる、拳銃を構えた男たち。
その腕には、紫色の花の模様──ラッドベイルの構成員が身につける印。
「アニキ! ディルモットの野郎、仕留めました!」
男の一人が声を上げる。
その隙間を割るように、ひときわ体格のいい男が前へ進み出る。
シアンが喧嘩を交わした、あのラッドベイルの男だった。
「……なんだぁ、こりゃあ?」
たくさんの瓦礫と壊れたアジト。
闇の中に横倒しになったアイアンスパート。
そして地に伏したディルモット。
男はシアンと戦場だった場所を見渡し、嘘のような光景に目を細める。
「俺たちがぶっ潰す前にほぼ終わっちまってるじゃねえか。さっき逃げてきた奴らの話……あれ、本当だったみてえだな」
少し前。
ディルモットを中心にした戦いに恐怖し、貧民街を逃げ惑ったルーグレム構成員たち。
途中、ルーグレムのアジトへ向かっていたラッドベイルの集団に捕まり、事情を吐かされた。
『襲撃者とボスが戦っていて、巻き込まれるから逃げるんだ!』
そう震えながら説明していたらしい。
男はその話を思い返しながら、視線をふと前へ向け──シアンを見つけた。
「おお、スチーム・フィールドのガキじゃねえか。生きてたか。……てか、お前がこれ全部やったのかよ」
わずかに引きつった顔。
男がシアンを“警戒した”のは初めてだった。
「シ、シアンくん!」
その後ろから声が飛ぶ。
アマテラスが顔を見せ、息を切らして駆け寄ってきた。
「アマテラスさん!? どうしてここに!?」
驚くシアンに、アマテラスは苦笑まじりで答えた。
「いやあ……何か僕にもできることがないかと思って、でも……必要なかったようですね」
その笑顔に、シアンはふっと息をこぼして微笑んだ。
一方──
倒れたディルモットは、荒い呼吸の合間に呻き声を漏らしていた。
「はー……はー……」
シアンと言葉を交わした後、ラッドベイルの男がそっと近づき、ディルモットを見下ろす。
「ディルモットの兄貴……」
声をかけると、ディルモットは血の泡とともに喋り出した。
「お……お前か……破門された俺を……兄貴なんて呼ぶんじゃねえ……」
呆れたように、しかし苦しげに。
「そんなこと言わんでくださいよ。兄貴は兄貴ですよ」
男の声は静かで、怒りも憎しみもなかった。
ディルモットは苦笑し、ゆっくり薄れる意識のなかで呟く。
「ああ……お前らがここにいるってことは……そういうことか……」
すべてを悟った瞳だった。
「どこで……間違えたんだろうなぁ……」
答える者はいない。
ただ、誰もがその問いを胸に飲み込むだけだった。
ラッドベイルの男は黙って耳を傾けていた。
「……オヤジに……伝えてくれ……不貞腐れて……悪かったなって……」
その最後の言葉を残し、ディルモットの目から光が消える。
静寂が貧民街に戻る。
風が吹き抜け、瓦礫を冷たく撫でた。
こうして、
貧民街の夜に巻き起こった戦いは──
終幕を迎えた。




