28.動力の底へ
動力プラントの内部は、鉄と油と蒸気の匂いで満ちていた。
街の動力を一手に担うこの施設は、工場というより巨大な機械の腹の中のようだった。
歯車の回転音と配管の鳴動が絶えず響き、足音ひとつ立てても金属が反響する。
シアン、カイ、ルシアは、照明の乏しい通路を慎重に進んでいた。
頭上には蒸気管が複雑に入り組み、ところどころから漏れ出した白い霧が、ゆらゆらと視界を曇らせている。
シアンは左手を軽く動かしながら、何かあればすぐに対応できるよう身構えていた。
耳元のクロックバードから、グレンダの声が響く。
『ここから地下二階に降りて、突き当たりの制御室を右に曲がりな』
通路の先に視線を向けるとグレンダの言う通り地下へと続く階段が見えた。
『思い返せば昔、設備の修理で入ったときどうにも雰囲気がおかしかったんだ。見た目はただの物置だったけどね』
グレンダの言葉にシアンは少し首を傾げる。
「ばあちゃんが言ってるそれってずいぶん昔の話だろ? 今は造りが変わってるかもしれねぇぞ」
シアンは周囲を見回しながら言う。
蒸気の流れる音がどこからともなく響く中、グレンダが言葉を返す。
『そうだったら、もうアタシの耳に情報が入ってるさ。アルディスの連中は皆おしゃべりだからね』
クロックバードの向こうのグレンダは笑った。
「たしかに、皆グレンダさんのところに来ると何でも話すもんね」
カイが屈託なくそう言うと、シアンはそうなのかと顔を向ける。
「兄貴は外の仕事ばっかりだから知らないんだよ。昼間は人がいっぱい来るよ」
そう言ってからカイはニヤリと笑う。
「最近なんかオスカーおじいちゃんが花束持ってきたし」
「マジかよ、あのじいさん! ばあちゃんも隅に置けねぇな!」
シアンが吹き出すように言うと、グレンダの声が少し照れたように返ってきた。
『く、くだらないこと言ってんじゃないよ! ……いいかい、ここからが本番だ中にはまだ作業してる人もいるし、監視用のオートマトンも動いてる!』
そしてクロックバードは羽ばたき、シアンの眼前で留まる。
『気を抜くんじゃないよ。お前さん一人ならともかく、今回はカイとハートランド家のお嬢さんまでいるんだからね』
シアンはチラリと後ろの二人に目を向ける。
『それに、港に来たあの軍艦。あそこから確実にその娘以外の何者かが来るのは間違いないはずだ』
その言葉に、カイとルシアの少し不安な顔を浮かべる。
『それともし、今この中でプラントの作業員や、オートマトンに見つかったらおじゃんだ』
『今お前さんらは不法侵入をしているわけだからね。
カイはまだ子供だし、その娘は元帥の娘だから捕まっても保釈は早いだろうが……。お前さんはそうはいかない』
そしてクロックバードはシアンの頭にちょんと乗る。
『見つかったら最後。熱血正義のあの男に捕まって、檻の中だね』
シアンは眉をひくつかせた。
「……ゴードさんか。今日も危なかったからな。次こそ本気で捕まるかもな」
苦い笑みを浮かべながら、あの真面目な刑事の怒り顔を思い出す。
『ま、そうならないように気をつけるこった』
グレンダの声がやや柔らかくなる。
シアンは短く息を吐き、前方の通路を指さした。
「行くぞ。ばあちゃん、引き続き案内頼む」
『了解だよ。しつこいようだが、あんたたち……ほんとに気をつけな』
三人は再び歩き出す。
通路の奥、蒸気の合間に薄く光る監視灯が見える。
少し先から機械的な冷たい足音が聞こえてくる。
シアンは手を上げ、後ろを歩く二人に合図して身を低くした。
少し先の角を、オートマトンが一体、無機質な足音を立てて通り過ぎていく。
淡い光が鉄の壁に揺れ、カイが息を飲む。
「……大丈夫、行った」
シアンは短く告げ、素早く角を曲がる。
その後ろを、ルシアとカイが慎重に続いた。
地下へと続く階段に差しかかる。
金属製の手すりを握ると、冷たい感触が伝わる。
「こんな場所、よく知っていますね」
ルシアが小声で呟くと、シアンとカイは二人して笑った。
「ばあちゃんはこの街のだいたいの事を知ってるんだよ」
シアンは前を見たまま答えた。
降りきった先の通路は、さらに広く、暗い。
巨大な配管の根元には赤いランプが点滅し、一定のリズムで低い脈動音を響かせている。
まるでこの街全体が呼吸しているかのようだった。
「突き当たりの制御室を右、だな」
シアンが確認するように言うと、クロックバードの向こうでグレンダの声が応じた。
『その通り。……行き止まりの奥に、昔使われてた倉庫がある。さっき言ったように見た目はなんてことないが、何かを隠してる気がしたんだよ。気をつけな』
シアンは小さくうなずき、背後の二人に合図を送る。
「よし、あと少しだ。カイ、ルシア、ついてこい」
三人はさらに奥へと進んでいった。
配管の熱気が少しずつ弱まり、代わりにひんやりとした空気が漂い始める。
遠くで機械の唸りが途切れたように感じられた。
「……なんか、空気が変わった気がする」
背後のカイの声が小さく響く。
「たぶん、近いな」
シアンは足を止め、薄暗い通路の先を見据える。
そこには、ひときわ古びた鉄扉があった。
塗装は剥げ、表面に刻まれた倉庫B番号も半分消えかけている。
「……ここか」
彼は小さく息を整え、左手の義手を扉にかけた。
内部からわずかな空気の流れを感じ取る。
グレンダの言葉が正しければ――この扉の向こうに、街の秘密が眠っている。
「行くぞ」
その一言に、カイとルシアは無言でうなずいた。
三人は、その中へと足を踏み入れた。




