11.蒸気街の乱舞
夕暮れのメイン広場は、真鍮と鉄で組まれた街路灯が橙に光り、蒸気の霧が地面を撫でていた。
その赤く染まる広場の中で、シアンとマフィアの構成員三人の戦いが始まった。
「おらッ、ガキがナメてんじゃねえぞ!」
マフィアの一人が大ぶりでナイフを振り回す。
シアンはふわりと体をひねり、ナイフを紙一重でかわす。石畳を滑るように移動し、蒸気の中で光が跳ねる。
「はいはい、もう少し当てる努力しようぜ」
シアンは表情ひとつ変えず軽口を叩き、次々と攻撃を避け続けた。
騒ぎを聞きつけた群衆はその戦いを囲うように集まり、広場はあっという間に喧嘩見物の人だかりができあがっていた。
「やっちまえー!」
「シアン、負けんなよー!」
「さあさあ! 誰が最後に立ってられるか、賭けるやつはいないかい!」
誰もこの戦いを止めるようなことはしない。
ここでは、喧嘩すら祭りの催し物へと早変わりする。
「くそガキがッ!」
シアンに向けてピストルを撃ったマフィアが今度は懐から小さな警棒を取り出し、それ振り回しながら突進してくる。
シアンはその攻撃を紙一重で交わしながら、左手を握り込む。
金属の軋みと共に、蒸気が短く噴き上がる。
次の瞬間、乾いた音が響いた。
拳が男の顎と鳩尾に瞬時に叩き込まれ、男は悶絶するようにその場に膝をついた。
「このガキィ、ちょこまかと避けやがって!」
残る二人が息を合わせて左右から攻め立てる。
「おいおい、二対一はフェアじゃねえな」
シアンは笑みを浮かべたまま呟いた。
壁際に追い詰められながらも慌てる様子は微塵もない。
「くくく、これでおしまいだッ!」
ナイフを持った男がシアン目掛けて飛び込んだ。
「でもまあ、こっちにも相棒がいるから同じようなもんか」
〈Mark.III〉の手首の関節がうなりを上げる。
そして左腕を天高く突き出した。
――バシュンッ!
音と共に手からワイヤーアンカーが射出される。
アンカーは建物の高所に突き刺さると、シアンを宙へと引き上げる。
「なっ! と、飛びやがった!」
飛び込んできたマフィアは止まりきれずに壁に思いきり激突した。
「どわぁ!!」
マフィアは堪らず声を上げ倒れ込む。
激突の衝撃で金属壁が僅かに凹み、鈍い衝撃音が響く。
「あーあ、ぶつかってやんの」
シアンはその様子を見て呆れた声をもらした。
「蒸気兵装は殴る以外にも色々できんだよ」
吊り下がったまま、シアンは軽口を叩く。
だが次の瞬間、最後に残るガンドレッドの男が叫んだ。
「そうだな! 俺たちの蒸気兵装は殴るだけじゃねえ!」
そして右手のガンドレッドを豪快に剥ぎ取る。
「もう我慢できるかよッ!」
そこに現れたのは小型ガトリング。
この男もシアンと同じ、蒸気兵装の装着者だった。
先端の銃口が光を反射してギラリと光る。
その瞬間、シアンの表情から笑みが消えた。
喧嘩のつもりだった。
だが、あれは違う。
人を傷つけるための武器だ。
「ガンドレッドなんかはめてるから、もしかしてとは思ってたけど、やっぱりか」
シアンは男の右腕の蒸気兵装をじっと見つめた。
「くくく……蒸気兵装がお前だけのもんだと思ったら大間違いだぜッ!」
そう叫んで銃口をシアンへ向けた。
男の蒸気兵装のガトリング部分が音を立てて回転を始める。
そして――
「蜂の巣になっちまいなッ!!」
弾丸の雨がシアンへと襲い掛かる。
シアンは思わず目を開き驚く。
「喧嘩でそこまですんのかよッ!」
シアンは襲い来る弾丸を避けるように、壁を蹴って建物の側面を走り出す。
「逃がすかあッ!!」
男は逃げるシアンを追うように体をひねり、ガトリングを撃ち続ける。
弾丸がワイヤーのすぐ下を掠め、火花を散らす。
屋台を壊し、建物の壁に次々と弾がめり込む。
喧嘩取り囲んでいた群衆は悲鳴を上げその場から逃げ出した。
「おいコラッ! 街ん中でそんな物騒なモンぶっ放してんじゃねーよ!!」
シアンは睨みつけながら叫んだ。
それでも男は攻撃を止めることなく、壁の装飾を次々と削ぎ落としていく。
「おいおい! 逃げるだけしかできなくなったようだなあ!」
男は逃げ惑うシアンを見てニヤリ笑うが、シアンはすぐにそれを否定する。
「いや、これは……ちょっとした助走だ」
意味深にそう言うとシアンの左手が光る。
〈Mark.III〉に力が入り、白い蒸気が勢いよく吹き上がった。
「こっからは地に足つけるぜッ!」
シアンはアンカーを引き抜いてワイヤーを巻き戻した。
蒸気が爆ぜるような音と共に地面に飛び降り着地しすると、すぐさま広場を駆け出す。
「待ちやがれッ!」
再び弾丸が唸りを上げるがシアンは止まらない。
物陰へ、鉄板の陰へ――弾丸の隙間を縫うように駆け抜ける。
このまま弾切れまで逃げ切る。
シアンはそう考えていた。
しかし――
逃げる先、その道の影からふらりと子供が突然現れた。
シアンは思わず驚き目を丸くする。
「いっ!? マジかよッ!!」
このままでは巻き込んでしまう。
(やべえ! このままじゃ!)
なりふり構わずシアンは男に叫んだ。
「おい! 一旦やめろ! 子供を巻き込んじまう!」
しかし男はシアンの言葉に耳を貸す様子はない。
それどころかその様子を見てチャンスとばかりにニヤリと笑う。
「ははは! チェックメイトだッ!」
ガトリングを撃ち続ける。
「……あのバカッ!」
「なら……こうするしかねえッ!」
逃げをやめ、シアンは男に向かうことを選択した。
弾丸の雨の中をシアンは縫うように走る。
頬を弾丸が掠めたが、それでも速度は緩まない。
シアンと、ガトリングを使う男の距離が一瞬で縮まった。
「なっ……!?」
高圧の駆動音と共に、拳が煌めいた。
「お前! やりすぎなんだよ!」
叫びとともに、左拳を繰り出した。
――ドガァン!
音と共に蒸気が爆ぜ辺りを白くする。
金属と肉がぶつかる鈍い衝撃が広場を震わせた。
「あ……ががッ……」
しばらくすると蒸気が晴れると、二人の姿が現れた。
シアンの左拳が腹にめり込み、男は白目を向き泡を吹いている。
男はそのまま前のめりに倒れた。
意識は完全に飛んでしまっている。
「……っと、これで全員か?」
シアンが肩を回すと、最初に倒れていたマフィアがうめきながら顔を上げた。
シアンはすぐにそれに気づき、ゆっくりと彼へと近づく。
「おい、もうやめようぜ。これ以上やったら誰か死んじまう」
男の目の前に立ち、シアンはそう言って少し笑った。
その姿を見た男は何かに気づき、ゆっくりと口を開く。
「お、思い出したぜ……てめぇ、あのババアんとこの……」
その言葉を聞いてシアンは男の頭にゲンコツを叩き込んだ。
「ババアって言うな。グレンダさん、って呼べ」
そうシアンが言い捨てると、男は気絶した。
辺りに静寂が戻る。
隠れていた群衆が顔を出し、一斉に歓声を上げる。
「シアンの勝ちだー!」
「義手パンチ、最高だ!」
子どもが飛び跳ね、屋台の親父が口笛を吹いた。
「まったく……平和な喧嘩祭だこと」
シアンはため息をつき、左手の蒸気を抜く。
と、そのとき。
「すまない、ちょっと通してくれー!」
群衆をかき分ける声が聞こえた。
その声を聞いた瞬間、シアンの表情がピクリと固まる。
「……マジかよ。今だけは出くわしたくなかったのに」
男の声がどんどん近づく。
群衆の間から姿を現したその人物を見て、シアンは渋い顔で頭を抱えた。




