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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第1章、運命の鼓動
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27.ハートランドの娘

『ルシア・ハートランド……。ハートランドだって?』


クロックバード越しに、グレンダの低く唸るような声が響いた。

その言葉を聞いたシアンは、思わず鳥を睨みつけるように見た。


「どうしたんだよ、ばあちゃん」


「あッ!」


カイは短く声を上げてから言葉を続けた。

 

「僕知ってる、そのハートランドって名前! ラジオの国営放送で聞いたことあるよ! 今のアークライン帝国軍の元帥、ガレス・ハートランドって人!」


カイの言葉にルシアの肩が一瞬ぴくりと震えた。


「……はい。ガレス・ハートランドは……私の父です」

 

彼女の声は小さく、それでもはっきりとした覚悟がにじんでいた。


蒸気の音と配管のきしみだけが響く。

 

「マジかよ……」


シアンは思わず頭をかきむしる。

 

「とんでもねえ大物じゃねえか。この国の軍のトップの娘とか……」


シアンがそう呟く隣で、カイが不思議そうに眉をひそめた。

 

「でもさ、なんでそんなお嬢様がこんなところにいるの? お父さんが蒸気の心臓のことを教えたの?」


ルシアは一度うつむき、ぎゅっと拳を握りしめる。

そして、小さく息を吸い込んで語り始めた。


きっかけは、父の執務室で行われていた密談。

たまたま通りかかった際、扉の隙間から聞こえた。


――蒸気の心臓。

 

公には伏せられてきたはずの伝説の代物が、アルディスの地下深くで眠っていること。

それを現皇帝に献上し、再びアークライン帝国とバルナス共和国の戦争を引き起こす。


そんな計画が、軍上層部によって練られていた。


『ふむ。依頼人の言ってた通りだね』


「私は……。それを壊して、戦争を止めたかったんです」

 

ルシアの声は震えていた。

 

「誰にも相談できなかったんです。だから自分で何とかしようと思って……。旅行に出たいと嘘をついて、軍艦に乗り込みました」


ルシアはここまでの道のりを思い出しながら、拳をぎゅっと握りしめた。


「そして一人でここに……」


話し終えた彼女は顔を上げ、シアンたちを不安げに見つめた。

もし自分が今話したことが嘘と思われたら、そう思うと息が詰まりそうだった。


シアンは腕を組みながらしばらくルシアを見つめる。

彼女の目の動き、唇の乾き、手の震え、細かい全てを観察し、そしてゆっくりと頷いた。

 

「なーんかこの子の話からは、嘘の匂いがしねえな」

 

そしてクロックバードを見上げる。

 

「ばあちゃん、どう思う?」


グレンダは小さく鼻で笑った。


『破壊しに来たとは、随分な大言壮語だねぇ』

 

だが、小鳥の向こう側の老婆の雰囲気が変わる。

 

『だがね、そいつは困るんだよ』


「は?」


シアンが眉をひそめる。

 

「困るって、どういうことだ?」


シアンがそう尋ねると、グレンダは言葉を続けた。


『アタシらは蒸気の心臓の“回収”を依頼されてるんだ。依頼人から“回収して届けろ”ってね。しかも、前金でそれなりの報酬を貰っとる」


その瞬間、シアンの目が大きく見開かれた。

 

「えっ!? あの人らの依頼って、金出てたのかよ!?」

 

シアンは素っ頓狂な声を上げる。

 

「……俺はてっきり、ばあちゃんが普段やってる怪しい実験のツケを帳消しにしてもらうための善意かと——」


『バカ言うんじゃないよ!』

 

クロックバードのスピーカーから怒声が響く。

 

『アタシが普段から悪事を働いてるみたいじゃないか!』


「だってよぉ……ってか俺の取り分は? そもそも今までいくら貰って——痛っ!」

 

クロックバードがシアンの頭に飛びかかり、容赦なくツンツンと突っつく。

 

「痛ぇって! くそっ! この鉄くず鳥がぁ!」


『いいからさっさと行きなッ!』

 

グレンダの怒声に押され、シアンは頭を庇いながらプラント奥の通路へと走っていく。


クロックバードがシアンを追い立てると、再びルシアの前に戻ってくる。


『そう言うこった。ちなみに回収を依頼した人間もアタシらと同じく戦争を止めようとしている』


その言葉をルシアは黙って聞く。


『アタシらは壊すってことはしないが、それでも良いってんならお前さんも着いておいで。こんな所で一人でいるよりは安全だろうさ』


そう言うとクロックバードはシアンの方に目を向けた。


『それに、ああ見えてアイツは頭はキレるし力もある。そして……困ってる人間を助けようとする優しい心もね』


そう告げた瞬間、先へと進んでいたシアンが目ざとく振り向いた。


「えっ? 今もしかして俺のこと褒めてくれた?」


『やかましい! いいから早く行くんだよ!』

 

クロックバードはまた飛び立ち、シアンの頭を啄み始める。

シアンはたまらずその攻撃から逃げるように先へ進んで行った。


その様子に、カイとルシアは顔を見合わせ、思わず吹き出した。

 

「兄貴、怒られてやんの」

 

「……賑やかなんですね」


笑いが落ち着くと、カイはルシアに向き直り、にっこりと笑った。

 

「改めてよろしくね、ルシアお姉ちゃん。僕はカイ!」


その無邪気な笑顔に、ルシアは思わず微笑み返す。

 

「カイさん、よろしくお願いします」


彼女の声は先程までとは違い、ほんの少し安堵の色が混じっていた。


もう一人ではない。

この奇妙な人達となら、きっと父の計画を止められるかもしれない。


ルシアはそんな予感を胸に抱きながら、シアンの後を追って走り出した。

動力プラントの奥深く、蒸気の鼓動が鳴り響いていた。

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