76. 覆い隠された怪物の正体
爆炎の焦げ臭い空気がようやく薄れ、闘いの余韻だけが残る静寂がルーグレムのアジト前を満たしていた。
戦いで荒れた地面にシアンが立ち、その傍らには倒れ伏したアイアンスパートが横たわっている。
戦闘不能になり動作不能となったアイアンスパート、内部からは規則性のない呻き声のような音が漏れていた。
ギギギ……と金属が軋む音。
直後、鎧が装着機能が解除され中から泥と血に濡れた顔が突き出された。
「……や、やるじゃねえか……」
這いつくばるようにして出てきたディルモットは、先ほどとはまるで違う、獣というよりみすぼらしい男の姿だった。
アイアンスパートを失った彼の身体は驚くほど震えていた。さっきまで“異端の怪物”と恐れられていた面影はもはやない。
シアンはその姿を見下ろし、短く告げた。
「終わりだよ……ディルモット」
その声音は怒号でも勝利の宣告でもなく、ただ事実を確かめるような静かさだった。
「いや……ま、待ってくれよ! なあ!」
ディルモットは土を掻きながら縋るように手を伸ばす。もはやプライドなど微塵もない。
「悪かったよ! な? そ、そうだ……俺と組もうぜ! お前と俺なら……あのラッドベイルだってぶっ潰せる!!」
狂ったような提案。
自分を倒した相手へ縋り、自分の保身のために即座にそんな言葉を出す。その節操のなさに、シアンの表情がひどく冷えた。
それでもディルモットは続ける。
「そうだ! お前が欲しがってるの……飛行船の鍵だよな! 持ってくるぜ! なあ、ほんとだ、ほんとに持ってくるから!」
命乞いというより、ただ思いついた言葉を吐き出しているだけだった。
シアンは静かに名前を呼ぶ。
「……ディルモット」
「いやいやいやいや!! 待てよ、待てって!! まだ言わせてくれ! なぁ頼む! 待ってくれよ!!」
言うたびに必死さの質が変わる。
泣き声、怒り声、縋り声、嘘を重ねた笑い声。
そのどれもが薄っぺらく、滑稽で、哀れだった。
さっきまで“異端の怪物”と呼ばれ、部下に恐れられ、街では恐怖の象徴でもあった男が──いまはただの小物。
その変貌ぶりは、見ている者が逆に痛々しくなるほどだった。
シアンの胸に、先ほどまであった怒りは薄れていき、代わりに“憐れみ”が静かに積もっていく。
泥と血で汚れた顔を上げ、ディルモットはシアンの瞳を見つめた。
その瞳に宿る“憐み”を悟った瞬間――。
「な、な……なんだその目は!! やめろ!! そんな目で俺を見るんじゃねェェ!!」
ディルモットは金切り声を上げた。
情緒は完全に壊れ、言葉にならない憤怒と恐怖が混ざり合っている。
「ラッドベイルもそうだった!! 俺を破門にしやがった時……今のお前と同じ目をしてやがった!! クソががァァァ!!」
その言葉で、シアンは悟った。
ラッドベイルがディルモットを追放したのは、恐れたり畏れたからではない。
こいつが弱かったからだ。
虚勢で塗り固め、暴力で自分を誤魔化し、それでいて誰よりも脆い。
威勢の良さも、アイアンパートという鎧も、全部その“弱さ”を覆い隠すためのものだった。
シアンは小さく息をつく。
「もういいよ……」
「へ……? え……? もう……いいって……?」
ディルモットは理解できずに口をパクパクさせた。
「もうお前は負けた。それに、さっきまでのあれを見て……誰もお前を慕ったりしないだろう。ルーグレムは……終わりだよ」
その言葉は残酷でも攻撃的でもなかった。ただ一つの事実でしかなかった。
ディルモットは目を伏せ、震える声で呻く。
「う、ぐ……ぐぅぅ……」
その姿は誰が見ても敗北以外の何ものでもなかった。
シアンは歩き出し、敗者を追い越してアジトの焼け跡へ向かう。
本来の目的──ルーグレムに奪われた、タカカゲの飛行船の鍵を取り返すこと。
そのためにここまで来たのだ。
「鍵は……お前が出てきた部屋にあるって言ってたよな。返してもらうよ」
背中越しにそう言うと、ディルモットは悔しそうに唾を飲み込んだ。
「くそ……クソが……」
だが、その時──ディルモットの濁った瞳に“あるもの”が映る。
瓦礫の間に転がる黒い鉄の塊。
部下たちがシアンとディルモットの戦いに巻き込まれないように逃げ惑う途中に落としたであろう、拳銃。
ディルモットの表情に、ゆっくりと狂気が戻る。
「……くく……くくくく……最後まで……立ってたやつが……勝ちなんだよォ……」
這いずり、泥をかき分け、指先を震わせながら拳銃へ手を伸ばす。
シアンは気付かず、アジトの奥へ歩いていく。
指が銃に触れた瞬間、ディルモットの口元に最低の笑みが浮かぶ。
「……はは……ははははは!! 死にやがれェェェ!!」
シアンが振り向くより早く、銃口が持ち上がった。




