14.赤き密約
スチーム・フィールドの奥にある開かずの間。
その先には地下へと続く螺旋階段があった。
鉄の靴音が静かに響く。
壁のランプがひとつ、またひとつと灯り、薄暗い地下を橙色に照らした。
その螺旋階段をシアンとグレンダは一歩、また一歩と下っていく。
「なあばあちゃん。今回はなんの用で赤は俺らのところに来たんだ?」
シアンは前を歩くグレンダに尋ねるが、彼女は首を横に振った。
「……分からん。ただ突然来るとだけしか言われんかった」
神妙な顔をしてシアンは呟いた。
「マジかよ……。前回と同じパターンじゃねえか。あん時はとんでもねえ依頼だったからなあ……」
そう言うと、シアンは左手を僅かに握りしめた。
前を歩くグレンダは、背中でシアンの雰囲気の変化を敏感に感じ取り、口を開いた。
「まあなに……。アタシとお前さんが組めば、きっと大丈夫さ」
その言葉にはシアンに対しての絶大な信頼を感じられた。
シアンはその言葉を聞いて一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤリと笑った。
「たしかに、俺とばあちゃんなら最強だからな!」
軽口を叩きながら、グッ拳を作った左手を持ち上げた。
しばらく下り、ついに二人は地下底にたどり着いた。
降り切った先には、古びた鉄扉が一枚。
「さて、待たせるのも悪い。さっそく中に入ろうじゃないか」
グレンダがドアノブを引くと、湿った空気とともに、油と鉄の匂いが鼻を刺した。
そこは小さな石造りの部屋だった。
中央には丸テーブルとそれを囲むように椅子が四つ。
壁際の棚にはランタンと地図、そして古い工具が整然と並んでいる。
その部屋の奥にあるもう一枚の鉄扉。
その先はアルディス地下を走る「地下水路」へと繋がっており、この蒸気街と帝国の秘密を結ぶ裏ルートだった。
そんな部屋の中に、来訪したものが二人。
テーブルの前に、すでに二人の男が座っていた。
一人はグレンダと同じぐらいの老年、整えられた髭と鋭い眼光を持つ。
もう一人は三十代ほどの屈強な男。
椅子に座りながら腕を組み、扉を開けて現れた二人を黙って見つめていた。
この二人こそが“赤”と呼ばれる人物たちだった。
どちらも深紅のマントを羽織り、背にはアークライン帝国の紋章──双翼の歯車──が刺繍されていた。
その二人を確認すると、グレンダとシアンはゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。
「……今日は随分と早い来訪だね、バーン。それと見ない顔だ、ウリアルやドルトンはどうしたんだい?」
杖で床をコツコツとつきながらグレンダが言うと、老年の男がゆっくりと口を開いた。
「ええ、実は今日は新人を連れてきましてね。地下水路のルートを教えがてら来たら、思いのほか早く着いてしまったのですよ」
声の主は、バーン・アルベルト。
アークライン帝国の貴族にして、かつてエルディア大戦時にこの街で“監督官”を務めた男だ。
低く響く声には、長年の権威と風格が滲んでいる。
シアンは無言のまま壁に背を預け、腕を組んで彼らを観察していた。
それを見たバーンの隣の男が、椅子を軋ませて立ち上がりシアンを指さし声を荒らげた。
「貴様ッ! 無礼にもほどがあるぞ! ここにおられるのが、どなたか分かっているのか!」
怒声が響くと同時に、部屋の空気が一気に張り詰める。
しかし、バーンは手を上げてそれを制した。
「よい、ガルド。ここでは我々が彼女と、そしてこの若者に──“お願い”をする立場だ」
「ずいぶんと威勢がいい新人だね。名前を聞こうじゃないか」
グレンダが尋ねると、ガルドと呼ばれた男は彼女に向き直り頭を下げた。
「……ガルド・レイナー。帝国軍に所属しています」
帝国軍という言葉を聞いたグレンダは少し目を細めた。
「ほう。まさか現役軍人が赤に加わったとは。……そりゃアイツの態度に言及するのもよくわかるね」
グレンダは、小さく息を吐きシアンを見つめる。
シアンは、俺は別にいいだろと言いたげに片眉を上げたが、すぐにグレンダに睨まれ仕方なく背筋を伸ばした。
「それとねバーン。さっきアタシが言った早いってのはここに着いた時間の事を言ってるんじゃない。前回から今回までの依頼のスパンのことさ」
グレンダの声は低く、鋭かった。
「まだ……。たった二年しか経ってない」
バーンは一瞬だけ視線を落とし、何事もなかったかのように口を開いた。
「ふむ。まあ、少々急な事情がありましてな」
バーンは組んでいた手をほどき、指先で顎をなぞる。
「港に停泊している軍艦はご覧になられましたか……蒸気街の魔女殿?」
“蒸気街の魔女”という呼び名に、グレンダは表情を変えず答える。
「……ああ、見たよ。あんな大層な鉄の塊、この街じゃ珍しい代物だからね」
バーンはそれを聞いて、ゆっくりと頷く。
その雰囲気の裏に潜む意図を読み取るように、グレンダは横目でシアンを見た。
シアンは無言のまま小さく頷く。
彼も港でその軍艦を見ており、ただならぬ気配を感じていた。
グレンダは再びバーンへ視線を戻す。
「……それがどうしたってんだい? まさか、本当にバルナス共和国と戦争をおっぱじめるつもりかい?」
グレンダの問いかけにより重たい沈黙が一瞬、部屋に落ちる。
バーンはゆっくりと立ち上がり、懐から一枚の金属板を取り出した。
そこには歯車と翼、そして赤い印章が刻まれている。
それを目を細くして眺めながら、バーンはゆっくりと口を開いた。
「近々……、いえ、あれが来航したということは今晩にでもアルディスで“何か”が起きる。我々としてもそれを看過できんのですよ」
その低く響く声に、グレンダもシアンも息を呑む。
部屋の蒸気管がシューッと鳴り、圧力が上がる音がした。
蒸気街の夜は、ついに赤く染まり始めようとしていた。




