18.誇りの花は灰の上に
秘密の会談を終えた地下室には、蒸気の吐息のような静寂が漂っていた。
壁を這う管の中を、どこかのボイラーから送り出された熱気が低く唸りながら流れていく。
誰もが胸の奥に、重たい歯車の音を抱えたまま、無言で動き出した。
グレンダとシアンはスチーム・フィールドの一階へ戻る階段へと向かい、その背でバーンとガルドが、地下水路へと続く厚い鉄扉に歩を進めていた。
湿った石壁が反響するたび、どこかで古い金属が軋む。
シアンは数歩進んだところで足を止め、振り返った。
「バーンさん」
短く呼びかける声に、老貴族がゆっくりと肩越しに振り向く。
「赤としてのアンタと初めて顔を合わせてから今まで、俺はばあちゃんに付き添って来るだけで、アンタと直接話す機会なんてなかった」
「でも——今……。ひとつ聞かせてもらいたいんだ」
「貴様、誰に向かってアンタなんて——!」
ガルドが思わず咎める。だがバーンは片手を上げ、それを制した。
「いいんだ、ガルド。……なんだい、スモーク・ウォーカー……。いや、シアンくん?」
その声には、かすかに笑いが混じっていた。
「エルディア大戦の功績で、アンタは軍人から貴族になったってばあちゃんから聞いてる。そんなアンタは……戦争をしたことを誇りに思ってるのか?」
その問いに、空気がひりついた。
グレンダでさえ息をのむ。
灯火が揺れ、バーンの顔の皺に影が走る。
「……誇り、か」
彼は低く呟き、重たい呼吸を吐き出した。
「そりゃあ、国を守れたことは誇りさ。家族や仲間、帝国の民を守れたこともな」
「だがな——、“やったことまで誇れ”って言われたら、それは違う」
バーンは真っ直ぐにシアンを見つめた。
「誇りと正しさは、似てるようでまったく別物だと私は思っているよ。あの頃の私たちは、“正しい”と思い込むことでしか立っていられなかったんだよ」
一拍の沈黙が流れた。
遠くの蒸気管が、まるで記憶を吐き出すように唸った。
「夜になると、耳の奥で今でも聞こえる。敵も味方も、関係なくなった“声”がな」
「守れたのは事実だ。だが、それで失ったものも確かにあった。戦争で得た誇りなんてのは、そういう傷の上にしか咲かない花なのかもしれんな」
地下の灯が揺らめく中、その言葉はまるで鉄のように重く響いた。
シアンはしばらく黙っていたが、やがて口元に小さく笑みを浮かべた。
「バーンさん……。今の言葉で、少しだけ分かりました。貴方がどんな人なのか」
「蒸気の心臓——、必ず手に入れて届けます」
若さではなく、覚悟の光がその瞳に宿る。
バーンは目を見開き、次の瞬間、にやりと笑った。
「ふっ……若いくせに、生意気なことを言うじゃないか」
そう言うと、老いた手で拳を握り、ぐっとシアンに突き出した。
それは貴族の礼儀ではない。
かつて戦場を駆けた男——バーン・アルベルトとしての“激励”の拳だった。
シアンも無言で義手を構え、その拳をバーンに向ける。
金属が鳴り、鈍い響きが地下室に残った。
「頼んだぞ。……民を、この国を……いや、世界を」
「了解」
短い言葉を交わし、バーンとガルドは鉄扉の向こうの闇へと消える。
扉が閉じる音は、まるで時代の終焉を告げる鐘のように重かった。
静寂を切り裂くように、グレンダがため息をつく。
「さて……。早速動くとするかい」
「ああ。ちょっと気になることもあるしな」
「なにだい? 妙に意味深じゃないか」
軽口を交わしながら、グレンダが鉄扉に手をかけたその瞬間――。
「うわあっ!」
勢いよく開いた扉の向こうから、何かが転がり出てきた。
床をゴロゴロと転がり、シアンの足元でぴたりと止まる。
「……カイ!? お前寝てたんじゃなかったのかよ!」
「い、いやぁ……。その、寝ぼけてたっていうか……。えっと……」
明らかに聞き耳を立てていた顔。
シアンとグレンダは同時にまずいことになったと顔を見合わせた。
蒸気の吐息が、三人の間にゆるく流れる。
戦争の残響と未来への鼓動が、静かに交錯していた。




