32.交わりだす歯車
動力プラントの地下。
隠され、放置されていたハッチを開けた先は、古びた螺旋階段がはるか地下奥深くまで続いていた。
湿った空気と金属の匂いが鼻を刺し、壁が上の動力プラントの振動で小刻みに揺れている。
まるでこの奥に“心臓”が本当に鼓動しているかのようだった。
「……そろそろ本格的に近づいてきてる感じだな」
その螺旋階段を降りながら、シアンが低くつぶやく。
シアンの背中を追うカイはギアランナーを腕に取り付けたまま、重そうに階下を目指していた。
「兄貴……これ……あとどれくらい下んの? もう僕……足が棒だよぉ……」
顔を歪ませながらカイはシアンに残りの道のりを聞く。
「分かんねえ、とにかく文句言う前に足動かせ。てか、疲れたんならそのギアランナー使えよ」
シアンの発言にカイはうんざりした顔をする。
「狭くて腕から脚に展開できないよ……。なんかもう、僕狭い場所嫌いになりそうだよ」
そんなやり取りに、後ろを歩くルシアが少し可哀想だなと苦笑いを浮かべた。
どこかで金属が軋む音が響く。
クロックバードからノイズ混じりの声が飛ぶ。
『気をけな──そこ──ら──気を抜く──』
——プツン。
グレンダからの通信が途絶える。
「まじかよ。クロックバードの電波が届かねぇか……ここからは独断で動くしかねえか」
そう言って、シアンは小さな蒸気カートリッジを取り出し、Mark.IIIの掌へと装填する。
薄い蒸気が僅かに漏れ、噛み合うのような歯車の音が響く。
それを見てルシアが興味深そうに目を細めた。
「随分と精巧ですね。その義手……蒸気兵装も兼ねているように見えますが」
「兼ねてるってか蒸気兵装だよ。ばあちゃんとそこにいるカイの合作さ」
そうしてルシアに自慢するようにMark.IIIを見せる。
「ヴェイパーコアって超高圧の蒸気カートリッジを付け替えられるんだ。全開時は普通の蒸気兵装より出力が六倍は出る」
その瞬間、プシュンとMark.IIIから蒸気が吹き出した。
ルシアは思わず目を丸くする。
「六倍!? そんなの……暴走したら危険すぎますよ」
「はは、だからこそ面白ぇんだ」
シアンが笑いながら付け替えたカートリッジを軽く叩いた。
「ま、最近はエーテルが出てきてるからな。そのうち蒸気はそれに取って代わられそうだけどな」
「エーテル?」
ルシアが首を傾げる。
「ああ。蒸気よりも軽くて扱いやすい——気体でも液体でもない、いわば“新燃料”ってやつさ」
シアンは思い出すように言葉を続ける。
「帝国じゃもう軍用機にも使われてるらしい。元帥の娘なのに、存在を知らなかったのか?」
シアンはそう尋ねると、知らないという顔をした。
「でも、安定性が悪いんだよね!」
カイが口を挟むと、シアンはその通りと言いたそうにカイを指さす。
「そう。まだ不安定で暴走事故も多い。だからまだ世間には広まってない」
シアンの義手から、わずかに青白い光が漏れた。
「ところでどうだ、カッコイイだろ俺の蒸気兵装? 俺にとっての自慢の相棒なんだ」
ルシアに自慢するように笑うシアン。
その後ろでカイが怪訝な顔をしながら口を開いた。
「兄貴、また自慢してる……。ちゃんと整備しないとホントに危ないんだからね!」
そう言ってシアンの左手をジロリと見た。
「お前の言う整備はボルトの締め付けだろ、あんまり固く締めすぎると動かしづらいんだよ」
「まったく! そのくらい我慢してよ!」
まるで子供のような言い合いに、ルシアの表情が少し和らぐ。
そんな中、カイが何かを思い出したようにシアンにとあることを尋ねる。
「ねぇ、そういえば兄貴が“スモーク・ウォーカー”って……本当なの?」
その瞬間、シアンの動きが一瞬止まる。
「……誰から聞いた?」
「グレンダさん! 兄貴がお姉ちゃん助けに行ってる時に教えてもらったんだ!」
「チッ、ばあちゃんめ……。お前がこの件分かった途端口が軽くなりやがって」
ルシアが首を傾げる。
「スモーク・ウォーカー……というのは?」
カイがルシアの質問に驚いた顔を見せる。
「お姉ちゃんスモーク・ウォーカーを知らないの!? 僕はてっきり誰でも知ってるもんなのかと思ってた!」
カイは大きく身振り手振りしながら話を続けた。
「あのね! 煙の中から現れて悪党を倒して、また煙の中に消えるんだ! しかもすっごく強いんだよ!」
カイは興奮し鼻息を荒くする。
「噂だと悪いやつらがやられた腹いせに賞金かけたらしいんだけどさ、それでも全然捕まらない神出鬼没な存在!」
「へぇ……そんな方がいらしたなんて」
その瞬間に、カイはシアンを指さす。
「それがね! 実は兄貴だったんだ!」
カイの瞳はまるでヒーローを見つけたかの如く輝かせる。
「大袈裟だな……。俺はただ依頼をこなしてただけさ。そしたらいつの間にかそんな呼び名がついただけだ」
照れくさそうに笑うシアンに、ルシアはふと視線を落とした。
「でも、噂には必ず根がある。あなたはそれだけたくさんの誰かを救ってきたんですね」
「……さ、さぁ。どうだろうな」
シアンは照れ隠しするように軽く肩をすくめ、通路の奥を見やる。
「よし、メンテ完了だ。気を抜くな、ここからが本番だ」
彼らは再び暗い階段を降りていく。
その先には、誰も知らぬ蒸気の心臓の眠る領域がある。
──同時刻、地上では。
夜霧に包まれた動力プラントの正面入口に、二つの影が現れる。
錆翼のラルゴとスピアー。
「ここが例の施設ね。蒸気の心臓が眠る場所」
スピアーが唇を舐めるように言う。
「……とっとと片付けるぞ。下見なんてくだらないものは、俺の性には合わん」
ラルゴがぶっきらぼうに言い放ち正面ゲートを潜る。
途端に入口に常駐していた施設の看守が慌てて駆け寄った。
「ちょっと! 君たち、ここは立ち入り禁止区域だ! 誰の許可で──」
「あら……。いい男じゃないの!」
スピアーの声色が艶を帯びる。
「でもね……私たちがここに来たことは“誰にも”知られちゃいけないの。ごめんなさいね」
次の瞬間、銀の閃光。
二つのナイフが空を裂き、看守の首と額に突き刺さった。
呻き声ひとつなく、男は床に崩れ落ちる。
「はぁ……。またいい男が一人減っちゃったわ。ほんっと最悪」
スピアーはため息をつきながら、倒れた男を物陰へと引きずり、その左手の薬指を切り取る。
そしてそれを胸元のチェーンに通し、そっと撫でた。
「忘れないように、ね」
「気色の悪い趣味だ」
「うるさいわね! 私なりの“弔い方”よ!」
彼の外套の内側では、乾いた指がいくつも揺れていた。
「……さっさと行くぞ。くだらない寄り道してる暇はないぞ」
「はいはい、わかってるわよ。まったく……色気も情もない男ね」
スピアーは皮肉を言いながらも、その目はすでに獲物を狙う蛇のように鋭く光っていた。
『潜入したか? 話ではその施設の地下の方に心臓への入口があるそうだ。そこに向かえ』
通信機からのハーランの声が二人に指示を出す。
二人は静かに、そして確実に動力プラントの奥へと消えていく。
そこに至る地下の通路では、すでにシアンたちが心臓へと近づいていた。




