15.アルディスに隠されたもの
「アルディスで何かが起きる……?」
グレンダは眉をひそめ、バーンの口から出た言葉を反芻するように呟いた。
地下室に流れる蒸気管の音が、やけに大きく響く。
ランタンの灯りが僅かに揺れると、金属の壁に映し出された影がまるで踊るようにゆらりと揺れた。
「まさかあんたら……。本当にまた戦争でも起こそうってんじゃないだろうね?」
眉をひそめながら質問するグレンダの声には、老魔女らしい鋭さと怒気が混じっていた。
その鋭い言葉にバーンは一瞬、表情を曇らせた。
だが、バーンが答えるよりも早く、隣のガルドが身を乗り出す。
「そんなつもりはありません! 我々は、あのような悲劇を二度と繰り返す気などッ!」
拳を握りしめ、声を張り上げる屈強そうな軍人。
その額には薄く汗が滲んでいた。
「そう……。少なくとも、我々貴族派――“赤”は、ね」
静かな声でバーンがそう告げると、室内の雰囲気が一気に冷たいものへと変わった。
その言葉に、グレンダの目が細まり、シアンもぴくりと肩を動かした。
「今の言い方……。何か引っかかるね」
グレンダが低く言うと、バーンは深く息を吐きながら椅子の背に身を預けた。
「魔女殿……。戦争を直に体験した我々の世代は、平和の重さを知っている。それと、その平和を一生懸命維持してきた多くの民たちも」
そう語るバーンの目から徐々に光が消えていく。
「だが……。一部の連中は違う」
低く響く声が、湿った地下に沈み込んでいく。
「血気盛んなアークライン帝国軍の中に、“かつての栄光”を夢想する者たちが現れ始めているのです」
「たしかに……。今の軍人どもは大半は戦争を知らんからね」
グレンダが頷きながら呟いた。
「そして――若き現皇帝もね」
バーンがそう告げた瞬間、グレンダは息を飲んだ。
「経験してないから、強さを誇示したくなる……」
シアンは小さく拳を握りしめ、小さく口を開いた。
「まさか、そんな馬鹿げた理由で戦を起こすつもりかよ……?」
シアンのその声に、ガルドが立ち上がって応えた。
「そうならないように──我々“赤”が貴方たちに協力を求めに来たッ!」
彼の瞳には真っ直ぐな光が宿っていた。
沈黙が部屋を包み込む。
蒸気管から蒸気が音を立て吹き上がり、白い靄がグレンダとバーンの二人の間を隔てるように漂う。
「……なるほどね」
グレンダがゆっくりと杖をつき、霞が晴れ目の前に再び現れたバーンを見据える。
「で? 今回の“お願い”ってのは何だい?」
バーンは懐から銀の懐中時計を取り出し、ひと目針の位置を確認してから小さく口を開いた。
「まだ……。時間は大丈夫そうですな」
そして再びバーンはグレンダと、そしてシアンを交互に見つめた。
「蒸気の魔女殿……。そして、煙の中の男……スモーク・ウォーカー殿。──この街が“機械の心臓”と帝都の一部の人間にそう呼ばれているのはご存知ですかな?」
「機械の心臓? なんだそりゃ……?」
無言で頷くグレンダ。
しかし、機械の心臓と言う単語に、シアンが首を傾げた。
バーンはその反応が普通だと言わんばかりに頷き、それから低い声で続けた。
「普通なら機械都市、または蒸気都市……。はたまた職人の街そう呼ばれるくらいで十分なはず。それでも帝都の一部の人々がこの街を“心臓”と呼ぶのは理由がある」
その瞬間、グレンダは何かに気づいて口を開いた。
「まさか……。そういうことかい」
グレンダの目が細くなる。
その声には、長年隠してきた秘密を見透したような響きがあった。
「その言葉で確信したわい。あれが……この街にあるんだね」
グレンダはじっとバーンを見つめ、そして核心となる言葉を告げた。
「“蒸気の心臓”が──」
その言葉を耳にしたバーンは拳を握りしめた。
「蒸気の……心臓?」
シアンとガルドが同時に声を漏らした。
グレンダとバーンの視線が、ゆっくりと交差する。
その瞬間、地下の空気が一段と重くなる。
バーンは静かに言った。
「やはり、貴女は勘がいい……」
「あれがある限り、アルディスは狙われる。軍にも、そして……“外”にも」
鉄の壁が冷たく響き、遠くで蒸気管が唸った。
シアンとガルドは無意識に喉を鳴らす。
“蒸気の心臓”──その名が意味するものを、この場の老年二人以外は知らなかった。




