26.動力プラントにて
蒸気の漏れる音が、金属の壁の向こうでひときわ大きく響いていた。
動力プラントの内部は、薄暗い照明と鉄の匂いに満ちている。
配管が縦横に走り、奥からは重々しいピストンの律動が聞こえた。
『まったくお前さんというやつは……!』
頭上から響いた声に、シアンは肩をすくめた。
声の主はくるくると頭上を飛び回ると、カイの頭に止まった。
小さな機械鳥クロックバードから、グレンダの声が響く。
『シアン! お前さんが困ってるやつを放っておけないのは知ってる! だがね、ここに連れてくるのは話が違うだろうが!』
怒りとも呆れともつかない声が再び小鳥から発せられた。
その声を聞いて、先程まで笑顔を浮かべていたカイはハッとすると、少し頬をふくらませながら腰に手を当てた。
「そうだよ兄貴! その人が悪いやつだったらどうすんのさ!?」
しかし、シアンは二人に負けずに言い返した。
「しょうがねえだろ! それに、俺の勘が言ってる! この子は敵じゃねえってな!」
シアンはそう言うと少女を指さした。
「つーか! ここに連れ込む以外に助ける方法が思いつかなかったんだよッ!」
プラント内部に二人と一羽の声が木霊する。
そのやり取りを、床に腰を下ろした少女はただ呆然と見ていた。
何がどうなっているのか理解できない。
そんな事を思っているような顔をしながら、シアンとカイの二人に話しかけようとする。
その様子に気づいたシアンが、少し照れたように笑った。
「驚かせて悪かったな。ここまで来るの、命がけだったろ?」
シアンは優しい声でそう声をかけると少女は口を閉じ、ただ小さく頷いた。
少女はそっと胸に手を当てた。まだ胸の鼓動が速い。
さっきまで必死の逃走劇をしていたのだ、当然だ。
「……ねえ、お姉ちゃん」
カイがしゃがみ込み、シアン同様に優しく声をかけた。
「どうしてこんなとこに居るの? ここ、普通の人が来る場所じゃないよ」
その問いに、少女は唇を噛んだ。
――答えられない。
この人たちがここにいるということは、もしかしたら蒸気の心臓を狙っているのかもしれない。
それか帝国軍に雇われた傭兵か、あるいは他国のスパイ。
下手に喋れば父の部下に引き渡されるどころか、ここで消される可能性もある。
彼女は押し黙り、視線を落とした。
そのとき、はだけたローブの隙間から金属の装飾品がちらりと光る。
シアンはその輝きを逃さなかった。
それはクロックバードを介してこの場を見ている、グレンダも同じだった。
『そのブローチ……。アークライン帝国の上層部が着けるものだね』
少女はハッとしてローブを引き寄せ、ブローチを隠した。
そして黙り込む。
場の空気が、一瞬で重くなった。
カイが不安げにシアンを見上げる。
その沈黙を破ったのは、シアンの一言だった。
「──蒸気の心臓──」
シアンの口から出たその単語に、少女はバッと顔を上げた。
目は大きく見開かれながらも、顔はみるみる青ざめる。
「やっぱり、知ってるな」
シアンは頭をかきながら言った。
「……もしかして、それを手に入れて戦争を起こすつもりなのか?」
シアンがそう問いかけると、少女はすぐさま首大きくを横に振った。
それを見てシアンはほっと肩で息をついた。
「そうか、なら安心しな。俺たちも、それを使って戦争を起こすつもりはねえよ」
「……え?」
少女の唇が震えた。
シアンは壁にもたれ、短く息を吐く。
「俺たちは軍がしようとしてる戦争を止めるために来た。
あれが軍の奴らに渡ると、戦争は避けられねえらしい」
そう言って拳を握りしめた。
「だから……この地下に眠ってるその蒸気の心臓を回収して、帝国軍が起こそうとしてる計画をぶっ壊す」
シアンが言い終わると、横に立っているカイが腕を組んで鼻高々とふんぞり返る。
「それが僕たちの仕事さッ!」
シアンは穏やかに彼女を見つめながら一歩近づく。
「お嬢さん……。あんたは、どうなんだ?」
少女は数秒、何も言えなかった。
けれど胸の奥にあった想いが、勝手に言葉になっていた。
「わ、私も……。戦争を止めたくて……ここに来ました」
震える声、それでもはっきりとした意志。
その瞬間、カイが息をのんだ。
クロックバードのスピーカー越しに、グレンダが短くため息をつく。
シアンは少女の言葉を聞いてすぐ、カイとクロックバードを見た。
「ほらな。言ったろ? この子は敵じゃねえって」
そしてニヤリと笑った。
『……やれやれ』
クロックバードの向こうでグレンダは呆れた。
『お前さんの“勘”は、時々……恐ろしいほど当たるから困るよ』
「だろ?」
シアンが肩をすくめて笑うと、カイもやれやれと呟きながらも笑顔を浮かべた。
そのやり取りを見つめながら、少女は心の奥が少し温かくなるのを感じた。
ほんの少し前まで、自分は孤独だった。
けれど今は――少しだけ、救われた気がする。
シアンは少女の前に立ち、手を差し伸べた。
「俺はシアン・クロウ=フィールド。スチーム・フィールドのシアンだ」
その掌は油と煤で汚れていたが、どこか誇りを感じさせる手だった。
少女はその手を見つめ、少しだけ迷ってから、そっと手を伸ばした。
「……私の名前はルシア。ルシア・ハートランドです」
名を名乗ったと同時に、プラントの奥で蒸気の鳴動が一段と高まった。
まるでこの出会いを祝福するかのように。
そしてこの瞬間、戦争を止めるための奇妙な四人の旅路が始まった。




