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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第1章、運命の鼓動
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41.決着の静寂と崩落の兆し

繰り出した拳をゆっくりと引き戻し、シアンは荒い息を吐いた。

 

死と隣り合わせだった緊張感から解放され、肺が焼けるように痛む。

視界の端では、左手の義手のチャンバーから溢れる白い光がちらつく。


それでも——、倒した相手からは視線は逸らさない。


吹き飛ばされたスピアーは、地面に叩きつけられたまま動かなかった。

その手から離れた振動刃が、床を転がりながら火花を散らし、やがて力尽きたように沈黙した。


「……どんなもんだ」


カラカラに乾いた喉から、かすれた声を絞り出し、ふっと息を吐いた。


「大丈夫か! スピアー!」


ラルゴはスピアーの体を抱き起こしながら、彼の安否を確認した。

その大きな手で脈を測り、わずかに胸が上下しているのを確認すると、小さく息を吐いた。


「……気を失っているだけか」


だがその安堵の表情は一瞬だった。

次の瞬間には、すでに戦場を見据える冷たく鋭い光が瞳に戻っていた。


「やれやれ……。まさかこいつが負けるとはな」


低く呟く。そこに怒りも、焦りもない。

ただ事実を受け入れる、静かな重さだけがあった。


スピアーの体を丁寧に地面へと横たえ、ラルゴはゆっくりと立ち上がる。

両腕の蒸気兵装から吹き出る重たい蒸気が、彼を包む。


一歩、踏み出しかけて——、止まった。


鉄塊のような体躯が、微動だにせず戦場に向いたまま。

その影だけが、シアンへと伸びていた。


天井が軋み、地面が鳴動する。


スピアーの手榴弾によって崩された均衡は、すでに限界を迎えていた。

大空洞全体がまるで巨大な生物のように唸り声を上げながら、ゆっくりと崩れ始めている。


「あんにゃろう……。めんどくせえ事してくれたな」


シアンが息を荒げながら呟く。

蒸気兵装、Mark.IIIは焼け爛れ、内部機構は嫌な音を立て始めている。

戦況を一気にひっくり返した白いエーテルの光も、先ほどの爆発的な輝きは失われ、今はか細く揺らいでいるだけだった。


ラルゴは周囲を見回し、崩れゆく天井を見上げる。


「……なるほどな」


短く、納得するように。


「この状況なら、貴様とは戦うまでもない」


その言葉は、確信だった。


左手の蒸気兵装が崩壊寸前のスモーク・ウォーカー。

後方でこの状況に右往左往する少年と女。

そして、この崩落が始まった大空洞。


わざわざ戦う必要はない。


待てばいい。それだけで、勝てる。

その後にゆっくりと、蒸気の心臓、あるいはそれに繋がる何かを持つであろうこいつらから回収すればいい。


「勝負あったな……。戦えなくて残念だ」


呟きは、崩れ落ちる岩の音に紛れて消えた。

その表情を見た瞬間、シアンは理解した。


(くそ……こいつ、やる気がねえ)


戦う気がない。

このまま、自分たちが潰れるのを待つつもりだ。


「……そうかよ」


シアンはゆっくりと息を吐く。

唇の端が、わずかに吊り上がった。


「それでも俺は——」


左手が軋む。痛みが身体中走る。

それでも、両の拳を握りしめる。


「立ってる限り諦めねえし、仲間も見捨てねぇ。だから、ここで終わるつもりは微塵もねぇ」


その言葉に応じるように、ラルゴの蒸気兵装が低く唸りを上げた。


シアンは素早く一瞬振り返り、カイを一瞥する。


「おい! カイ! そっちは!!」


「言われなくても探してるよ兄貴!」


カイが必死に叫び返す。

瓦礫の隙間を覗き込み、崩れ落ちる岩を避けながら走り回る。


ルシアもまた、冷静さを必死に保ちながら、周囲を見渡していた。


(ここと外が繋がってる場所がある……はず!)


天井が悲鳴を上げる。

本格的な崩落はすぐそこまで来ていた。


「くそっ……! こ、こんなところで終わりたくないよぉッ!」


カイの声が震えながらも、絶対にこんな所で死んでたまるかと必死に脱出経路を探していた。


ルシアは歯を食いしばる。


(……せっかく、シアンさんが――)


思考を止めるな、諦めるな、絶望するなと自分に言い聞かせながら、カイ同様に脱出経路を探し続けていた。


空気の流れ、あの時に気付いた違和感。

この空間は絶対に閉じていないはずだ。


(必ず……どこかにあるはず……!)


そのとき——


またしても轟音が鳴り響き、天井が崩れ、砂がパラパラと落ちてきて砂埃が舞い上がった。


「くっ! これじゃ……何も見えない……!」


視界が霞む中で、ルシアは眉間に皺を寄せた。


しかし——


その煙の一部が、不自然に——


“流れた”。


「……あっ」


ルシアは目を見開く。


砂煙が、細い線を描くように——、一点へと吸い込まれていく。


風だ。確かにそれが、流れている。


視線を凝らす。


そこには——


黒い岩壁に走る、わずかな裂け目。


闇に溶け込み、今まで見逃していた“隙間”。


「あ、ありました!!」


ルシアは指さし叫ぶ。


「ここに隙間があります!!」


「わッ! ほんとだ……!」


カイが駆け寄って指さされた方を見る。


「空気が流れてる……! これ、どこかに通じてる!」


そして、振り向きシアンに叫ぶ


「兄貴! あった! あったよッ!」


その声を聞き、シアンは小さく笑った。


「よし……。見つけたんだな……!」


左手を突き出し構えたまま、ゆっくりと前を向く。

視線の先では、ラルゴが静かに拳を構えていた。


逃がさない——。そう言わんばかりに。


「行かせてもらうぜ、鉄塊野郎」


「……逃げられると思うなよ。スモーク・ウォーカー!」


視線がぶつかり、空気が張り詰める。


その瞬間——


ゴゴ……ゴゴゴゴゴゴッッ……


大空洞が、限界を迎えたかのように大きく揺れる。


地下の崩壊が、始まった。

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