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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第1章、運命の鼓動
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26/113

26.動力プラントにて

蒸気の漏れる音が、金属の壁の向こうでひときわ大きく響いていた。

 

動力プラントの内部は、薄暗い照明と鉄の匂いに満ちている。

配管が縦横に走り、奥からは重々しいピストンの律動が聞こえた。


『まったくお前さんというやつは……!』


頭上から響いた声に、シアンは肩をすくめた。

声の主はくるくると頭上を飛び回ると、カイの頭に止まった。

 

小さな機械鳥クロックバードから、グレンダの声が響く。


『シアン! お前さんが困ってるやつを放っておけないのは知ってる! だがね、ここに連れてくるのは話が違うだろうが!』


怒りとも呆れともつかない声が再び小鳥から発せられた。

その声を聞いて、先程まで笑顔を浮かべていたカイはハッとすると、少し頬をふくらませながら腰に手を当てた。

 

「そうだよ兄貴! その人が悪いやつだったらどうすんのさ!?」


しかし、シアンは二人に負けずに言い返した。


「しょうがねえだろ! それに、俺の勘が言ってる! この子は敵じゃねえってな!」


シアンはそう言うと少女を指さした。

 

「つーか! ここに連れ込む以外に助ける方法が思いつかなかったんだよッ!」


プラント内部に二人と一羽の声が木霊する。

そのやり取りを、床に腰を下ろした少女はただ呆然と見ていた。

 

何がどうなっているのか理解できない。

そんな事を思っているような顔をしながら、シアンとカイの二人に話しかけようとする。


その様子に気づいたシアンが、少し照れたように笑った。


「驚かせて悪かったな。ここまで来るの、命がけだったろ?」


シアンは優しい声でそう声をかけると少女は口を閉じ、ただ小さく頷いた。


少女はそっと胸に手を当てた。まだ胸の鼓動が速い。

さっきまで必死の逃走劇をしていたのだ、当然だ。


「……ねえ、お姉ちゃん」

 

カイがしゃがみ込み、シアン同様に優しく声をかけた。


「どうしてこんなとこに居るの? ここ、普通の人が来る場所じゃないよ」


その問いに、少女は唇を噛んだ。

 

――答えられない。

 

この人たちがここにいるということは、もしかしたら蒸気の心臓を狙っているのかもしれない。

それか帝国軍に雇われた傭兵か、あるいは他国のスパイ。

下手に喋れば父の部下に引き渡されるどころか、ここで消される可能性もある。


彼女は押し黙り、視線を落とした。

そのとき、はだけたローブの隙間から金属の装飾品がちらりと光る。


シアンはその輝きを逃さなかった。

それはクロックバードを介してこの場を見ている、グレンダも同じだった。

 

『そのブローチ……。アークライン帝国の上層部が着けるものだね』


少女はハッとしてローブを引き寄せ、ブローチを隠した。

そして黙り込む。


場の空気が、一瞬で重くなった。

カイが不安げにシアンを見上げる。


その沈黙を破ったのは、シアンの一言だった。


「──蒸気の心臓──」


シアンの口から出たその単語に、少女はバッと顔を上げた。

目は大きく見開かれながらも、顔はみるみる青ざめる。


「やっぱり、知ってるな」

 

シアンは頭をかきながら言った。


「……もしかして、それを手に入れて戦争を起こすつもりなのか?」


シアンがそう問いかけると、少女はすぐさま首大きくを横に振った。

それを見てシアンはほっと肩で息をついた。

 

「そうか、なら安心しな。俺たちも、それを使って戦争を起こすつもりはねえよ」


「……え?」


少女の唇が震えた。

シアンは壁にもたれ、短く息を吐く。


「俺たちは軍がしようとしてる戦争を止めるために来た。

あれが軍の奴らに渡ると、戦争は避けられねえらしい」


そう言って拳を握りしめた。

 

「だから……この地下に眠ってるその蒸気の心臓を回収して、帝国軍が起こそうとしてる計画をぶっ壊す」


シアンが言い終わると、横に立っているカイが腕を組んで鼻高々とふんぞり返る。


「それが僕たちの仕事さッ!」


シアンは穏やかに彼女を見つめながら一歩近づく。

 

「お嬢さん……。あんたは、どうなんだ?」


少女は数秒、何も言えなかった。

けれど胸の奥にあった想いが、勝手に言葉になっていた。

 

「わ、私も……。戦争を止めたくて……ここに来ました」


震える声、それでもはっきりとした意志。


その瞬間、カイが息をのんだ。

クロックバードのスピーカー越しに、グレンダが短くため息をつく。


シアンは少女の言葉を聞いてすぐ、カイとクロックバードを見た。


「ほらな。言ったろ? この子は敵じゃねえって」


そしてニヤリと笑った。


『……やれやれ』


クロックバードの向こうでグレンダは呆れた。

 

『お前さんの“勘”は、時々……恐ろしいほど当たるから困るよ』


「だろ?」

 

シアンが肩をすくめて笑うと、カイもやれやれと呟きながらも笑顔を浮かべた。


そのやり取りを見つめながら、少女は心の奥が少し温かくなるのを感じた。


ほんの少し前まで、自分は孤独だった。

けれど今は――少しだけ、救われた気がする。


シアンは少女の前に立ち、手を差し伸べた。

 

「俺はシアン・クロウ=フィールド。スチーム・フィールドのシアンだ」


その掌は油と煤で汚れていたが、どこか誇りを感じさせる手だった。

少女はその手を見つめ、少しだけ迷ってから、そっと手を伸ばした。


「……私の名前はルシア。ルシア・ハートランドです」


名を名乗ったと同時に、プラントの奥で蒸気の鳴動が一段と高まった。

まるでこの出会いを祝福するかのように。


そしてこの瞬間、戦争を止めるための奇妙な四人の旅路が始まった。

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