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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第1章、運命の鼓動
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20.夜汽の街、出発点

深夜のスチーム・フィールドは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

薄暗いランプの明かりが、壁に吊るされた無数の歯車や工具を鈍く照らしている。

 

時折、蒸気の配管が白煙を吐き、鉄の匂いと油の匂いが混じり合う。

その中で、シアンとカイの二人は慌ただしく荷物をまとめていた。

 

シアンは机の上には左手の調整工具、燃料ボンベ、蒸気兵装に装着するであろう不思議なアタッチメントらしきものを工具箱に詰め込む。

そして、最後に愛用の青いジャケットに袖を通した。


カイはバタバタと工房の隣にある自分専用のガレージに飛び込み、その中で大きな物音を立てながら必死に何かを準備していた。


夜風を入れるために開け放たれた窓から、遠くの工場群の汽笛がぼんやりと響いてくる。


「お前さんたちは……やっぱり落ち着きがないねぇ」

 

奥の作業机で、グレンダが腕を組んでいた。

銀の髪を後ろでまとめ、古びた金縁のモノクルかけたまま、孫のような青年たちを見守っている。


「落ち着いてらんねぇよ。久々に“夜の北地区”まで行くんだ、整備は念入りにしとかねぇとな」

 

シアンは義手のピストンを軽く叩き、蒸気の噴出口を確かめる。

ひとつ間違えば命を落とすかもしれない世界——それを熟知しているだけに、準備は怠れなかった。


「そういやシアン。さっき言ってた“ちょっと気になること”ってのは、なんなんだい?」

 

グレンダの声に、シアンはピタリと手を止めてハッとする。

カイが飛び込んできたせいで、話が途中になっていたのだ。


「……ああ、それなんだけど……」

 

シアンは頭を掻きながら、気まずそうに息を吐いた。

 

「実はさ、マフィアとやりあった件なんだけど、そのきっかけってのが──港で怪しいヤツを見かけてさ」


「怪しいヤツ?」

 

「ああ、灰色のローブを着たヤツ。あれ、ただの観光人じゃねえと思う。急ぎ足で北方面に向かってたんだ」


その言葉を聞いた瞬間、グレンダの目が鋭く光った。


「なんだって!? なんでそんなヤバそうな話、もっと早く言わないんだい!」


「俺ももっと早く言おうと思ってたんだよ。でも、カイが突然──」

 

「言い訳すんじゃないよ!!」


机を叩く音が響く。

 

「そいつが向かった時間帯はいつなんだい!」


シアンは肩をビクリと動かし、口を開く。


「最後広場で見失ったのが……夜になる少し前くらいだった」


グレンダはそのローブの人物の現在の居場所を静かに逆算し始めた。


「北地区の動力プラントは街の最北端。路面電車や交通機関を使われたら、もう着いてとっくに動き始めてるだろうが……」


「広場から徒歩で行ったってんなら、まだ間に合うかもしれないね。……そいつが生身のままの人間ならね」


グレンダの声には焦りが滲んでいた。

北区の動力プラント、そこにはこの街アルディスの心臓部とも言える蒸気供給網の中枢もある。


もし何者かがそこに手を加えたとしたら、それはただの妨害では済まない。

都市全体の命が止まるのだ。


「シアン! 急いで行きな!」


グレンダは声を荒らげてシアンに指示するが、シアンは困った顔を浮かべた。


「でもよ、ばあちゃん。俺一人ならともかく、カイもいるとなると──」


言いかけたその瞬間、工房の隣のガレージから元気いっぱいの声がした。


「兄貴! 僕なら大丈夫だよ!」


扉が開かれると、異様な姿のカイが姿を現した。

 

少年の脚には、金属の外骨格が装着されている。

ピストンが小刻みに動き、蒸気がふわりと立ち上がった。


「おいおい、それ……“ギアランナー”じゃねぇか!」


カイのその姿を見て、シアンが驚きの声を上げる。


ギアランナー。

脚部に装着し、歯車とピストンの力で人間の数倍の速度で駆け、跳躍することができる短時間稼働の補助機構。

本来は軍用だが、カイが廃棄部品を改造し、しかも長時間稼働できるように仕上げた代物。

しかも、脚部から腕部への装着部切り替えまでできるようになっている。


——プシュゥゥゥン。


「すげぇな、お前! こりゃもうマジで一人前の技師の仕事だな!」

 

「これなら兄貴が僕を置いていくこともないし、おぶらなくても平気でしょ?」


カイは誇らしげに笑うと、シアンはじっくりとギアランナーを眺める。


「へぇ、よく出来てるな。でもよ、この駆動部のカバー……。外してここをこういじると……」

 

「あっ、なるほど! さすが兄貴、そんな発想なかったよ!」


二人は夢中でメカ談義を始めてしまう。

その光景を見て、グレンダは額に手を当てた。


「このバカもんども! そんな話してたらどんどん時間がなくなっちまうだろ! 早く行けぇぇぇッッ!!」


その怒声に、シアンとカイは同時にビクリと肩をすくめ、慌てて玄関へ走り出す。

 

ドアを開け放つと、夜気とともに外の蒸気音が流れ込んできた。

街の明かりは霞み、遠くに見えるプラントの煙突が赤い警告灯を点滅させている。


シアンはその光景を見ながら、ゆっくりと息を吐いた。


「行くぞ、カイ! 北区は風が強いからな! 気ぃ引き締めろよッ!」

 

「うん、兄貴!」


靴音とギアの駆動音が、夜の路地に消えていく。

蒸気の街アルディス、真夜中の灯の中でふたりの影が揺れた。


背後からグレンダの声が飛ぶ。

 

「カイ!」

 

思わず二人は振り返る。

グレンダは二人を見つめ、そして口を開いた。

 

「帰ってきたら……そのギアランナー! アタシにもよく見せておくれよ!」


シアンとカイは顔を見合わせ、にかっと笑った。


「うん、! 楽しみにしててー!」


手を上げて別れの合図を送ると、二人は夜霧の中へと消えていった。


その先に待つのは、北地区の動力プラント。

そしてそこには、封じられた禁断の動力、“蒸気の心臓”が待つ。


世界の運命を揺るがす出来事が、今まさに始まった。

 

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