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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第2章、夢と決意を乗せて
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53.自由なる拳

リオンズ・ピットの店内には、油と金属が混ざり合った独特の香りが満ちていた。


壁一面に並ぶ蒸気義肢や蒸気兵装はどれも丁寧に磨き上げられ、工房の奥からは工具のぶつかり合う乾いた音が一定の調子で響いている。


そんな光景を前にすると、シアンの足取りは自然と軽くなっていた。

棚から棚へ視線を走らせ、そのたびに目を輝かせては兵装を手に取る。


「おっ、これ!」


一本の兵装を持ち上げると、懐かしそうに口元を緩めた。


「この型、まだ残ってたのか」


その声を聞きつけたリオンが、すぐ隣までやって来る。


「見る? それねぇ、ドリルに変形するんだよ!」


兵装の側面にあるレバーを勢いよく倒す。


ガシャンッ――。


重たい金属音とともに先端が回転式のドリルへ姿を変えた。


「おぉ!」


思わずシアンが声を上げる。

まるで子どもの頃に憧れのおもちゃを見つけたような表情だった。


「んふふー。かっこいいでしょう?」


得意げに胸を張るリオンだったが、その隣ではファントムが小さく額へ手を当てていた。


「リオンちゃん」


「なに?」


「それ、右腕用」


「……あっ」


「しかも重量オーバー。シアンくんが付けたら肩から先ごと持っていかれるわ」


「えぇ〜!」


兵装を抱えたまま頬を膨らませる。


「でも見た目は最高じゃん!」


「まず実用性」


「夢がないなぁ」


「現実派なの」


二人のやり取りに、シアンは肩を揺らして笑った。


「リオン姉さん相変わらずだなぁ」


「それ絶対バカにしてるよね!?」


リオンがペンチを構えて追いかけようとすると、ルシアは我慢ができなくなり吹き出した。


工房には金属音と笑い声が心地よく混ざり合っていた。

その後もシアンは棚を巡りながら、次々と兵装を手に取っていく。


軽量型。


高出力型。


射出機構付き。


どれも優秀な兵装ばかりだった。

だが、実際に手へ取るたび、どこか違うという感覚が残る。


「うーん……」


腕を組みながら首をひねる。


「悪くないんだけど、決め手がねぇなぁ」


リオンも腕を組んで唸る。


「この辺は全部売れ筋なんだけどねぇ」


その時だった。


「……あれ?」


ルシアが小さく声を漏らした。


視線の先にあったのは、店の隅の棚のさらに奥。


半ば物置になっている場所へ、一本だけ灰色の兵装が静かに立て掛けられていた。


長い年月を誰にも触れられなかったのだろう。

薄く積もった埃が、その静かな時間を物語っている。


「シアンさん」


ルシアがそっと呼ぶ。


「これ……」


シアンも歩み寄った。


ルシアは袖でそっと表面を撫でる。


さらり、と埃が舞い落ちる。


灰色の装甲が静かに姿を現した。

陽射しを受け、刻まれていた文字がゆっくり浮かび上がる。


《Liberal Knuckle》


「リベラル……ナックル」


ルシアが静かに読み上げる。


「自由なる拳……」


シアンは吸い寄せられるように兵装へ手を伸ばした。


冷たい金属だった。

 

それなのに、不思議とその冷たさは嫌ではない。

手のひらへ伝わる感触に、自然と口元が緩む。


「……なんだろうな」


誰へ向けるでもなく呟く。


「妙に惹かれる」


その声にリオンが振り返った。


「あっ!」


目を丸くする。


「灰色くんだ!」


駆け寄ると、懐かしそうに装甲を優しく撫でた。


「そんなところにいたんだねぇ」


「知ってるのか?」


「もちろん、ここはアタイのお店だもん!」


懐かしそうに笑う。


「お父さんがお店をやってた頃からずっとある子なんだ」


「ずっと?」


「うん。いつの間にか奥へしまい込んじゃって、そのまま忘れちゃってた」


その兵装を見つめたまま、ファントムの足が止まる。


静かな表情のまま近づき、両手で受け取った。

裏返し、内部をじっくり覗き込む。


しばらく誰も口を開かなかった。


やがてファントムは、小さく息を吐く。


「これ、まだ残っていたのね」


ルシアが静かに尋ねる。


「ファントムさん、この蒸気兵装は?」


ファントムはゆっくり頷いた。


「大戦真っ只中に造られた試作兵装よ」


指先で内部の歯車を優しくなぞる。


「でも、実戦へ投入される前に戦争が終わってしまったの」


その横顔には、どこか懐かしさが滲んでいた。


「だから現存しているだけでも珍しい兵装なの」


さらに内部を見つめ、小さく微笑む。


「しかも、この中には今では誰にも再現できない技術が残されている」


「ロストテクノロジーってやつか……」


シアンが思わず呟く。


「ええ」


静かに頷く。


「今では修理も再現もできない、本当の意味での失われた技術よ」


ルシアはもう一度、兵装へ視線を落とした。


「リベラルナックル……」


優しく微笑む。


「なんだか、シアンさんにぴったりの名前ですね」


その一言に、シアンも自然と笑みを浮かべた。


「そうかもな」


灰色の兵装を見つめる。


「なんかさ、こいつが俺を呼んでる気がする」


リオンが嬉しそうに笑った。


「付けてみる?」


「うん、頼むよ!」


「任せてよお!」


作業台へ案内される。


壊れた《Mark.Ⅲ》の代わりに、灰色の兵装が慎重に固定されていく。


工具の音だけが静かに響いた。


「あと少し……」


最後の固定具を締める。


カチリ——。


乾いた音が店内へ響く。


その瞬間だった。


灰色の指先が、ぴくりと小さく動く。


シアンはゆっくり拳を握り、そして開く。


違和感は、まるでなかった。


腕を振る、肘を曲げる、指を一本ずつ動かしてみる。


どれも自分の身体そのもののように応えてくれる。


「……軽い」


思わず漏れた声だった。


「反応も速い」


何度も拳を握り直す。


「Mark.Ⅲには悪いけど……」


左腕を見つめ、自然と笑みがこぼれた。


「生の自分の腕が戻ってきたみたいだ」


その表情を見て、ルシアも嬉しそうに微笑む。


「良かったですね」


「よし! 決めたよ!」


迷いはもうなかった。


灰色の拳を軽く叩く。


「こいつにする」


リオンとファントムも顔を見合わせ、小さく笑う。


作業台の上に置かれた、壊れたMark.IIIににシアンは目を落とす。


「ありがとな……Mark.III」


そして新しい左手になった兵装を見つめながら呟く。


「よろしくな、リベラルナックル」


「それじゃ、お会計だけど……」


リオンがファントムを見る。


ファントムは少しだけ申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「……四百八十万クロノ」


店内の空気が止まる。


「…………は?」


シアンの笑顔が固まった。


「よ、四百八十万!?」


思わず声が裏返る。


「ロストテクノロジー入りだからね」


ファントムが苦笑する。


「今では修理も再現もできないもの」


「そりゃ高いわ……」


リオンも肩をすくめた。


しばらく黙っていたシアンだったが、やがて観念したように笑う。


「……まぁ、仕方ねぇか」


懐へ手を入れ、分厚い札束を取り出す。


そして。


ドンッ。


勢いよくカウンターへ置いた。


「ばあちゃん、ありがとな」


リオンの目が点になる。


「えっ」


ファントムも固まる。


「えぇぇぇっ!?」


「シアンくんが現金一括!?」


驚きの声が工房いっぱいに響いた。


シアンは照れくさそうに肩をすくめる。


「言っただろ」


灰色の拳を高く掲げる。


「臨時収入ってやつだ」


午後の陽射しが灰色の装甲を照らす。


内部で歯車が静かに噛み合い、小さな蒸気が巡り始める。


長い眠りから目を覚ましたその拳は、新たな主の手の中で確かな鼓動を刻み始めていた。


シアンはゆっくりと拳を握りしめる。


「これから、頼むぜ」


その小さな呟きに応えるように、灰色の拳は静かに蒸気を吐いた。

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