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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第3章、激突ククルカン
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118/119

118. 灰色の拳の秘密

アルディスの蒸気義肢と蒸気兵装を扱う義肢屋リオンズ・ピット。

 

正午の喧噪も落ち着いた頃、表のベルが軽やかに鳴り、客の一人が修理を終えた蒸気兵装を肩に抱えて帰っていく。


「毎度あり〜♫」


店主のリオンが満面の笑みで見送るが、ドアが閉まった瞬間、彼女の顔は見るからに不機嫌なものへと変わった。


「まったく!買ってからほぼ一回もメンテせずに“調子が悪い”だなんて!そりゃ悪くなるに決まってるじゃないの〜!!」


リオンはカウンターに突っ伏した。オイルの匂いが染みついた工房は、今日も彼女の愚痴で温かい。


「せっかくの蒸気義肢や蒸気兵装が可哀想だよ!そしてそのせいで汚れるアタイも可哀想だッ!」


ダン!とカウンターを叩く。


「……でも、まあ、内緒でさっきの人の蒸気兵装にドリル仕込んだった……ふふふ」


悪い笑みが浮かぶ。


「リオンちゃん、また悪いことしたでしょ?」


裏の工房からスーッと影のように現れたのはファントム。

ニコニコと笑顔だが、声だけはどこか呆れている。


「ひぃっ、ファンちゃん……!いやだってあの人ひどかったんだよ?

“修理代が高い〜”、だの、“もっと早くできないの〜”、だの……」


リオンがぷくっと頬を膨らませる。


「でもね、せっかくウチを選んで来てくれたんだから……」


ファントムが諭すように言うが、


「いーや、あれはアタイたちが女の子だから来てるやつ!あの手の人は目を見ればわかるもん!」


「はいはい……それ聞かれたら大変なんだから」


ファントムは苦笑しつつリオンの隣に立った。


その時、リオンはファントムの手にある薄い冊子に気づく。


「そういえば、その手に持ってるの何?すごい古いね、最近のマニュアルじゃなさそうだけど」


「あ、そうそう!これね、シアンくんの左手の説明書みたいなやつじゃないかな?」


ファントムが表紙を見せると、「リベラルナックル・基本仕様」と書かれている。


「あ、ほんとだ!なんでこんなの持ってんの?どこで見つけたの!?」


「ちょっと必要な工具が見つからなくてね。リオンちゃんのお父さんの昔の作業部屋を漁ってたら、古棚の奥から出てきたの」


「へぇ……お父さんの部屋かぁ」


リオンの声がほんの一瞬だけ優しくなる。

先代のギアスミスだった父の部屋。埃をかぶった棚。その奥から偶然見つかった資料。


二人は興味津々でページをめくり始めた。


「コアシステムに……ワイヤーアンカー、グラップ機能……って、地味すぎない?」


「見た目もシンプルな灰色の子だからねぇ」


派手さなく無骨なもの。それが“第一世代のオーソドックスな蒸気兵装”の常識だった。


「これならシアンくんが前に使ってた《Mark.III》の方が上かもね! あれはセカンドパイル、二重打撃の機能があったし!」


「まぁ仕方ないよ、エルディア大戦時代の兵装だし。でもね、リベラルナックルの金属……ほら。外装とか指先にタングステンが使われてる。これは現代でもトップクラスだよ。熱にめちゃくちゃ強い」


「うーむ……玄人向け過ぎるよ。もっとこう、ガシャーン! とか、ドガガガガ! とかさぁ!」


「それは完全にリオンちゃんの趣味」


二人が笑い合いながらページをめくる。


――その時。


「ん……ちょっと待って」


リオンの動きが止まった。

見開きページの中央に、今までと明らかに異質な図面があった。


「……なに、これ……?」


ファントムも覗き込む。


「え……こんなの、聞いたことない……」


二人は顔を見合わせた。今までの軽口が一気に消える。


「これ、どういう理屈……? 現代の蒸気兵装でも絶対に不可能だよ。こんな出力、こんな機能……」


「機能だけじゃないよ、ファンちゃん。ほら、ここ。このページの端に……“発動後に発生する特異反応”って書いてある」


ファントムの指先が触れた小さな欄。

そこには黒いインクで、妙に生々しい記述があった。


リオンはゴクリと唾を飲む。


「な、何コレ……灰色くん……すごすぎ……」


「いや、すごいを越えてるよ。これは、誰が作ったのかを本気で調べなきゃいけないレベル」


ページの端には、見覚えのない署名があった。


――“E.R.”


リオンの父の署名とも違う。

軍事技術者の記録にもない。


「この技術、ただの旧式じゃない。この義手……“何か”が隠されてる」


ファントムが息を呑む。


「これはシアンくんが来たら、絶対に確認しないとね」


「うん……こんなの、アタイたちの目でも判断つかないもん。これは下手するととんでもなく危険な匂いがする……」


二人は黙り込む。


――リベラルナックルの内部で、何が眠っているのか。


それはまだ、誰も知らない。


ただ一つだけ確かなのは。

その秘密が、“今まさに動き始めようとしている世界の歯車”に深く関わっているということだった。

 

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