19.スチームファミリー
勢いよく転がってきたカイを見て、グレンダは思わず声をあげた。
「カイ、お前さん……どうしてここに?」
驚きと戸惑いが入り混じる声だった。
グレンダはこの裏の仕事に、カイは関わらせまいとしてきた。
それが——この瞬間、すべて無駄になったことを悟る。
カイは埃を払いつつ、どこか決意を宿した瞳で二人を見上げた。
「兄貴とグレンダさんが、僕を関わらせずに何かしてるのは……ずっと前から分かってたんだ」
その声は幼さを残しながらも、どこか大人びていた。
シアンはわずかに目を細めた。
「お前、さっきの……。もしかして、全部聞いちまったのか?」
「全部って訳じゃないけど……。これからどこに行くとかは聞いたよ」
カイはそう言って、震える手で拳を握る。
「……そ、それでさ! 僕にも手伝わせてよ!」
その言葉に、シアンの声が一気に荒くなる。
「何言ってやがる! ダメに決まってんだろ!」
怒声が地下室に響き渡った。
「お前はまだ十二だぞ! 子どもだ! そんなやつを、こんな危険なことに巻き込めるか!」
シアンの怒鳴り声には、明らかな“恐れ”が滲んでいた。
カイを失うこと——その想像が、シアンを突き動かしていた。
「でも!」
カイは涙を浮かべながら、それでも引かなかった。
「僕だってこの〈スチーム・フィールド〉の一員だよ!」
キッとシアンを睨みつけた。
「僕が知らないうちに兄貴やグレンダさんがいなくなっちゃうなんて、そんなの……嫌だ!」
その叫びは、まだ少年の声だった。だが、確かな覚悟が宿っていた。
しばらく二人の押し問答が続いたがそれを切り裂いたのは、グレンダの低い声だった。
「シアン、その辺にしときな……」
グレンダは声を荒らげていたシアンを静止した。
その瞬間にピタリと止まり、シアンは自分の主に目を向けた。
「でもばあちゃん! こいつは——」
何かを告げようとするシアン、しかしグレンダがその言葉に割って入る。
「もうカイは知っちまったんだ。……それにね」
グレンダは静かに語りながら、カイに近づき頭を軽く撫でた。
「この子はね、もしかしたらお前よりずっとすごい男かもしれないよ。お前が初めてこの裏の仕事を任された時なんて、“嫌だ嫌だ”って喚いてたじゃないか」
そう言ってシアンを見つめる。
「なのにこの子……。カイは、自分からアタシたちに乗っかってきたんだ」
「くっ……! でも、カイになんかあったらどうするんだ!」
シアンはまだ食い下がるが、グレンダは静かに笑った。
「そん時はアタシとお前が、この子を助けてやるんだよ」
至って真面目な声。
「それともなにかい?」
グレンダはふっと笑う。
「これから国を救おうとしてる男が、こんな小さな子どもひとりも守れないってのかい?」
その一言に、シアンの口が閉ざされる。
歯を食いしばり、義手の拳を握る音だけが響いた。
まだ納得いかない顔をするシアンを見て、グレンダはゆっくりと腰に手を当て、やれやれと笑う。
「それにね、アタシもそろそろカイに話そうと思ってたんだ」
その言葉を聞いた瞬間にシアンの目が丸くなった。
「……え?」
「最近、足腰が辛くてね……。年寄りにまだ働けってのかい?」
そうしてグレンダは足腰を撫で、痛そうな素振りをしながらシアンをチラリと見た。
「ばあちゃん……」
シアンが呟く。
その顔は、そんなこと言われたら何も言えないという影が落ちた。
その顔を見て、グレンダはシアンに近づき優しく頭を撫でた。
「どの道バレるのも、カイが知るのも時間の問題だったんだよ」
グレンダはそのまま続けた。
「今回は、たまたまこういう形でカイが知っちまっただけさ」
「でもね――カイ」
グレンダはくるりカイに向き直り、そして身をかがめ、少年と目線を合わせた。
「これは遊びじゃない。途中で嫌になっても、やめることはできないよ」
目を逸らすことなくじっとカイの瞳を見つめた。
「いいね?」
カイは唇を噛み、やがて大きく頷いた。
その小さな手の震えを、グレンダは見逃さなかった。
だが、その震えは“恐怖”ではなく、“決意”の証だということも。
「ふぅ……ったく。ばあちゃんがそこまで言うなら、俺が逆らえるわけねぇじゃん」
シアンは苦笑し、頭をかいた。
「分かったよ。ただし! 何かあった時は絶対に俺の背中から離れるいいな」
そうしてシアンはカイに手を差し伸べた。
「うん!」
カイの返事は、どこまでもまっすぐだった。
シアンの手をとり、カイは立ち上がる。
グレンダは二人を見て、静かに頷いた。
「よし。じゃあ改めて——これでアタシたちは、本当の家族だ」
その言葉に、シアンもカイも同時に笑った。
蒸気の吹き出す音が、まるで祝福のように天井から響く。
スチーム・フィールドの三人は、改めて固く結ばれた。
それは血ではなく、信念で繋がる“蒸気の家族”として生まれ変わった瞬間だった。




