74. 崩壊のアジト、揺らぐ均衡
ルーグレムのアジト内部では、いまだ凄まじい衝撃音と金属のぶつかり合う轟音がこだましていた。
マフィアたちが屯し、酒盛りや悪行の計画が繰り広げられていたその空間は、もはや原型をとどめていない。
壁は砕け、床は抉れ、煙と火花がそこら中で散っている。そこが今、シアンとディルモットの戦場だった。
「ダメだぁ!逃げろおお!!」
シアンの襲撃により気絶していたルーグレムの下っ端たちが次々と目を覚まし、戦いの余波に怯えながら出口へ殺到する。
「おいテメェらァァァ!!どこへ逃げるつもりだァッ!!」
ディルモットが怒号をあげると同時に、アイアンスパートの巨大な腕で部下の一人をつかみ上げ、シアンへ向けて投げ飛ばした。
「っ!」
シアンは寸前で身を翻し、投げられた男はシアンの背後の壁に叩きつけられてそのまま動かなくなる。
「お前! 自分が何してんのか分かってんのかよ!!」
怒りを押し殺しきれずシアンが叫ぶ。
「うるせぇぇぇッ!!こいつらは“駒”なんだよ!どう使おうがオレの勝手だろうがァァァ!!」
ディルモットは狂気を含んだ怒りの表情を浮かべている。
シアンの攻撃が顔面に何度も叩き込まれた結果、プライドを深く傷つけられ、完全に常軌を逸している。
「お前さえ……お前さえ居なければよォォォォ!!!」
怒り狂ったディルモットが、蒸気を噴き上げながらシアンに突進する。
「その言葉、そっくり返してやるよッ!」
シアンは天井近くまで跳躍し、体当たりを回避する。
だがディルモットの突進は止まらない。
完全に制御を失った巨体はそのまま壁に突き刺さり──
ドガァァァン!!
壁ごとアジトの外へぶち抜け、そのまま外の地面に着地した。
「降りて来やがれコラァァァ!!!!」
「言われなくても──行ってやるわ!!」
シアンは崩れた壁から飛び出し一直線にディルモットに向かい、雷光を帯びたパンチを胸元へ叩き込む。
雷撃と衝撃波を巻き起こすが、ディルモットは微動だにしない。
「だからそれは効かねぇんだよォォ!!」
戦場はついに外へと移り、夜の貧民街の空気を巻き込みながら激闘が続く。
ディルモットは吠えるように叫び、アイアンスパートの両腕を変形させた。
内部の蒸気機関が唸り、砲身が回転を始める。
「死にやがれェェッ!!」
ガガガガガガガガッッッ!!
ガトリングが火を噴き、弾丸が雨のようにシアンへ襲いかかる。
シアンは地面を滑るように疾走し、ワイヤーアンカーで街灯を引っかけ、空中へ跳躍し紙一重で弾丸をかわし続ける。
「なんなんだ……なんなんだよテメェはよォォォ!!」
ディルモットの叫びが夜の街に響く。
「さっきお前の部下も、今のお前と同じこと叫んでたぜ!」
シアンは吐き捨てるように言い、雷撃をまとった拳を叩き込むが、やはりアイアンスパートには傷一つ付かない。
(くそ……どう攻めても効かねぇ……!)
その時、ガトリングの弾が外に積まれていたオイル缶を撃ち抜いた。
ドォォン!!
爆炎が上がり、衝撃波がシアンの体を揺らす。
「うおッ!?」
一瞬の視界の揺らぎ。
だがほんの短いその一瞬を、ディルモットは逃さなかった。
「バカめ! 死にやがれェェェェェッッ!!」
アイアンスパートの拳がシアンへ迫る──!
「しまっ──!」
シアンは咄嗟にリベラルナックルを前に構え防御の体勢を取る。
ドゴォォォッ!!
巨大な鉄拳が防御したリベラルナックルの装甲直撃し、衝撃が骨まで響く。
「ぐあぁぁッッ!!」
シアンの体は大きく吹き飛び、地面を転がりながら停止した。
「ぬははははッ!! 防いだところでダメージは入ってんだろォ?」
余裕の声でディルモットが笑う中で、シアンは膝をつきながらリベラルナックルを確認する。
本体に損傷はない。
しかしガードした腕、そして肩と背中にじんじんと痛みが広がっている。
(クソ……奴の露出してる顔面に攻撃を当て続けられれば……でも、一発入れた瞬間に反撃される……このままじゃ押し切れねぇ……!)
ディルモットは勝ち誇ったように近づき、腕を鳴らす。
「どうしたァ!? まさかたった一撃で戦意喪失したんじゃねえだろうなァ!」
「んなわけねえだろうが!」
その時だった。
【……おい】
不意に、頭の奥で誰かの声が響いた。
「……っ!」
反射的に辺りを見回す。
だが、そこには砕けた建物と立ち上る煙、そして目の前で嗤うディルモットしかいない。
【そんな扱いをされちゃ困る】
その低く落ち着いた声は、男とも女ともつかない不思議な響きだった。
(誰だ……!?)
シアンの鼓動が一瞬だけ乱れる。
【目の前ばかり見るな】
【お前は、もう答えを持っている】
その言葉だけを残し、声は静かに途切れた。
「……答え?」
シアンは息を整えながら視線を巡らせる。
壊れた街。爆炎。アイアンスパート。
「答えってなんだよ……」
無意識に胸へ添えた左手。
胸元に伝わる硬い感触。
ポケットへ触れた指先が、小さな円筒を捉える。
「……!」
スチーム・ブランク。
動力プラントでオートマトンを停止させた、あの一本。
ディルモットが笑う。
「どうしたァ? 立ったまま考え事かァ?」
シアンはゆっくりと立ち上がる。
視線はアイアンスパートへ。
(蒸気圧で動く機械なら——)
胸の奥で、確信が形になっていく。
(効くかもしれない)
握った拳に、再び力が宿る。
炎に照らされながら、シアンの瞳が鋭く光った。




