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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第1章、運命の鼓動
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24/113

24.夜の逃走、金の髪

蒸気の夜気が肌にまとわりつく。

 

シアンは屋上から屋上へ、義手のワイヤーアンカーを飛ばしては着地し、また飛ぶ。

蒸気の街を駆け抜ける音が、遠くの工場の鼓動と混じりあう。


その下では、カイが地上で慎重に動力プラントへと進んでいた。

ギアランナーの補助駆動を最低限に抑え、コツン、コツンと控えめな足音を響かせる。

 

シアンの手の合図――「止まれ」「進め」「隠れろ」に合わせ、影から影へと滑り込むように慎重に進む。


二人の連携は完璧に息が合っていた。

スチーム・フィールドの看板を背負う兄弟分としての信頼が、その様子から見てとれる。


「動力プラントまで、あと少しだな……」

 

シアンが屋上で呟いた、その時。

どこからか警告灯が鳴り響いた。


地上の暗がりから、赤い閃光がちらついた。

オートマトンが一体、鋭い金属音を鳴らしながら通りの奥から走ってくる様子が伺えた。

 

しばらくその方面を見つめていると、オートマトンが姿を現した。

両脚の関節部からは蒸気が噴き出し、頭部のセンサーが脈打つように光っている。


「チッ、気づかれたか……。でも、なんであんな遠くから――」

 

シアンは即座にパンパンと手を叩き、即座に合図を出した。

手で止まれ、次いで隠れろのサイン。


カイはその指示を受け取り、咄嗟にパイプの影に身を滑り込ませた。

ギアランナーの音が止み、わずかに金属の匂いだけが残る。


だが次の瞬間――

 

オートマトンは進路を変え、別方向へと駆けていった。

カイのいる道に目もくれず、建物の角を曲がっていく。


「あれ? こっちじゃねえのか?」

 

シアンは眉をひそめ、オートマトンの進行方向の先を追う。

そして見た。

 

オートマトンが追っていたのは——


灰色のローブの人物。

夕方、メイン広場で見失った、あの得体の知れない影だった。


「おいおい。マジかよ……見つかってやんの」

 

シアンは屋上から身を乗り出し、唇の端を歪めた。


「ここに居るってことは、やっぱりあいつ……蒸気の心臓を狙ってる軍の人間なのか?」


そう呟くと、腰のホルダーから小型の望遠鏡を取り出す。

真鍮製の鏡筒を伸ばし、ローブの人物を覗き込む。


「なら……。どんな顔か、拝見させてもらおうかな」


狭い通路を走り抜けるその姿。

オートマトンの探照灯が一瞬、その素顔を照らした。


その時、シアンは息を飲んだ——。


灰色のローブの隙間から、金色がこぼれる。

鮮やかな金髪のショートボブ。

暗闇の中でも浮かび上がるような光沢を放ち、顔を上げたその表情は、驚くほど整っていた。


まだ幼さを残すが、凛とした美しさ。

年の頃は十八ほどだろうか。しかも、その瞳が涙に濡れている。

 

追われる恐怖と、何かを必死に訴えるような焦燥が見えてとれた。


「い、いいッ!? お、女ァ!?」

 

思わず声が裏返った。

シアンの声に下で隠れていたカイが反応して声をかける。

 

「兄貴! どうしたの!? もう行っていいの!?」


シアンは慌てて周囲を見渡し、小声で叫んだ。

 

「カイ! この先、オートマトンはいねぇみてぇだ! 先に行って動力プラントの裏口を開けとけ!」


そして焦るように遠くを指さして言葉を続ける。


「言ってたローブの奴、見つけた! しかも女だ! さっきのオートマトンに追われて泣いてやがる!!」


その言葉にカイは一瞬目を丸くした後に呆れた顔をしてシアンを見つめる。

 

「……兄貴が考えてること、分かるよ。どうせその女の人助けるつもりなんだろ?」

 

ゆっくりとパイプの影からカイは姿を現す。


「悪い人かもしんないよ!?」


シアンは望遠鏡から目を外しカイの方向に向くと、キリッとした顔に変わっていた。


「何言ってやがる! 女が泣いてるのをほっとくようなシアン様じゃねぇぞ!」


そう告げると、歯を見せ笑みを浮かべる。

 

「いいか! 先に行って扉開けとけ! わかったな!」


「……まったく、ほんとお人好しなんだから」

 

カイは苦笑しつつも、そんな兄貴分が嫌いになれなかった。

 

「分かった! 先に行くよ! でもホントに気をつけてよ!」


親指を立てるカイ。

シアンも同じく親指を突き上げ、また歯を見せニッと笑った。


「よし! じゃあ行くかッ!」


シアンは首から下げていたゴーグルを勢いよく装着する。

圧縮蒸気の音が鳴り、ゴーグルの視界が夜用モードに切り替わる。

 

シアンはワイヤーアンカーを放ち、金属の軋む音とともに空を駆けた。


「待ってろよ、金髪のお嬢さん! あんたにゃ涙は似合ってねぇぜ!」


蒸気と光の中を、義手の青年は一直線に飛ぶ。

その先には、運命を変える“出会い”が待っていた。

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