表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第2章、夢と決意を乗せて
PR
65/114

65.蒼天を取り戻す者たち

アマテラスに支えられながら、タカカゲは格納庫の床に横たわっていた。


かつては自分の夢を乗せ、どこまでも青い空へ飛び立つはずだった場所は、今では壊れた機材と散らばった金属片に埋め尽くされている。

鼻を刺すのは、破壊された機械から漂う鉄の匂いと古い油の臭いだった。

 

そこには本来、空へ向かう希望に満ちた場所にあるはずの明るさはなく、誰かの大切なものを踏みにじった後だけが、重く沈んだ空気となって残っていた。


そんな静まり返った格納庫の中に――。


コツ……コツ……と、小さな足音が響く。


その音に気づいたタカカゲがゆっくり顔を上げると、薄暗い灯りの中から、シアンが彼に向かって歩いてきた。


左腕の義手が動くたび、内部の歯車が小さく噛み合い、低い機械音を鳴らす。

その金属の輝きは、壊れた飛行船の残骸を照らすわずかな光のようだった。


普段なら軽口を叩き、どこか飄々としている青年。


しかし今のシアンの表情には、いつもの柔らかさはなかった。


目の前で誰かの大切なものを奪われた怒り。

そして、それを見過ごすことができない強い意志。


その二つが、まっすぐ瞳の奥に宿っていた。


シアンはタカカゲの前にしゃがみ込み、同じ目線になる。


「タカカゲさん……だったよな」


静かな声だった。


「……あんた、このままでいいのか?」


荒い呼吸を繰り返していたタカカゲは、驚いたようにシアンを見る。


床についた手には力が入り、汚れた指先が震えていた。

悔しさも、怒りも、そしてどうすることもできなかった自分への情けなさも、すべてそこに滲んでいる。


「このままでいい……というのは……どういうことだ?」


掠れた声で問い返す。


するとシアンは、ゆっくりと後ろにある飛行船へ視線を向けた。


「どういうこともねえよ」


そして親指で、壊された船体を指す。


「このままやられっぱなしでいいのかって聞いてんだ」


傷だらけになった外装。

叩き壊された機械。

奪われた鍵。


そのすべてを見つめながら、シアンは続ける。


「あんたの夢も……あんたの相棒も……」


義手の指が、ぎり、と小さな音を鳴らした。


「こんな雑な暴力で壊されて、本当にいいもんなのか?」


その言葉は怒鳴り声ではなかった。


けれど、静かな分だけ強く響いた。


まるでタカカゲ自身が奥底に押し込めていた気持ちを、無理やり引き出すような声だった。


シアンは壊れた飛行船を見る。


「あんたの“相棒”……」


少しだけ目を細める。


「あいつだって、きっと納得なんかしてねえよ」


タカカゲの瞳が揺れる。


「こんな終わり方でいいわけねえって……そう思ってるはずだ」


静かな言葉だった。

しかしその一言一言が、消えかけていた火種へ少しずつ風を送っていく。


「どうなんだ、タカカゲさん」


シアンはもう一度問いかけた。


「あんたは……このままやられっぱなしで、本当に終わるのか?」


その言葉に、ルシアが慌てて前へ出る。


「シアンさん……! この方はこんなに傷を負っているんです! 今そんなことを言うのは――」


だが、その声を遮るように。


「お、俺は……」


タカカゲの口から、震える声が漏れた。


アマテラスも心配そうに近づく。


「タカ……無理をしないで」


そしてシアンを見る。


「シアンくん、彼女の言う通りだよ。今はそんな――」


しかし、その瞬間だった。


タカカゲの拳が強く握りしめられる。

震えていた手が、今度は別の理由で震えていた。


「……俺は」


絞り出すような声。


「俺は……!」


次の瞬間。


「このままじゃ終われない!!」


叫び声が、静まり返った格納庫全体に響き渡った。


涙。

悔しさ。

そして、もう一度立ち上がるための決意。


それらすべてが混ざった叫びだった。


「俺は空を飛びたい……!」


タカカゲは壊れた飛行船を見る。


「たくさんの人に……あの空の青さを知ってほしいんだ!」


震える声で、それでもはっきりと言葉を続ける。


「親父が残した夢を……俺は叶えたい!」


そして、壊れた相棒へ手を伸ばす。


「俺の飛行船……メンデルスゾーンを……絶対に、もう一度空へ上げたい!」


その言葉を聞いたアマテラスは、胸元へ手を当てた。


長い付き合いだからこそ知っている。


この男が、どれほどその夢を大切にしてきたのかを。


グレンダも腕を組みながら、静かに頷いていた。


そして――。


「決まりだな」


シアンが立ち上がる。


「ばあちゃん、カイ」


呼ばれた二人へ向けて、迷いのない笑顔を向けた。


グレンダは壊れた飛行船へ歩み寄ると、巨大な船体へそっと手を触れる。


「ふーむ……」


指先で傷をなぞる。


「派手にやられてるねぇ」


けれど、その声には悲観はなかった。


「普通なら修理には時間も金も山ほどかかる」


そして船体を軽く叩く。


「だがね」


グレンダは笑った。


「今ここには、何でも屋のスチーム・フィールドがいる」


「お前さんの相棒、ちゃんと空へ戻してやるさ」


そして横を見る。


「なあ、カイ?」


カイはすでに飛行船の周囲を確認していた。


「うん……!」


目を輝かせながら頷く。


「外装はかなり壊れてるけど、内部機関の重要部分は無事だよ!」


「制御管を直して、外装を補強すれば……」


カイは拳を握る。


「数日でいける!」


その言葉に、タカカゲは唇を噛んだ。


「でも……俺には……修理費なんて……」


するとグレンダは、静かに首を振る。


「これは、お前さんの夢なんだろう?」


優しい声だった。


「アタシはね、人の夢に値段なんかつけられないよ」


その瞳には、長い人生を歩んできた者だけが持つ強さがあった。


「ましてや……誰かを幸せにするための夢ならね」


タカカゲの目から、再び涙が落ちる。


「……ありがとう」


小さな声だった。


けれど、その言葉には心からの感謝が込められていた。


「ルシア」


グレンダが振り返る。


「悪いけど、お前さんも手伝ってくれるかい?」


「は、はい!」


ルシアは迷うことなく頷いた。

その瞳には、もう旅の同行者としての覚悟が宿っていた。


シアンはタカカゲへ向き直る。


そして拳を軽く突き合わせた。


「てわけだ」


「俺たちが、あんたの夢を繋げる」


「……いいだろ?」


タカカゲは涙を拭いながら、何度も頷いた。


「ありがとう……」


しかし。


シアンの表情は、すぐに引き締まる。


「で――」


低い声で続ける。


「鍵を奪ったルーグレムの奴らは、どこにいるだ?」


その問いに、アマテラスの顔が強張った。


「ルーグレムなら……ここから少し行った貧民街に根城があるんだけど——」


そして慌てて続ける。


「まさか……シアンくん、一人で行くつもりじゃ!?」


シアンは静かに笑った。


「アマテラスさん……タカカゲさんの手当は任せます」


そして義手を握る。


「——俺なら、大丈夫です」


穏やかな声だった。

だが、その瞳の奥には揺るがない炎が灯っていた。


誰かの夢を踏みにじる奴を、放っておくことはできない。

義手の歯車が低く唸り、格納庫の薄暗い灯りの中で静かに輝く。


奪われた夢を。


失われかけた希望を。


もう一度、空を愛する男の胸に取り戻すために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ