34.地底にて、火花弾け出す
シアンは手紙をただジッと見つめていた。
煤けた紙に走る文字は、どこか急いで書かれたように乱れている。
「レオナール・グレイン……? その名はいったい誰なのですか!?」
シアンの横から身を乗り出して手紙を覗き込むルシアの顔には、焦りが浮かんでいる。
この場に蒸気の心臓がある。そう思ってここまで必死できたのだからそうなるのは当然だ。
「……蒸気の心臓の開発者だよ」
シアンは低く答えた。
「俺も詳しいことは分からない。ただ、蒸気の心臓を作った人物だって」
その言葉を聞いたルシアの頬に冷たい汗が流れる。
「ってことは、その人がここにあった“蒸気の心臓”を持ってっちゃったってこと?」
カイが首を傾げ、大空洞を一度見回した。
「……その人って、今どこにいるの?」
「わかんねぇ」
シアンは短く息を吐いた。
「依頼人の話では、エルディア大戦が終結した後すぐに、このレオナールってやつは行方不明になったそうだ」
「でも兄貴、そしたらこの手紙変じゃない? ここに書かれている日付、戦争終わってからしばらく経った日だよ」
カイは手紙の隅に書かれていた日付を見つけて指をさす。
そこには大戦が終了してからしばらく経ってからの年が記されている。
「これだとさ、行方不明になったあとにここに来て書いたってことだよね?」
カイはもう一度シアンに尋ねた。
「それが謎なんだ。俺の聞いた話では、“蒸気の心臓”が封印されたのはレオナールが姿を消した後だったはずだ。
なのにこの手紙には――“私がそれを隠した”とある」
シアンの眉間に皺が寄る。
その矛盾が、何かを暗示しているようで胸の奥がざわついた。
ルシアが静かに言葉を添える。
「手紙の最後には、友人たちに手がかりを託したとあります。シアンさん……何か思い当たることは?」
シアンはふとバーンの言葉を思い出す。
(友人……そういえばあの時、バーンさんはレオナールのことを“友人”だと――)
シアンの脳裏に、スチーム・フィールドの地下で話したあの老貴族の顔が浮かんだ。
しかし、そのまましばらく考え込んだ後に小さくため息をついた。
「……ダメだ、ここで考えてもラチがあかない」
シアンは手紙を折りたたみ、胸元にそれをしまう。
「一旦スチーム・フィールドに戻ろう。これについて、ばあちゃんの意見も聞きたい」
「でも兄貴、その前に――ルシアお姉ちゃんは?」
カイは不安げにシアンを見つめる。
シアンも思い出したようにルシアの方を一瞥する。
「そうだった……。ルシアは港に来た軍艦に乗って来たんだったな」
シアンは顎をさすりながら少し考える。
「よし、まずはルシアを軍艦まで送り届けよう。このまま元帥の娘が戻らないと兵士たちが心配するだろうしな」
ルシアはその言葉に小さく頷いた。
「そうですね……。心臓が見つからなくて残念ですが、少なくともそれに通ずる“手がかり”は見つかりました。帝都に戻ってから、私の方でも追ってみます」
そして小さく頭を下げる。
「シアンさん、カイくん……。お二人に出会えて良かったです。軍艦までの道は短いですが、どうかよろしくお願いします」
そうしてルシアは二人に一度頭を下げる。
雫が洞窟の天井から落ち、静かな音を立てた。
蒸気の心臓は見つからなかった。
だが、たしかに“次への糸”は手に入れた――そんな感覚が三人の胸に灯っていた。
「せっかく会えたのに、すぐにお別れなんてなんだか寂しいね」
ルシアとの別れをどこか悲しそう呟くカイ。
そんな彼の頭をシアンは軽く撫でた。
「今生の別れじゃねえんだ。もしかしたらまたどこかで会えるかもしんねえんだから悲しい顔すんなよ」
「うん……そうだよね!」
「そうですね。こちらで何か分った時は、私からお二人にご連絡します」
三人の間に緩い空気が流れるその時。
「やっぱり先客がいるじゃなーい?」
甲高い声が、空洞の奥に反響した。
三人が同時に振り向く。
薄明かりの中、蒸気の残滓を背に二つの影が立っていた。
一人は鉄塊のような体躯を誇る褐色の大男。
外套の下から見える巨大な蒸気兵装がまるで唸り声のような低い音を鳴らす。
そして、頭に巻く鉢巻の下から、まるで龍のような鋭い視線で三人を睨みつける。
ラルゴ・ドレイク。
もう一人は対照的に、細身のシルエットを持つ男。
長い指先に黒い手袋、艶のある声と、どこか女めいた仕草。
緑色の髪を揺らしながら蛇のように舌をチロリと出しながら興味深そうにこちらを見つめる。
スピアー・レイン。
「あらあら〜? ルシアお嬢様もご一緒とは……。どうしてこんな所にいるのかしら?」
スピアーは唇の端をつり上げ、いやに楽しげな声でそう言うと、ルシアの眉がピクリと動く。
「ラルゴ・ドレイク……。それにスピアー・レイン……」
ルシアは二人の名を小さく呟いた。
「スピアー、戯言はいい。お嬢様の横の二人……ここに居るってことは、奴らも“心臓”を狙っているに違いない」
ラルゴの低い声が洞窟に響き渡る。
腕のピストンが音を立て、外套の下から蒸気を吐き出した。
スピアーは細い指を唇に当て、挑発的な笑みを浮かべる。
「ふふ……面白くなってきたじゃないの」
そしてスピアーはシアンの方に目を向ける。
「ねぇ、オレンジ色の髪の貴方。もし蒸気の心臓を手に入れたなら大人しく渡してくれないかしら?」
シアンはその言葉に対し、冷静に口を開く。
「悪いな。そんなもの持ってねえぜ俺たち」
そう答えると、僅かに拳を握りしめる。
カイはギアランナーを装備した腕を広げ、ルシアを庇うように前に出た。
二組の間に静寂が走る。
蒸気の滲む空洞で、視線が交錯する。
こうして、シアン一行とラルゴ、スピアーはついに邂逅を果たした。




