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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第1章、運命の鼓動
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42/119

42.崩壊の大空洞

崩れ落ちる大空洞の中、シアンとラルゴは睨み合う。

二人の間に吹き荒れる風は、もはや空気ではない。

 

瓦礫の粉塵と蒸気の熱が混じり合い、まるで金属の叫びのように空間を震わせていた。


「ならば……足掻いてみろ!」


シアンを睨みつけながら、一歩前へと動き出そうとした瞬間。


ドゴオォォォンッッ!!


轟音と共に天井から巨大な岩塊が落下し、二人の間を完全に遮断した。


「うおッ! 危ねぇッ!」


「くっ! 奴らが見えん!」


視界を奪う粉塵の中で、お互いの姿はもう見えない。

大岩で塞がれた向こう、シアンたち側から声が響いた。


「シアンさん! 早くこちらへ!」

 

空気の流れが集まる暗がりの隙間の前から、ルシアが必死にシアンを呼んでいる。

隣では、カイが隙間を広げようとギアランナーを装備した腕で亀裂の周りを必死に叩いていた。


「すぐに行く!」

 

天井から崩れ落ちてくる石や岩をかわしながら、シアンは息を荒げて駆け出した。

左手は限界を超え、内部のピストンが駆動する度にエーテルの白い光がか細く、不規則に漏れ出る。


ラルゴも崩落に巻き込まれぬよう急いで踵を返し、倒れたスピアーに駆け寄り、素早く彼を肩に担ぎ上げた。

その表情は悔しさと同時に、冷徹な判断を湛えている。

 

勝ち負けではない。

今は、生き残ることが最優先だ。

 

だが——、抑えきれない気持ちが彼の足を止め、そしてその口を開かせた。


「スモーク・ウォーカー!!」

 

崩落の轟音に負けじと、ラルゴがシアンの名を呼ぶ。

その声には怒りでも恨みでもなく、闘士の敬意があった。


「この先もし、蒸気の心臓を欲する我ら軍と対立し続けるなら!」

 

ラルゴの声が岩壁に反響する。

 

「また必ず邂逅するだろう!」


ラルゴは崩落する大空洞を睨む。


「その時は、このラルゴ・ドレイクが相手となる!」


そして踵を返し、動力プラントへと続く元来た道を歩く。


「この名を……決して忘れるなッ!!」


シアンは声には振り向かず、ただ短く吐き捨てた。

 

「……厄介な奴に目をつけられちまったな」


瓦礫の雨が降る中、ようやくルシアたちの元へ辿り着く。

そこにあった壁の亀裂は、かろうじて人一人が通れるかどうかという隙間があった。


「んぐぬぬぬぬッ……! 動けぇぇッ!」

 

カイはギアランナー装着した腕で、歯車を軋ませながら人が通れるくらいまで必死に隙間を広げようと悪戦苦闘していた。

 

だが、岩盤はびくともしない。


「カイ! そこを退いてくれ!!」

 

シアンの声に、カイがはっとして後ろに飛び退く。

ボロボロになった左手を見下ろし、シアンは深く息を吸った。

 

「……これで最後だな、ありがとよ相棒」


壊れかけのピストンが鳴動し、エーテルの粒子が白い光となって左手の隙間からこぼれ出す。

周囲の闇を押し返すような、美しくも未知の輝き。

 

それは“生命”と“滅び”の境界にある奇跡の光のようだった。


シアンは隙間の少し横に左拳を突き立てる。


「……最後の一発だッ! セカンド・パイルッッ!!」

 

シアンが吼えた瞬間、轟音が響く。

轟音と共に拳が岩壁を貫き、白光が爆ぜた。

 

その瞬間、左手の内部機構が大きく悲鳴を上げる。

ピストンがねじ切れ、リベットが弾け飛び、装甲板が花弁のように開いていく。

シアンの左手からは残っていた最後のエーテルの光が滲み出し、まるで血のように空間へ溶けていった。


甲高い音とともに、腕の中の歯車が一斉に焼き切れた。

白光の輝きが最高潮に達したあと、急速にしぼんでいく。


拳を放った姿勢のまま、シアンの左手は動かなくなった。

最後は金属の音を残して、左手の外殻が地面に崩れ落ちる。


中から覗くのは焦げた歯車とピストン、ワイヤーの束。

完全に、機能を失っていた。


シアンは荒い息を吐きながら、わずかに笑う。

 

「あーあ……。気に入ってたんだけどなぁ」


振り絞り放った最後の一撃によって、岩壁が大きく割れた。

広がったひび割れの奥から風が流れ込み、どこかへ通じる気配が生まれる。


「これなら通れます!」

 

ルシアが声を上げる。

シアンはうなずき、息を荒げながら言う。

 

「二人とも、先に行くんだ!」


「兄貴も早く!」

 

カイの叫びを遮るように、また天井から岩が落ちる。

 

「いいから先に行けッ! お前らが入ったら後に続く!」


ルシアがカイの腕を掴んで、暗闇の中へと飛び込んだ。

二人が消えたあと、シアンは一度振り返り大空洞を見つめる。


「ラルゴ・ドレイクね……。アンタの名前、忘れねえようにしとくよ」


それだけ言い残し、すぐに二人の後を追うようにシアンも身体を投げ入れる。


その瞬間、背後で空洞全体が崩れ落ちた。

巨大な岩石が絡み合い、まるで地獄が閉ざされるような音を立てる。


──そして静寂。


撤退するラルゴは、背中でその崩落を感じ取った。

 

さっきほんの一瞬、視界の隅に白い光の残響が見えた気がした。

それは彼の肩で眠るスピアーの頬を淡く照らし、すぐに消えた。


「……逃げたか」

 

ラルゴは鼻で笑い、だがその顔にはわずかに満足げな色が宿っていた。

 

「いいだろう。次は、真正面からだ──スモーク・ウォーカー」


蒸気兵装の唸りとともに、ラルゴ・ドレイクの巨体は瓦礫の向こう、動力プラントに続く通路の中へと消えていった。

 

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