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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第1章、運命の鼓動
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18/118

18.誇りの花は灰の上に

秘密の会談を終えた地下室には、蒸気の吐息のような静寂が漂っていた。

壁を這う管の中を、どこかのボイラーから送り出された熱気が低く唸りながら流れていく。

 

誰もが胸の奥に、重たい歯車の音を抱えたまま、無言で動き出した。


グレンダとシアンはスチーム・フィールドの一階へ戻る階段へと向かい、その背でバーンとガルドが、地下水路へと続く厚い鉄扉に歩を進めていた。


湿った石壁が反響するたび、どこかで古い金属が軋む。


シアンは数歩進んだところで足を止め、振り返った。

 

「バーンさん」

 

短く呼びかける声に、老貴族がゆっくりと肩越しに振り向く。


「赤としてのアンタと初めて顔を合わせてから今まで、俺はばあちゃんに付き添って来るだけで、アンタと直接話す機会なんてなかった」


「でも——今……。ひとつ聞かせてもらいたいんだ」


「貴様、誰に向かってアンタなんて——!」

 

ガルドが思わず咎める。だがバーンは片手を上げ、それを制した。


「いいんだ、ガルド。……なんだい、スモーク・ウォーカー……。いや、シアンくん?」

 

その声には、かすかに笑いが混じっていた。


「エルディア大戦の功績で、アンタは軍人から貴族になったってばあちゃんから聞いてる。そんなアンタは……戦争をしたことを誇りに思ってるのか?」


その問いに、空気がひりついた。

グレンダでさえ息をのむ。

 

灯火が揺れ、バーンの顔の皺に影が走る。


「……誇り、か」

 

彼は低く呟き、重たい呼吸を吐き出した。


「そりゃあ、国を守れたことは誇りさ。家族や仲間、帝国の民を守れたこともな」

 

「だがな——、“やったことまで誇れ”って言われたら、それは違う」


バーンは真っ直ぐにシアンを見つめた。

 

「誇りと正しさは、似てるようでまったく別物だと私は思っているよ。あの頃の私たちは、“正しい”と思い込むことでしか立っていられなかったんだよ」


一拍の沈黙が流れた。

遠くの蒸気管が、まるで記憶を吐き出すように唸った。


「夜になると、耳の奥で今でも聞こえる。敵も味方も、関係なくなった“声”がな」

 

「守れたのは事実だ。だが、それで失ったものも確かにあった。戦争で得た誇りなんてのは、そういう傷の上にしか咲かない花なのかもしれんな」


地下の灯が揺らめく中、その言葉はまるで鉄のように重く響いた。


シアンはしばらく黙っていたが、やがて口元に小さく笑みを浮かべた。

 

「バーンさん……。今の言葉で、少しだけ分かりました。貴方がどんな人なのか」


「蒸気の心臓——、必ず手に入れて届けます」


若さではなく、覚悟の光がその瞳に宿る。

バーンは目を見開き、次の瞬間、にやりと笑った。


「ふっ……若いくせに、生意気なことを言うじゃないか」

 

そう言うと、老いた手で拳を握り、ぐっとシアンに突き出した。


それは貴族の礼儀ではない。

かつて戦場を駆けた男——バーン・アルベルトとしての“激励”の拳だった。


シアンも無言で義手を構え、その拳をバーンに向ける。

金属が鳴り、鈍い響きが地下室に残った。


「頼んだぞ。……民を、この国を……いや、世界を」

 

「了解」


短い言葉を交わし、バーンとガルドは鉄扉の向こうの闇へと消える。

扉が閉じる音は、まるで時代の終焉を告げる鐘のように重かった。


静寂を切り裂くように、グレンダがため息をつく。

 

「さて……。早速動くとするかい」


「ああ。ちょっと気になることもあるしな」


「なにだい? 妙に意味深じゃないか」


軽口を交わしながら、グレンダが鉄扉に手をかけたその瞬間――。


「うわあっ!」


勢いよく開いた扉の向こうから、何かが転がり出てきた。

床をゴロゴロと転がり、シアンの足元でぴたりと止まる。


「……カイ!? お前寝てたんじゃなかったのかよ!」

 

「い、いやぁ……。その、寝ぼけてたっていうか……。えっと……」


明らかに聞き耳を立てていた顔。

シアンとグレンダは同時にまずいことになったと顔を見合わせた。


蒸気の吐息が、三人の間にゆるく流れる。

戦争の残響と未来への鼓動が、静かに交錯していた。

 

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