12.曇るモノクルと叱られ男
群衆の向こうから、金属の脚が石畳を叩く音が近づいてきた。
カン、カン、と乾いた音が二つ。
蒸気を吐き出しながら現れたのは、人の半分ほどの背丈の二体のオートマトン。
無骨な二足歩行の機体には帝国警察の紋章が刻まれ、赤い警告灯がぼんやりと回転していた。
オートマトンを見た瞬間、シアンは苦い顔をする。
「……あー、やっぱ来やがった」
シアンはうんざりした顔で呟いた。
「おい、やっぱとはなんだ」
それに続くように人混みの奥から一人の男が現れた。
黒いロングコートに身を包んだ姿。
短く刈り込んだ黒髪を帽子の中にまとめ、鋭い灰色の瞳が光る。
モノクルをかけており、レンズは蒸気で薄く曇り、目の前に立つシアンを反射して映していた。
彼は帝国警察・アルディス機工特区・蒸気機関管理課刑事、ゴード・カンベル。
「シアン……またお前か」
呆れた声とともに、ゴードはため息をついた。
「ち、違ぇよ! 俺は何もしてねえ……あ、いや、したか。でも! こいつらがぶつかってきて因縁を——」
「言い訳は署で聞く」
呆れた顔をしながらそう言うと、ゴードはシアンを黙って見つめた。
「いやだから、本当なんだって!」
シアンの必死の弁明を聞き流しながら、ゴードは壊れた屋台と転がるマフィアたちを見回す。
「まったく……広場で暴れたって聞いたときは信じたくなかったがな。お前、前回の補導のときに何て言ったか覚えてるか?」
「“次は大人しくしてる”って……」
「そうだ。その“次”が今日だ」
シアンはたじろぎながら、自分の頭をかいた。
「それにお前なぁ、蒸気兵装の許可申請はちゃんと更新したのか?」
「街の中で無断で蒸気兵装を使うのは帝国条例違反だって何度も言ってるだろう!」
「それにな、前回酒場で揉め事を起こした時の修理費を誰が——」
捲し立てるようにゴードは次々と口を開いた。
シアンはこれは堪らんと、耳を塞いだ。
「わかった、わかってるよ! でも今回はマジで不可抗力だって言ってるだろ!」
「不可抗力だあ? 何言ってんだお前! マフィアと言えどこいつらアルディス市民だぞ? それををぶっ飛ばしておいて、そんなことよく言えるな!」
ゴードの説教は長い。
シアンは肩を落とし、蒸気を吐くようにため息をついた。
「頼むよゴードさん、今日は勘弁してくれよ。ばあちゃんに呼ばれてんだ、だから今夜はどうしても戻らなきゃならねぇんだよ」
シアンがそう言うとゴードは静まった。
許してもらえた、シアンはそう思ったか違った。
「……グレンダ婆さんか。まさか、またお前の義手を勝手に改造してるんじゃないだろうな?」
今度は別件でシアンをチクチクと突いてくる。
「そ、そんなことねぇよ! それに〈Mark.III〉をいじっ……調整してるのはカイだよ!」
「ほお、そうか」
「それに、ちょっとしたもんだし……」
その瞬間にゴードのモノクルが光った。
「そういう“ちょっと”で暴走したケースがいくつあると思ってる!」
「今回は大丈夫! ほら、ちゃんと普通に動いてるだろ!」
シアンは左手を見せつけるように、ぐっと掲げた。
その瞬間にガシャンッと義手がうなりを上げ、蒸気を噴いた。
「いっ!?」
シアンは目を丸くし、慌てて左手を後ろに隠した。
「たまに暴走するけど大丈夫! まぁ許容範囲ってことで!」
「全然大丈夫じゃない!」
ゴードはこめかみを押さえた。
「シアン……悪いが、今回は見逃せん。署まで同行してもらうぞ。」
「はあ!? だから言ってんだろ、俺が悪いわけじゃ——」
その時、口論をする二人の間に、柔らかな声が割って入った。
「ちょっと待って、刑事さん」
シアンとゴードを取り囲んでいた群衆が声の方に目線を移した瞬間にざわめきが起きた。
そこに立っていたのは、ランプ通りの娼婦フィーナだった。
街灯の光を受けて、赤銅色の髪がふわりと揺れる。
黒いドレスに包まれた身体が微かに蒸気の粒を纏い、通りの空気ごと甘く変えていくようだった。
「この子は悪くないんだよ、刑事さん。あたし、見てたんだ……。先に絡んできたのはあの連中の方さ」
艶やかな声で、ゴードにそう告げた。
「フ、フィーナさん……!!」
いつもの鋭い口調が、途端に鈍る。
ゴードは慌てて帽子を取ると、咳払いをした。
「そ、それは……。しかしですね、その……。公共の場での暴力行為は——」
「例えば……可愛い子が襲われてたら助ける。シアンはそういう優しい男だって知ってるでしょ?」
フィーナがそう言って微笑むと、ゴードの顔がみるみる赤くなる。
「ま、まあ……。た、たしかにコイツは悪事を働くようなタマではないですが……が、ええと……」
ゴードの傍らにたっているオートマトンたちがプシューと煙を吐き、まるで呆れたように頭を振った。
シアンは苦笑しながら小声で呟く。
「まったく……これだから惚れっぽいおっさんは扱いやすくて助かるぜ」
「ん!? 何か言ったか!」
「いーや! なんでも!」
ゴードは深くため息をつき、モノクルを位置を直しながら口を開く。
「……わかった。今回はフィーナさんの証言もある。
だがシアン、今度同じようなことを起こしたら——」
「わかってるよゴードさん! フィーナ、ありがとう!」
シアンは片手をを軽く上げ、笑顔を見せて広場の奥へ駆け出した。
その背を見送りながら、フィーナはふっと笑みを浮かべる。
「ありがとね、刑事さん」
「いっ、いえ。今回はフィーナさんの顔に免じて見逃したまでです。次またあったら……まあ、いいか」
ゴードは頭を掻きながら、蒸気越しの夜空を見上げた。
遠くの空には、帝国の黒い飛行船が静かに旋回していた。
その腹から漏れる排気の雲が、まるで夜を告げる合図のようにも見えた。
街全体が夜に飲み込まれるなか、シアンは急いでスチーム・フィールドで待つグレンダのもとへと走った。




