43.沈黙の水路
崩れ落ちる大空洞をくぐり抜けた先、三人がたどり着いたのは、光ひとつない静寂の闇だった。
耳鳴りだけが残り、しばらくは誰も声を発せなかった。
「……ふぅ、何とか助かったな」
シアンが息をつきながら背を壁に預け座り込む。
壊れた左手からは、まだ白い煙が上がっていた。
セカンド・パイルの反動で内部機構は完全に破損し、指一本動かすこともできない。
それでも、命があるだけで十分だった。
「カイ、ルシア……。二人とも無事か?」
暗闇の奥へ向かって声を投げる。
「はっ、はい! 大丈夫です! でも、何も見えませんね……」
ルシアの声がすぐ傍から返る。
「僕も大丈夫! でもギアランナー、ここに転がり込んだ時に壊れちゃったみたいで動かないや……」
カイの声も続き、三人の位置関係がなんとなく掴めた。
「さて、と……。ここはどこなんだ?」
シアンは首から下げていたゴーグルを装着し、暗視モードを起動する。
蒸気の微光を拾いながらも、即座に暗視装置特有の薄緑色の景色が視界が浮かんだ。
「……ここは、そうか。まさか、こんなところに通じてたとはな」
かすかな笑みが漏れる中、カイはシアンに渡されていた工具箱の中を漁って、ランタンを取り出した。
「兄貴、ランタンあったから火をつけるよ?」
「ああ。つけたらお前もルシアもきっと驚くぞ」
火を灯すと、ぼうっと橙の光が壁を照らす。
現れたのは、無数のアーチと水路が交錯する古びた通路。
天井には配管が張り巡らされ、足元では冷たい水がゆっくりと流れている。
それは少し前、バーンとガルドが小型艇で通って行ったアルディス地下の旧水路だった。
「うわぁ! なにここすごーい!」
「ここは……アルディスの地下ですか?」
ルシアが息をのむ。
「うちの店の地下にも繋がってるやつだ。まあ、どう進んだら着けるかは分からねえけど」
ゴーグルを外しながらシアンは、カイとルシアに笑いかけた。
「でも、とりあえずはこの水路を辿ればどこかの出口に出られるはずだ。閉じ込められずに済んでよかったな」
その言葉にカイは、ほっと胸を撫で下ろした。
「助かったぁ……でも、兄貴の手……」
カイが心配そうに左手を見つめる。
「気にすんな。あとでばあちゃんに見せりゃ、きっとなんとかしてくれる」
軽く左手を振って見せたものの、シアン自身この手がもう二度と動かないことを何となく悟っていた。
沈黙を破るように、シアンがふとルシアへ視線を向ける。
「ルシア……。お前、これからどうするつもりだ?」
「どう、とは……?」
ルシアは少しだけ息を飲んだ。
「港の軍艦に戻ればお前はきっと捕まるだろう。お前の父親のこと、あの二人は“傀儡”と呼んでた。大人しく帰ったところで、無事に済むとは思えねえ」
その言葉に、ルシアの表情が翳る。
揺れる瞳。彼女はもはやただの元帥の娘ではいられなかった。
シアンは静かに続ける。
「だから……。俺から提案がある」
シアンがそう言うとルシアは彼の瞳を見つめた。
「ここから先も、俺たちと一緒に来ないか?」
突然の提案にルシアは目を丸くする。
「出会ったばかりで信じきれないかもしれねえが、少なくとも俺たちはお前に酷いことはしない」
そう言って口元に笑みを浮かべる。
「約束するよ。カイもばあちゃんも含めて、俺たちは困った人を見捨てるような連中じゃない」
シアンの言葉に、カイもすかさず頷いた。
「そうだよ! 一緒に来ようよ、お姉ちゃん! グレンダさんには怒られるかもしれないけど、兄貴と僕でなんとかする!」
少年らしい笑顔に、ルシアは思わず目を伏せる。
ほんの一瞬、彼女の胸を温かい何かが過ぎった。
「ルシア、どうだ?」
「ねえねえ! 一緒に行こうよ!」
帝都ではしばらく感じたことのない、人の“信頼”の温度だった。
しばしの沈黙のあと、ルシアは決意を固め静かに口を開いた。。
「お願いします……。それに、このまま戻ったら……きっと私はあなたたちのことまで追及されてしまうでしょうから」
その言葉に、シアンとカイは顔を見合わせて笑った。
「決まりだな。ようこそ、スチーム・フィールドへ」
「わぁい! 仲間が増えた!」
カイのはしゃぐ声が水面に反射して、遠くの闇まで響いた。
ランタンの灯りが照らす水路の奥。
冷たい風が吹き抜け、古い鉄の匂いとともに希望の匂いも混じる。
「行こう。ここを抜ければきっと夜明けが待ってるはずだ」
シアンが立ち上がり、壊れた左手を少しだけ撫でた。
「でもさ、兄貴……こんな事勝手に決めたらグレンダさん、怒るよね」
「そうだろうなあ。ばあちゃんの説教は地獄より長ぇ。
なんとかルシアのことは上手く言いくるめねえとな」
そう言って笑い合う二人の横で、ルシアはそっと目を細める。
この奇妙な二人となら、世界を信じられる気がした。
蒸気の滴る音が響く。
沈黙の水路を、三つの影がゆっくりと歩き出した。




