23.蒸気の街に忍ぶ影
あれからシアンとカイは北区に侵入するために移動し、ようやく潜入するための建物の付近にある、ひとつの建物の屋上に立っていた。
クロックバードを介して、グレンダからの指示が届く。
『そこから向こう側に見える建物、あそこに飛びな』
その声を頼りに、シアンとカイは夜風の吹く街を見下ろしていた。
アルディス北区。
白銀の蒸気が夜空を漂い、路地という路地に管と歯車の影が延びる。
ここはこの街のインフラを支えるためのあらゆる動力が集まる場所だった。
静寂の中に、都市そのものが呼吸しているような低い唸りが響く。
「行くぞ、カイ!」
シアンが左手を突き出し構える。
左手の蒸気兵装〈Mark.III〉の内部ギアが音を立てて回転し、次の瞬間。
バシュゥゥゥン!
甲高い音を立てて、ワイヤーアンカーが放たれた。
金属のアンカーが建物の壁面に突き刺さり、シアンは一気に宙を舞って目的の建物に飛んだ。
風を裂いて屋上に着地、わずかに火花が散る。
「えいっ!」
その直後、カイもギアランナーの補助を最大出力にして跳躍。
ガシャガシャッ!ガシャァァンッ!
脚部のピストンが激しく駆動し、大きく響く音を立てながら屋上へ着地した。
「バカお前ッ! さっき静かにって言ったろうが!!」
「しょうがないでしょ! ギアランナー使ってるんだから!」
カイが口を尖らせると、シアンは額に手を当ててため息をつく。
そのとき——
『静かにしな、このバカもんどもが!』
クロックバードの小さなスピーカーから、グレンダの怒号が響いた。
ピィィと短く鳴いた機械の鳥が、慌ててカイの頭の上で羽を震わせる。
二人は反射的に口を押えた。
屋上の縁からそっと下を覗くと、数体のオートマトンが音に反応して動き出していた。
眼球のようなセンサーが赤く光り、カシャンカシャンと無機質な足音を響かせながら周囲を見回している。
「やべっ……。聞かれちまったか?」
シアンは少し焦る。
『……いや、まだバレちゃいない』
グレンダの声が小さく響く。
『息を潜めてやりすごしな』
オートマトンはしばらく金属の体をきしませてあたりを警戒していたが、やがて別の通路へと去っていった。
「ふう……」
二人は胸をなでおろした。
この瞬間、北区への潜入が成功した。
「さて、ここからどうするか……」
シアンは腰のポーチから折り畳まれた地図を取り出すと、それを屋上の床に広げ工具箱から取り出したランタンの微光で照らした。
隣にいたカイは背を少し伸ばして、シアンの地図を覗き込む。
「そういえばオートマトンが普通に巡回してるね。兄貴の言ってたローブの人は、まだ来てないのかな?」
カイの言葉にシアンは少し目を細めた。
「……だといいがな。もしかしたら、俺たちより先に潜り込んでるかもしれねえから気は抜くなよ」
そんなやり取りをしていると、クロックバードがカチカチと音を立て、光点で地図の一点を示す。
『そのまま北へ向かいな。通りを抜けて左手の通路を進んだ最奥、そこに動力プラントがあるよ』
グレンダの声が響く。
「了解」
シアンが頷き、地図をたたんだ。
「カイ、さっきみたいな音立てないように気をつけろよ」
「分かったよ兄貴、そしたら僕は道から行くよ」
突然のカイの提案にシアンは思わず目を丸くした。
「は? 大丈夫か!? 見つかったらやばいぞ!」
シアンが焦るが、カイはにやりと笑い親指を立てた。
「大丈夫! 僕小さいし、ここは隠れるとこも多そうだから」
そう言ってカイは屋上の縁に駆け寄り、突き出したパイプを器用に滑り降りる。
地上に降り立つと、カイはギアランナーに付いている小さなボタンを押した。
脚部モードから腕部形態に小さな音を立てて変形をし始めた。
しばらくしてそれが完了すると小さなピストンが静かに駆動し、物陰を伝いながら音を立てずに進んでいく。
屋上からその姿を見送るシアンは、小さく息をついた。
「はは……まったく。怖いもの知らずにも程があるだろ」
そう呟き、肩をゆっくりと回す。
〈Mark.III〉の内部で圧縮蒸気が鳴動し、ワイヤーアンカーが再び展開する。
バシュン!
「さて、俺も行くとするか」
シアンは夜風を切って跳躍。
ワイヤーアンカーを次々に放ち、建物から建物へと飛び移っていく。
鋼の街の空と地面を、二つの影が静かに駆け抜ける。
目指すは北区の最奥――
封印された「蒸気の心臓」へ。
アルディスの夜は、いま確実にその歯車を回し始めていた。




