37.振動刃の囁き
白煙が大空洞の中でゆっくりと渦を巻いていた。
鉄の軋む音、熱を帯びた蒸気兵装の唸り。
その中で、二つの影が鋭く交錯した。
スピアーとシアン。
誰の目にも掴みきれないような速さで展開されていた戦い。
それがピタリと止まった。
ラルゴは鋭い眼力で静かに観察している。
鉄塊のような体躯を岩にもたせ、腕を組みながら動かない二人をただ見つめる。
外套の下で唸る蒸気兵装の内部機構が、まるでその筋肉と一体化したようにひくい音を立てた。
その時、彼の腰元で金属質の通信音が鳴る。
『何か騒がしいが、一体どうした?』
低く鋭い声。
アルディス港に停泊中のグラナートで待つハーラン大佐だ。
ラルゴはすぐに応答する。
動力プラントの地下にルシア様がいた。それとゾクが二人……。スピアーが交戦中だ」
グレンダの使うクロックバードのような簡易通信機とは違い、彼らの装備は軍用。
厚い岩壁の奥深くにあっても、声は明瞭に届く。
『ルシア様が動力プラントの地下に?』
一拍置いて、ハーランの声が低くなる。
『ふむ……どうしてかは分からんが、蒸気の心臓の存在に気付いていたのか。なるほど、だから我々の艦に乗ってきたわけだな』
彼の声には、鋭い感の冴えと冷徹な思考が滲んでいた。
『知られてしまったからには仕方ない。最悪の場合、ゾク諸共……あの娘を消せ。元帥には適当に旅にでも出たと報告する』
ハーランの言葉に、僅かに息を呑む。
短い沈黙、だがすぐにラルゴは返事を返す。
「……分かった。事態は追って知らせる」
言葉を返しすぐに通信を切ると同時に、ラルゴは重くつぶやく。
「……残酷な野郎だ」
通信機から再び視線を戦場に戻す。
白煙が晴れ、視界が徐々に開けていく。
そこには勝敗を分ける一撃、刃の閃きが走っていた。
スピアーの繰り出した刃が、シアンの顔に伸びている。
命中した確かな感触。
裂けた顔面から流れる血の温もりを想像し、彼は小さく微笑む。
「さよなら、色男さん」
ゆっくりと目を瞑り、余韻に酔うようにそう言い放つ。
——だが。
返ってきたのは死ではなかった。
「勝手に殺してんじゃねえよ!!」
白煙の向こうから声が飛ぶ。晴れた煙から徐々にシアンの顔が現れる。
なんとその口で、スピアーの刃を噛み止めている。
「んなっ!? 貴方、どんな動体視力してんのよ!?」
シアンのその姿を見たスピアーの顔が驚愕に歪む。
戦場を眺めていたラルゴは身震いし、思わずニヤリと笑った。
「……なんて奴だ」
岩陰から見ていたカイが息を呑む。
「兄貴すごい……!」
「……あんなことできるなんて!」
ルシアも目を見開き、ただその光景に見入っていた。
シアンは刃を噛んだまま言葉を漏らす。
「修羅場はいくつもくぐってきたんでねッ!」
そのままの勢いで拳を放つ。
スピアーは咄嗟に刃を離し、軽やかに後方へ跳んでそれを避けた。
「まったくよお! こんなもん顔面目掛けて振りかざしやがって! 危なく死ぬとこだったじゃねえか!」
スピアーが手放したナイフを、シアンは文字通り床へと吐き捨てた。
「殺す気でやってるのよ、こっちは!」
スピアーが息を荒げながらも笑みを浮かべる。
「それにしても、一体あんた何者……。待ちなさいよ……」
その目が、シアンの全身を舐めるように見た。
「その身のこなし、そしてオレンジ色の髪……。左手の蒸気兵装……」
一瞬の静寂も束の間、スピアーは指を鳴らしてシアンを指さす。
「もしかして貴方、スモーク・ウォーカーじゃなーい?」
その名を聞いた瞬間、ラルゴの眉が僅かに動いた。
そしてシアンの動きが止まる。
声を出さずとも、その表情が答えを語っていた。
「その反応、やっぱりそうね!」
スピアーの唇が艶やかに歪む。
「そうじゃなきゃ、特殊部隊所属のアタシに食らいつけるはずがないもの!」
そう口にしながらシアンを指さした人差し指を、くるくると回す。
「一部の民衆のヒーローにして裏社会の都市伝説……。まさか本物に会えるなんて、光栄だわ」
彼は優雅に一礼をした。
「はっ……。そこまで敬意を払ってくれるなら、見逃してくれたっていいんだぜ?」
シアンが肩をすくめて笑う。
だがその言葉を聞きながら顔を上げたスピアーの瞳は笑っていなかった。
「そうはいかないわよ。むしろスモーク・ウォーカーをこの手で討てば、私たち錆翼はさらに箔がつく」
スピアーは外套の下に手を伸ばす。
今までの武器とは様子が違う禍々しいナイフが姿を現し、それが振動を起こし超高音を鳴らす。
ヴァイブリック・エッジ——通称、振動刃
超振動により刃全体が震え、赤熱を帯びた光を放つ刃。
スピアーから今まで浮かべていた笑みが完全に消える。
かわりに、獲物を狙う猛禽のような冷気がその瞳に宿る。
「ここからが本番よ、スモーク・ウォーカー」
今までと比べものにならない殺気を感じ、シアンの左手から蒸気が再び吹き上がる。
二つの影が、熱を帯びた大空洞の中で再びぶつかる。




