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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第2章、夢と決意を乗せて
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52.リオンズ・ピット

サルバトーレを出たシアンとルシアは、昼下がりのアルディスを並んで歩いていた。


白い蒸気が街路をゆるやかに流れ、路面電車のベルが軽やかに鳴り響く。


鍛冶屋では金属を打つ甲高い音が響き、パン屋の店先からは焼きたての香ばしい匂いが漂ってくる。


昼を迎えた街は、今日も変わらず活気に満ちていた。


「おっ! シアンじゃねぇか!」


魚屋の主人が威勢よく手を振る。


「こんな時間に珍しいな! 今日は休みか?」


「ああ、臨時休業だ」


シアンも気軽に片手を上げて笑う。


その姿を見つけるたび、八百屋の女将が声をかけ、煙草屋の老人が軽く帽子を持ち上げる。


「また飲みに来いよ!」


「今度はツケ払えよー!」


「うっせぇ!」


笑いながら返すシアンに、街のあちこちから笑い声が返ってきた。


その様子を、ルシアは少し後ろから眺めていた。


帝都にも人気者はいた。

けれど、それは立場や肩書きによるものだった。


シアンが向けられている笑顔は違う。

この街で積み重ねてきた時間そのものが、人との繋がりになっている。


そんな温かさが伝わってきた。


人混みへ差しかかった時だった。

路面電車がベルを鳴らしながらゆっくりと横を通り過ぎる。


「おっ、そこ気をつけろ」


シアンは何気ない仕草でルシアの腕を軽く引き、自分の隣へ寄せた。


それだけだった。


何事もなかったようにまた歩き出す。


「……ほんと、いい人だな」


思わず漏れた小さな独り言。


「ん?」


シアンが振り返る。


「何か言ったか?」


「い、いえ! 何でもありません!」


慌てて首を振るルシアを見て、シアンは首を傾げながらも笑った。


「はぁ……」


歩きながら大きく伸びをする。


「こんだけ金があるなら、ギアスミスじゃなく酒場に行きたかったなぁ」


「ダメですよ」


ルシアは思わず笑う。


「グレンダさんに怒られちゃいますよ」


「うぐっ……それは困る」


シアンも苦笑した。


二人は笑い合いながら角を曲がる。


やがて、一軒の店が見えてきた。


真鍮の歯車を模した看板には丁寧な手書きも文字が書き記されていた。


《リオンズ・ピット》


ショーウインドウには大小さまざまな蒸気義肢や蒸気兵装が飾られ、磨き上げられた金属が昼の陽射しを受けて美しく輝いていた。


「着いた」


シアンが足を止める。


「ここが俺の贔屓にしてる機肢屋だ」


扉を押して中へ入ると、油と金属が混ざり合った独特の匂いが鼻をくすぐる。


壁一面には義手や義足が整然と並び、棚には大小さまざまな歯車や蒸気管が所狭しと積み上げられていた。


「おぉ……」


シアンの目が一気に輝く。


「これ、大戦時代の蒸気兵装じゃねぇか!」


まるで玩具屋へ来た子どものように棚へ近寄る。


その背中へ、軽やかな笑い声が飛んできた。


「ふふっ。相変わらず好きだねぇ」


工具を片手に現れたのは、一人の女性だった。


「リオン姉さん!」


シアンがぱっと表情を明るくする。


リオンズ・ピット店主、リオン。


アルディスでも腕利きと評判の機肢職人。

肩まで伸びた青色の髪を後ろでひとつに束ね、作業着の袖を無造作にまくっている。


二十代半ばほどの年齢だろうか。

人懐っこい笑顔がよく似合う、活発そうな女性だった。


「シアンくん、よく来たね!」


笑顔で近づいたリオンは、壊れた左腕を見た瞬間に目を丸くした。


「って、その腕どうしたの!?」


壊れた《Mark.Ⅲ》を両手で持ち上げる。


「あちゃぁ……見事にやっちゃったねぇ」


焦げた装甲や歪んだ機構を見つめ、困ったように笑う。


「グレンダさんとカイくんが一生懸命作った子でしょ? もっと大事にしなきゃ」


叱る口調なのに、その瞳には心配の色が浮かんでいた。


「悪ぃ悪ぃ」


頭をかきながら笑うシアン。


「……ん?」


そこでリオンはルシアへ目を向ける。


「珍しいねぇ。シアンくんが女の子を連れてくるなんて」


そう言って気さくに手を差し出した。


「アタイはリオン。よろしくね」


そう言って気さくに手を差し出す。


「この店でギアスミスをやってるんだ」


「ギアスミス……?」


聞き慣れない言葉に、ルシアが小首を傾げる。


「ああ、義肢屋の職人のことさ」


リオンはにっと笑った。


「なるほど」


ルシアは納得したように頷く。


「そんで、ルシアちゃんは?」


リオンが興味津々といった様子で尋ねた。


「どんなお仕事してるの?」


突然話を振られたルシアは少しだけ困ったように笑う。


「えっと……今はグレンダさんから、シアンさんのお世話をお願いされています」


「お世話?」


リオンが目を丸くする。

ルシアは少し言い直すように微笑んだ。


「監視、でしょうか」


その瞬間、リオンは吹き出した。


「監視!? はははっ! 確かにこの子、目を離すとすぐフラフラするもんねぇ!」


「くっ、リオン姉さんもその認識なのかよ」


シアンが不満そうに口を尖らせると、店内に笑い声が響いた。

 

「ほいで、今日はどうしたの?」


「実は、新しい蒸気兵装を買いに来たんだ」


シアンは左腕を軽く持ち上げる。


「だからさ、これ外してくれないかな?」


「ほおほぉ!」


リオンは感心したように笑う。


「金欠王のシアンくんが新品を買うなんて珍しいじゃない」


「臨時収入が入ってな」


「なるほどね」


工具箱を開き、手慣れた様子で留め具を外していく。


金属が小気味よく鳴る。


「神経の接続は無事だね」


安心したように頷いた。


「これならすぐ付け替えられるよ」


その様子を見つめながら、ルシアが興味深そうに尋ねる。


「あの……蒸気義肢や蒸気兵装って、どういう仕組みで動いているんですか?」


「あー……えっとねぇ……」


リオンは工具を持ったまま首をひねる。


「あれがこうなって……それで、こう!」


うまく説明ができずにいたその時、工房の奥から澄んだ声が響いた。


「リオンちゃん。説明できてないわよ」


振り返ると、一人の女性が静かに歩いてくる。


黒いエプロンを身につけ、長い金髪。

落ち着いた物腰と知的な眼差しが印象的で、明るく快活なリオンとは対照的な雰囲気をまとっている。


「ファントムさん!」


シアンが笑顔を向ける。


「こんにちは、シアンくん」


リオンと共にリオンズ・ピットを支える技術主任、ファントム。


工房の機械設計から蒸気兵装の調整まで担う、この店の頭脳とも呼べる存在だった。


ファントムはルシアへ視線を向け、穏やかに微笑む。


「内部の炉でコンドライトって特殊な鉱石に圧力をかけて蒸気を作るの。その蒸気がピストンを動かして、人間の筋肉の代わりをしているのよ」


ルシアは目を輝かせる。


「感覚神経とは接続しているから、自分の腕と同じように動かせるわ。でも、痛覚までは再現していないの。だから限界を超えて動かしてしまう人も少なくない」


「なるほど……」


「それに加熱しすぎると神経回路そのものが焼き切れてしまうから、扱いには細心の注意が必要なのよ」


感心したように頷くルシア。


リオンは頭をかきながら照れ笑いを浮かべた。


「ほらねぇ、アタイは感覚派だから」


「知ってる」


ファントムは苦笑する。


「だから値段を間違えないように気を付けてね」


「そんなことしないって!」


「じゃあ試してみる?」


ファントムは棚の義手を持ち上げる。


「これは?」


リオンは胸を張った。


「ビーフストロガノフ! 六百クロノ!」


「それ料理!」


ファントムが額を押さえた。


「しかも安すぎ!」


店内に笑い声が響く。


ルシアも肩を震わせ、シアンは腹を抱えて笑っていた。


笑いの余韻が残る中、リオンは棚いっぱいに並ぶ蒸気兵装へ手を広げる。


「さぁて」


にやりと笑った。


「新しい相棒、探そうか」


「もちろん」


ファントムも静かに頷く。


「うちで一番いい子たちを紹介してあげる」


「ありがと」


シアンは並べられた蒸気兵装へ視線を向ける。


その瞳は、新しい相棒との出会いを心から楽しみにする少年のように輝いていた。


油の香り。

磨き抜かれた金属の輝き。

工房に響く笑い声。


《リオンズ・ピット》には、機械だけではなく、人の温もりも確かに息づいていた。


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