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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第2章、夢と決意を乗せて
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50.蒸気の街の午後

食事を終えたサルバトーレの窓際の席には、穏やかな時間が流れていた。


テーブルの上の空になった皿が、ラファエルが慣れた手つきで一枚ずつ片付けていく。

 

窓から差し込む昼の光が、湯気の残るカップを淡く照らしていた。

店の外では、人々の足音や蒸気機関の駆動音が絶え間なく響いている。

 

朝の静けさはすでに消え、アルディスはいつもの活気を取り戻していた。

それでも、グレンダのお気に入りだという窓際の席だけは、不思議なほど落ち着いた空気に包まれていた。


カップの紅茶をゆっくり揺らしながら、グレンダが口を開く。


「さて……。これからのことを考えないといけないんだが——」


その言葉に、シアンが顔を上げる。


「まず最初に、シアン」


グレンダの視線が、彼の左腕へ向いた。

 

そこには完全に壊れ、もうピクリとも動かない蒸気兵装《Mark.Ⅲ》がある。

装甲は裂け、内部の歯車が露出し、焼け焦げた蒸気管からはもう煙すら出ない。


「その腕をどうにかしな」


「やっぱそこだよなぁ……」


シアンは左腕を持ち上げ、苦笑する。


「もうほとんど動かねえし、さすがに今回は無茶しすぎた。ホントにごめん」


「分かってるならいいさ。今後は気をつけるこった」


グレンダはため息をつきながらも、どこか安心したように笑う。


「ただ、これは簡単な修理じゃ済まない」


「え? ばあちゃんが直すか、作ってくれんじゃないのかよ?」


「直すには内部の損傷が大きすぎる。作るにしても時間がかかるだろうね」


そう言って、グレンダは少し考えるように目を細めた。


「それに……蒸気の心臓について、いろいろと調べる時間が欲しい」


その言葉に、シアンの表情が変わる。


「じゃあ、もしかして……」


「ああ」


グレンダは頷いた。


「今回は機肢屋へ行ってきな」


「機肢屋、ねぇ……」


聞き慣れない言葉に、ルシアが首を傾げる。


「それは、どういった場所なのですか?」


グレンダが説明する。


「蒸気義肢や蒸気兵装を専門に扱う職人たちの店さ」


「修理、調整、改造……。もちろん新しく買い換えることも出来る」


ルシアは納得したように頷く。


「専門の職人がいるのですね」


「ああ。ただ——」


シアンが苦い顔をする。


「問題は値段なんだよなぁ。蒸気義肢ならまだしも、蒸気兵装はべらぼうに高いんだよ」


その一言に、グレンダは小さく笑った。


「そこなら心配いらないよ」


そう言って、持っていた鞄を開く。

中から取り出されたものを見て、シアンの目が見開かれた。


「……は? はぁぁぁ!?」


そこにあったのは、厚みのある札束。


「ちょっと待て!」


シアンが身を乗り出す。


「なんだよその量!?」


札束には金色の帯が巻かれている。


「今回の依頼の前金の一部さ」


グレンダは何でもないことのように言う。


「五百万クロノある」


「ご、五百万!?」


シアンの声が店内に響く。


「いや待て待て! これで“一部”ってどういうことだよ!?」


隣ではカイまで目を丸くしている。


「えっと……僕のお菓子が百二十クロノだから……」


小さな指で計算を始める。

しばらくして、カイの顔が青ざめた。


「何年分なんだ……」


「考えるなカイ」


シアンが肩を叩く。


「大人の世界には知らない方がいい金額がある」


「兄貴も知らない側でしょ。酒場の人たち、いつも兄貴がツケにしてるって言ってたよ」


「うっせえわ!」


ルシアは思わず笑ってしまった。


さっきまで命懸けの戦いをしていたとは思えない。


この三人は、本当にこういう人たちなのだ。

どんな危険があっても、少し過ぎたら笑い合える。


「それで?」


シアンが札束を睨む。


「ばあちゃん、今まで一体いくら稼いでたんだ?」


グレンダはニヤリと笑った。


「それはね」


「アタシが死んで、お前さんが店を継いだ時に分かるさ」


その瞬間、シアンの表情がわずかに曇った。


「……死ぬとか、そういう言葉出すの反則だろ」


グレンダは一瞬だけ目を細める。

そして、いつもの調子で笑った。


「なんだい、そんな顔するんじゃないよ。こんな冗談で黙るようじゃ、まだまだ子供だね」


「言っていい冗談と悪い冗談があんだろ」


そう言いながらも、シアンの声には少しだけ安心が混じっていた。


そのやり取りを見ていたルシアは、また自然と微笑んだ。


帝都にはなかったもの。


こういう何気ない時間。それが、この街にはある。


「さて、ルシア」


グレンダが声をかける。


「は、はい!」


「疲れてるところ悪いが、もう少しこのバカに付き合ってやってくれるかい?」


「一人にすると、この金を変なことに使いそうだからね」


「俺を何だと思ってんだよ! ……ちょっとだけちょろまかそうとしたけども」


ルシアは思わず背筋を正した。

 

「はい。喜んでご一緒します」


「さて、そうとなれば店を出て各々やらなきゃ行けない事をやろうじゃないか」


グレンダが会計に向かおうと立ち上がったその時だった。


「あらぁぁぁ♡?」


店の奥から、声が響いた。


四人が振り向く。


ラファエルが満面の笑みで立っていた。


「もう帰っちゃうのぉ♡?」


「せっかく来てくれたんですもの♡ 帰る前に占ってあげるわ♡」


シアンの顔が引きつる。


「……嫌な予感しかしねぇ」


グレンダは肩を揺らして笑った。


昼下がりのサルバトーレに、再び明るい笑い声が響く。

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